93 望ミヲ
額のひんやりとした感触で目を覚ます。
「目が覚めた?」
誰の声だ?
どこかで聞いたような・・・。
異世界だっただろうか。
「!?」
体が思うように、動かない。まだ手足にしびれが・・・。
狭い部屋の岩の上に、手足を魔法の蔦で縛られて、寝かされていた。
サタニアに毒を入れられて、気を失っていたか。
気を抜きすぎたな。
まぁ、自力で解毒できるレベルだが。
様子を見るか。
「おはよう、ヴィル」
「なんのつもりだ?」
「ヴィルと2人で話したくて、ね」
サタニアが近づいてきた。
周りを見渡す。
ここはダンジョンの中みたいだな。
「ヴィルの記憶覗いちゃった」
サタニアが勝ち誇ったような目でこちらを見下ろす。
「魔王として召喚されて、上位魔族を従えて、人間を拷問して殺したり、アイリスと一緒にダンジョン攻略をしたり。あと、シエルとマキアって子、ヴィルのこと相当好きなのね。まぁ、他のサリーやジャヒー、ププウルだって好きなんでしょうけど、ヴィルと深い関係になったのはその二人」
「何の話だ?」
「たくさん見たから、見たことを話してるの」
すっと指を伝わせながら、俺を縛る蔦を解いていた。
「あと、ヴィルは人間だったのね。落ちこぼれって言われてたの。人間って見る目ないから」
「・・・迷惑な能力だな」
「ヴィルにしか使わないもの。孤独な魔王ヴィル・・・私ずっとヴィルのことを知りたかったから」
サタニアが口に手を当てて、嬉しそうにする。
あの、脳に流れる毒で記憶を読んでいたのか。
もう、感覚は覚えた。
二度と同じ手には乗らないけどな。
「私が魔王になるから、ヴィルが魔王だったときにしていたことを確認しておこうと思って・・・」
「さっきも聞いたが、なぜ、お前は自分が魔王になれると思ってるんだ」
「当たり前でしょ? 神が私を魔王に選んだんだから」
無垢な表情で言う。
戦闘経験のない奴に魔王が務まると、本気で思ってるのか?
「私が新たな魔王として魔族の前に立つ。私は十戒軍、神の声を聞く者たちが召喚した魔王なんだから」
「十戒軍が召喚?」
「そう。だから、私が本当の魔王」
「・・・神だとか得体のしれないもの見るんじゃなく、現実を見ろよ。んなことできるわけないだろう」
「ヴィルって意外と強情なのね。神は神でしょ? この世界の神って言ってたわ」
サタニアが髪を後ろにやって、台に座った。
「魔王は私。でも、ヴィルはもちろん殺したりしない。ちゃんと交渉してあげる。特別だからね。別に私がヴィルに何か思い入れがあるわけじゃなくて・・・」
「おい!」
サタニアがびくっとしていた。
「このダンジョンに十戒軍がいるのか?」
「・・・・えぇ、そうよ。隣の部屋で、私がヴィルの記憶を取って、魔族の王になる準備をするのを待ってる。みんなの期待に応えるためにも、私・・・」
「お前、何かにはめられてるな?」
「・・・・?」
俺が感じる外の動きと、こいつの言ってることは違った。
「な、なによ!」
「どうして十戒軍はここにいない? どこで何をしてる?」
「今は、魔王の入れ替わりの儀式中だからよ。魔王同士の記憶を覗くのに、人間が居たら邪魔でしょう? ちゃんと、ダンジョンの最下層で待ってるはずよ」
「・・・・・・・・」
耳に神経を集中させると、ざわめきのような声が聞こえてきた。
内容までは聞き取れないか。
「なに? 急に怖い顔をしたって、魔族の王の椅子は上げないからね!」
サタニアが俺の殺気に気づいたのか身構えていた。
得体のしれないことが起こる前に、魔力を整えて・・・。
「ね・・・ねぇ・・・」
「なんだ?」
「その・・・ヴィルにとってアイリスって特別な存在なの?」
「・・・は?」
「愛する人ってこと? って聞いてるのよ! 一応、聞いておこうと思って」
拍子抜けした。
なんでこの状況で・・・。
「お前、今の状況がわかって・・・」
「じゃあ、違うの?」
「・・・・・・」
「違うってことでいいんでしょ?」
サタニアがぐぐっと迫ってくる。
「あぁ・・・違うよ」
サタニアに押されるようにして、視線を逸らした。
俺に愛する者なんかいない。
愛し方がそもそもわからないからな。
「じゃあ、私が魔王になったら、まだ私にもチャンスがあるのね」
「・・・今の話に何の意味があるんだ?」
「私にとっては重要なこと。モチベーションを保つために、ね」
「・・・・・・」
サタニアは剣を持たなければ、無邪気な少女に見えた。
「私も知らないことばかり。魔王になるには、ちゃんといろんなことを覚えなきゃ」
何を急に・・・。
長いまつげを重くしながら言う。
「今は戦いの最中だ。忘れる・・・・」
体を起こそうとしたとき、背中に電流が走るような感覚になった。
「!?」
息が喉に張り付いた。
部屋の向こうで、何かが始まっている。
「え・・・・・」
― 魔王の剣―
「あっ」
魔王の剣を振って、サタニアが張っていた魔法陣を打ち消す。
「どうして? まだ毒が回ってるんじゃないの?」
「目覚めてすぐ解毒した。それに、この程度の魔法、破れないわけないだろ? アイリスのところへ連れていけ。今すぐだ」
「あ・・・あの子は十戒軍が・・・」
「そいつは何をする気だ?」
サタニアが魔王の剣を見て顔色を変えた。
「し、知らないわ! だって、十戒軍は正しいから。私を魔王に召喚してくれたから」
戸惑いながら一歩ずつ下がていく。
これから魔王になろうとしている奴のセリフじゃないだろう。
「どけろ、お前と話しても埒が明かない」
「駄目・・・。だって・・・・」
― 魔女の剣 ―
キィン カン カン
剣を振る。
サタニアがギリギリのところで防いでいた。
サアァァァァ
「私だって、強いんだから!」
ザンッ
サタニアが渾身の一撃を出す。魔力の動きを読んで、避けた。
衝撃で、天井の壁が崩れかける。
「言っただろ? 俺よりは弱い」
「きゃっ・・・」
扉まで追い込んでいくと、サタニアが固まった。
きゃああああ・・・・
壁の向こうから、アイリスの悲鳴が聞こえた。
「今すぐ扉を開けろ。連れていけ。出なければ殺すぞ」
魔王の剣をサタニアの首にあてる。
「あ、開けない!」
「・・・・じゃあ・・・」
ズン・・・
「!?」
張りつめた異質な空気。この感覚・・・まさか・・・。
ドドドドドドドッド
岩の崩れる音がした。
砂埃で、視界が遮られる。
「な・・・何が起こったの?」
「動くな。アイリスが能力を発動させた」
「能力? っ・・・・・」
崩れたダンジョンの壁から、砂埃が舞う。
アイリスが額から血を流した状態で中に入ってきた。
目を見開いたまま、瞬き一つしない。
”名無し”だ。
こめかみに血が滲んでいた。銃弾を受けたか。
発動条件が満たされてしまったようだな。
「アイリスか?」
「・・・・・」
返り血なのか、自分の血なのかわからないが、歩いてきた場所に血だまりができていた。
岩の陰に、人間の死体が転がっているのが見える。
ひねりつぶされて、顔の形すらも見えない状態だ。
「対象物、ココニハ・・・」
「ぁっ・・・・・」
「静かにしろ。殺されるぞ」
サタニアの口を塞いだ。
マントの中に隠して、小声で話す。
「禁忌魔法が発動してしまった。もう、お前の出る幕はない」
「ど、どうゆうこと・・」
「イナイ、魔王ヴィル・・・ドコ」
「・・・なんだ?」
じりっと構えながら、アイリスの前に立つ。
ダンジョンの魔力さえ凪ぐほどの、得たいの知れない力の高まりを感じた。
エヴァンとリョクはどうした?
うまく逃げられたのか? それとも・・・。
「対象物、ミツケタ」
「っ・・・・・・」
「オンナ モ イル マァ イイ」
目が合うとこちらにゆっくりと近づいてきた。
何をしようとしている? 俺を、殺す気か・・・?
「アイリス起きろ!!」
「・・・・・・」
無反応だ。
願いを叶えるまで、戻らないってことか。
アイリスがこちらに向かって手をかざしてくる。
「望ミヲ」
「アイリス・・・」
― オーバーライド(上書き) ―
カッ
まばゆい光が放たれる。
思わず、目を瞑った。体中を風が通り過ぎる感覚。
呼吸をするのも忘れていた。
「落ちこぼれのヴィル」
「?」
はっと、目を覚ます。ここは、どこだ?
トランペットの音、焼いたチーズの匂い、人間の騒ぐ声・・・。
アリエル王国ギルドの横の樽の上に座っていた。
体を起こすと、手のひらに蜘蛛の巣が引っかかった。
なぜだ? どうしてここにいる?
確か、ダンジョンにいたのに、アイリスの能力が発動して・・・。
「やっと起きたのか。ほら、王国からギルドの連中かき集めてこいって言われてるんだ。使えないお前でも連れていくしかないだろう。金になるんだからな」
「は・・・・・?」
「おら、歩け。元々使えないんだ。せめて、できるものはこなしてから死ね」
剣士の格好をしたおっさんが、強引に手を引っ張っていく。
「落ちこぼれのヴィルか、魔王復活となれば、お前みたいなゴミでも必要だよな? せいぜい人柱くらいにはなるだろう」
「・・・・・・・・?」
こいつは何を言ってる?
ギルドの正面入り口につくと、人だかりができていた。
「魔王復活だなんて」
「でも、ギルドとしては、日ごろの腕を見せるチャンスだよな。こうやって、アリエル王国も多額の金をかけてくれるんだから」
「そうよ」
「・・・・・・・」
魔王復活だと?
魔族の王は俺なのに、どうして・・・。
「は・・・・?」
ギルドの壁に張られた紙を見て、愕然とした。
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魔王復活により、討伐メンバー急募
報酬はアリエル王国の規定に従う
※階級は問わない
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