第一話 いつか見た夢瞬いて
青く澄んだ空の下、そこに青々と広がる草原に、
二人の少女が仰向けに寝転んでいた。
片や純白の長髪と翼を揺らす天使の少女。
片や漆黒の濡れ羽色の髪と黒い翼を広げる悪魔の少女。
二人の少女は手を繋ぎ、語り合っていた。
『ねぇ、あなたの理想って何?』
『ん?まぁ、色んな種族がさ、隔たり無く暮らせるようになれば良いとは思ってるよ。』
『それは…中々の理想論ね。』
『そういう話をしてたんじゃないの?』
『まぁそうだけれど…何かつまんないじゃない。欲が無くて。』
悪魔の少女は退屈そうに起き上がり、髪を弄る。
天使の少女もつられて身を起こし、悪魔の少女の肩に寄りかかるように
頭を乗せた。
『天使なんて皆こんなものだけどね。それを言うなら戦争の方がつまらないよ。』
『それはまぁ、そうよね。上も暇よね。』
『うーん、さすがに私じゃ上司の陰口はいえないなぁ。』
『別に良いじゃない。あんただってそれなりの立場にいるんだから、頭の悪い上司の愚痴の一つや二つ言ったところで誰も責めないわよ。』
『そういうのじゃなくてさ、良心が痛む。』
『天使はめんどくさいわね。』
『美化すればいけるかな?私の上司は別に頭悪い訳じゃないんだよね。ただちょっと綺麗な花が咲き誇ってるだけで。』
『急に辛辣ね!?』
遠回りに上司に頭の中お花畑と言っている天使の少女に
呆れた目を向ける悪魔の少女。
天使の少女はふっと笑い、悪魔の少女にぴたりとくっつく。
『…で、あなたはさっきから何をしてるのよ。』
『うん?』
『いやうん?じゃなくて。何でそこまで純粋な目ができるのよ。』
『天使だからね。』
『そういう問題?じゃなくて、何をしてるのって聞いてるのよ。』
『うん?』
『一生終わらない!』
『わっ。』
とぼけたように振る舞う天使の少女に呆れて
勢いよく立ち上がる悪魔の少女。
勢いで彼女の肩に頭を乗せていた天使の少女が転んだ。
『もう、なにするのさ。』
『こっちの台詞よ。何勝手に手繋いだり肩に頭乗っけたりくっついたりしてきてるのよ。』
『天使だからね。』
『関係ないでしょ。』
『天使だからね。』
『だから…』
『天使だから…ごめんごめん!ちゃんとするからその魔力弾
しまおうか!』
『ったく…』
悪魔の少女は手の上に浮かべていた黒い魔力の球体を消し、
ため息をこぼして再び草原に腰掛ける。
天使の少女ははにかんで笑い、悪魔の少女の横に並んで腰掛ける。
『話を戻すけど、あなたは自分の理想を叶えられると思う?』
『ふぅん…、まぁ傍観する気はないよね。できることはするつもり…。』
ふと天使の少女は言葉を止め、考え込む。
悪魔の少女が怪訝な視線で見つめていると、突然天使の少女は思いついたように笑うと悪魔の少女の手を取り、悪魔の少女に顔を近づける。
『な、何?』
『良かったらさ、君も手伝ってよ!』
『え?私も?』
『うん!一緒につまらない戦争を終わらせよう!』
『…一応聞くけど、方法は?』
『最終的には和平で終わるように誘導するつもりだよ。』
『和平…それはまた気楽な…。』
『もちろん局所でお話は辞さないつもりだよ?』
『あなた本当に天使よね?』
『それで、どうかな?』
天使の少女は悪魔の少女を澄んだ青い瞳で見つめる。
しばらく目を合わせていたが、悪魔の少女はため息を吐いて天使の少女を見つめ返す。
『…分かったわよ。ただ理想を語るだけじゃなくて、行動力がある破天荒な娘は好みよ。』
『~っ!嬉しいこと言ってくれるね!ありがとう!きっと幸せにするよ!』
『趣旨変わってないかしら?いつ結婚するって言ったのよ。』
『私は別にいいよ?むしろウェルカム!』
『今すぐ帰っても良いのよ?』
『ごめんなさい!』
綺麗に土下座をする天使の少女。
悪魔の少女は呆れた目を向けつつも苦笑いし、向き合う。
『しょうがないから、あなたの理想が叶うまで、あなたを支えてあげる。』
『…!なら私は、君に刺激的で、退屈しない日常をあげるよ!』
『悪魔と約束したんだから、最後まで責任を持ちなさいよ?もちろん、
お互いにね。』
悪魔の少女はふっと笑い、手を伸ばす。
天使の少女も微笑み、その手を取って立ち上がる。
二人は互いに見つめ合う。
『そういえば、なんやかんやこんなことになってたけど、自己紹介してなかったわね。』
『あ、そうか。でも私それなりに有名人だと思うんだけど。』
『こういうのは形式が大事なのよ。』
『んー、じゃあ。』
天使の少女は胸に手を当て、名乗る。
『私は"ミシェル・エンジェリナ"、普通の天使だよ。』
『知ってる。』
天使の少女はズコッと転びかけ、悪魔の少女を睨む。
『やっぱり知ってるんじゃん。』
『形式が大事って言ったじゃない。』
『もう…。じゃあ、君の名前は?』
『私もそれなりに有名人だと思うのだけれど。』
『形式が大事なんでしょ?』
『…ふぅ、分かったわよ。』
風に靡いて顔にかかる髪をよけながら、悪魔の少女は名乗る。
『私は"フィリア・アステリオン"、しがない悪魔よ。』
『ふふっ、知ってるよ。』
『でしょうね…』
『『…』』
青空の広がる草原に、天使と悪魔の少女ーミシェルとフィリアーの、
それはそれは楽しそうな笑い声が響いた。
「…ェル、…シェル、ミシェル!」
「んっ、…うぅん?」
暖かな陽光と優しい風が鈍い体を包み込む。
背には草が突く感覚があり、土の匂いもする。
耳に入るのは、長い時を共に過ごした親友の声。
「ちょっと!いつまでサボってるのよ。祭りの準備手伝いなさいよ。」
「んん、あぁ、ごめんね。日光が気持ち良くて。」
「私が言えたことじゃないけど、立場を自覚しなさいよね?」
「あはは…。」
彼女、フィリアは私の横に腰掛け、グラスに入った水を渡してきた。
「ありがと。」
「ふん。…何かいい夢でも見た?口元が緩んでるわよ。」
「ん?あぁ、ちょっと昔の夢をね。」
「?まあいいけど、もう昼過ぎてるわよ。」
「げっ、そんな寝てた?ていうか、少し放置してくれた?だったらありがとうね。」
「…まぁ、疲れてるでしょうし、悪いかな~って。」
少し照れたように目を背けるフィリアが可愛くて、
気持ちを落ち着けるために貰った水を一気に飲み干す。
「気、使わせてごめんね。」
「そう思うならいくわよ。本番まであと二時間と少ししかないんだから。フリージアも怒ってるわよ。」
「あー、それなら急がないとね。」
立ち上がって歩き出したフィリアに習って起き上がり、
グラスを近くにあったテラステーブルに置いてフィリアを追う。
ふと身の前の光景を見て、感慨深くなってきた。
「ねぇ、フィリア。」
「…何?」
「私、約束守れてる?フィリアは…今の日常で退屈してない?」
「…何を言うかと思えば…」
フィリアは立ち止まって私に向き直り、微笑みながら言う。
「予想の半分くらいで戦争を最終的に和平で終わらせて、その後に国まで作って、それで百年間統治を続けてきたこの国で建国百年目記念と、毎年続けてきた祭りの百回目記念の祭りを合わせた大きな祭りを、何百年連れ添った親友と迎えるのよ?
ーーこれで退屈するわけないじゃない?」
「…!そっか…。うん、私も、フィリアと今日を迎えられて幸せだよ。」
私は、私達はこの国、"多種族共生国家アルカディア"の国主。
私達の理想が詰まった国。私達が思い描いた理想。
今日は建国から毎年行われる"春暁祭"の百回目記念、
そして建国百年目記念を、交えた大きな祭りが開かれる。
そして今日はアルカディアの歴史において大きな節目にもなる。
未来がどうなるかは分からない。今日が後の世界にどう影響するか。
それでも、私達はいつだって後悔したことはない。
そしてきっと、私は未来を楽しむのだろう。
今までそうしてきたように。
「ほら、もういくわよ。」
「うん。…ねぇ、フィリア。」
「…今度は何?」
「この祭りが終わったら…。」
「…?」
「…いや、うん。まずは急いで準備の確認しよっか!」
「ちょっと、気になるじゃない。」
「ふふっ、また今度ね。」
「…まったく。いい加減急がないとフリージアに怒られるわよ。」
「やばっ、忘れてた!」
二人で草原を駆け、会場を設営している皆のもとへ向かう。
やっぱり、未来のことを考えるのは、もう少し先で良いかもしれない。
この祭りが終わったあと、想像以上に刺激的で、
退屈しない事件に巻き込まれるのは、もう少し先の話だ。
思い起こした夢 それは序章ー