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91 書き換えたい過去

「エヴァン、お前飛べたのか。うわっすごいな」


 エヴァン(ドラゴン)がリョクを乗せて、魔王城の近くで低空飛行をしていた。

 召喚したばかりの双竜が、ぎょっとした目で見ている。


 ギルバートはエヴァンが人間だって気づいたみたいだな。

 グレイはわからないようだ。


「魔王ヴィル様、マキアとお弁当作った。保管に適してる食材を厳選したから食中毒にはならない。安心して」

「あ、そ」

「遠いから、いったん降りて休憩するでしょ? そのときにみんなで食べましょ」

 アイリスのテンションがすごく高かった。


「わー、美味しそうな匂いがするな。よいしょっと」

 リョクがエヴァン(ドラゴン)から飛び降りて、アイリスの傍に寄っていった。


「魔王城って美味しいものばっかだな。僕、同じようなものしか食べたことなかったから」

「マキアとセラが上手なの。あ、私もたまに手伝わせてもらったりするんだけどね」

「そうなのか。ん、これは干し肉の匂いだな。ハーブの匂いもする」

「そう! よくわかったね」


 なんなんだ、このゆるーい空気。

 これから十戒軍『隣人の財産』の拠点に乗り込むんだが・・・。


 全く、緊張感がない。


「・・・エヴァン、お前ドラゴンの状態で飛べるのか?」

 耳を立てて頷いていた。


「僕、エヴァンに乗っていきますね」

「!!」

「・・・エヴァン、いいのか?」

 思いっきり首を縦に振っていた。

 こいつ、完全に浮かれてるな。


 小さいドラゴン、幼女、能天気な王女・・・どう考えても、討伐メンバーには見えない。

 ピクニックみたいな感じになってる。


 ギルバートが鼻をくっつけてきた。

「ギルバート、言いたいことはわかる・・・」


 クォーン オォーン


 戸惑うギルバートとグレイの頭を撫でてやる。

 グレイはエヴァン(ドラゴン)を、化け物でも見るような目で追っていた。




 双竜が大きく翼を広げた。


「ふぅ、風が弱くなってきたね」

「そうだな」

 アイリスが体を伸ばして、遠くを見つめる。


「私、ドラゴンに乗るの上手くなったと思わない? 今日は一回も落ちそうになってないよ」

「ギルバートとグレイが、アイリスを乗せるの上手くなったんだよ」

「な、なるほど。それは一理ある・・・」

 アイリスがピンクの髪を耳にかける。


「ありがとう、ギルバート、グレイ」


 クォーン


 海沿いへ一直線に向かっていた。

 ププウルの地図で言うところの、半分まで行ったくらいだろうか。

 森が多く、人間がいる様子はほとんどなかった。


 時折、リカが管轄している魔族の集落が見えたくらいだ。


「エヴァン、今雲を蹴ってやったぞ」

  リョクが無邪気にはしゃいでいる。

  エヴァン(ドラゴン)はリョクを乗せた状態でも遅れることなく、双竜に乗った俺たちと並んで飛んでいた。


  デレデレしているものの、長時間飛行していても疲れることはなかった。

  というか、こいつ単体だと瞬間移動できるんだけどな。

  リョクがいるから、ドラゴンになりきっているだけで・・・。


「魔王ヴィル様、ギルバートがちょっと疲れてきたみたい」

「ん?」

「休めるかな?」

 アイリスが後ろから小声で話しかけてくる。

 言われて気づく程度だが、少しだけ目がとろんとしていた。


 日も暮れる頃だし、この辺で休憩にするか。


「あの河原で休もう。ギルバート、グレイ、降下しろ。エヴァン、遅れないでついて来いよ」

「あ、了解です。魔王ヴィル様」

 エヴァンの代わりにリョクが手を上げた。

 緑色の髪がくるんと光に透けている。


 リョクは少年のような言葉遣いをするけど、エヴァンの言う通り顔立ちの整っている可愛らしい少女だった。

 




 雲1つない、星の綺麗な夜だ。


「じゃあ、リョクはずっと一人で魔族の手当てを?」

「そうだ。僕のいたところは魔族も弱かったからな。人間に攻め込まれたらすぐにやられちゃうんだ」

 リョクが焚火の前で、エヴァン(ドラゴン)の尻尾を撫でていた。

 エヴァン(ドラゴン)が、楽しそうにリョクのほうを見ている。


「魔族は自分で回復できるんだけど、僕の周りはすごく時間がかかるから、見ていられなくて、回復魔法を使ってたんだ。僕は元々回復魔法が得意だったから」

「どこで覚えたの?」

「・・・僕もいつから使えたのかわからないんだ。たぶん、物心ついたときには使えてる魔法だった」


「そっか・・・私もそうゆうの、あるの」

「アイリスも?」

 アイリスが木の枝で、焚火の炎を動かしながら言う。


「一緒だね」

「うん。魔族なら攻撃魔法の方が使えて当然なんだけどな。僕は、こうやって魔族の役に立てるのは嬉しいよ」


 周囲に簡単な結界を張っていく。

 この辺は魔族も人間もいない。


 木々が揺れて、煌々とした月が静かに浮かんでいた。


「でも、ふと、思い出すんだ。僕の仲間はみんな死んでしまったから」

「リョク・・・・」

「何もかも、許せなくなる。この世界は穢れてるって」

 エメラルドのような瞳に、炎を映していた。


「僕、誰もいなくなった洞窟で、一人で暮らしてたところを、見つかったんだ。力が弱いからあっという間に捕まった。もし、魔王ヴィル様が助けてくれなかったら、僕は今頃・・・・・」

「過去は過去だ。あまり深刻に思い出すな」

「はい・・・」


 リョクの傍に座った。


「今はエヴァンといて楽しいだろう? よかったな、エヴァンも相当お前に懐いている」

「はい、ありがとうございます。エヴァンも僕と会えてよかったか?」

 エヴァン(ドラゴン)が大きく頷いていた。


「じゃあ、もう忘れる。過去のことは・・・。エヴァンがずっと傍にいてくれるもんな」

 目を細めて、エヴァン(ドラゴン)を見つめていた。

 リョクにとってもエヴァンがいてよかったんだろう。




「魔王ヴィル様、探したのよ」

 高い岩の上に座っていると、アイリスがよじ登ってこようとした。


「私も上りたい」

「好きにしろ」

「よいしょ、と。あっ・・・」

 木に足を取られて、ずずっと落ちかけたアイリスを引き上げる。


「びっくりした・・・・もっと軽々上がれるイメージだったのに。ありがとう、魔王ヴィル様」

「相変わらずだな。体はもう大丈夫なのか?」


「うん、何ともない。お弁当、とっても美味しかったね。今日はいろんなこと、楽しかった。あ、リョクもエヴァンと一緒に寝ちゃったの。疲れちゃったみたいで」

「そうか。まだ、子供だもんな」

「うん」

 隣に座って笑いかけてきた。

 魔族の服もすっかり着慣れたな。


 月明かりが、煩いくらいに綺麗だった。


「リョクは12,3歳くらいなのに、知識量がすごいね。私の知らない薬草の名前も知ってた」

「あぁ、独学だとは言っていたが、相当努力してきたんだろうな」

 マントを後ろにやった。


「ねぇ、魔王ヴィル様は魔王になるまではどうしてたの?」

「ギルドの人間だよ」

「え? そうなの? もしかして、アリエル王国?」


「まぁな。他の魔族には言うなよ」

 落ちていた木を投げる。


「もちろん。えっと・・・じゃあ、私たち、すれ違ったこととかあったのかも。確率的には、アリエル王国の人口から割り出すと・・・」

「それはないな」

 アイリスの言葉を遮る。


 俺の居たところはギルドの端っこだ。

 施設を出てからは、どこにいっても文句ばかり言われて、野宿することもあったからな。

 城の近くどころか、城下町ですらほとんど行ったことはない。


 ギルドの連中が、王国の晩餐会に呼ばれただの、城の者に武器を貰っただの自慢していたのを思い出す。

 あのときは、アリエル王国の王族なんて、一生目にかかるとも思っていなかった。


 もし、アイリスが俺とすれ違っていたとしても、見向きもしなかっただろう。

 施設を出てからは、最低限配布される、ゴミ切れのような装備品を身に着けていたしな。


「そうかな。でも、私だってちょっとくらい外に行ったことあるんだから、確率的にはゼロじゃない。擬態・・・じゃなくて、変装して城下町の端のお花屋さんまでは、結構行ってたりした。私、地図も店名も暗記してるし、隠れるのも得意で・・・」

 強引に言ってきた。


「俺とお前は住む世界が違ったんだ」

「え?」


「思い出させるなよ。人間だった頃に、いい記憶はない」

「・・・ごめん・・・」

 アイリスが耳のピアスに触れる。


「私ね、すれ違ってたらよかったのになって思った。王国を抜け出してとか、メイドと一緒にとか、たくさん会えそうな手段はあったのに・・・確率はゼロじゃないのに・・・」

「・・・・・・・・」

「ずっと考えてた。どうして、私は魔王ヴィル様に会いに行かなかったのかな。会いに行くルートを選択できなかったのかなって」

 水辺に映った月が揺れている。


「もっと早く会えたら、もっとたくさんいられたのに」


「今は一緒だろ?」

「もっともっと、もーっとだよ。私、魔王ヴィル様に出会ってから、いろんな感情を理解できるようになったから。初めて、この世界で生きてるって感覚になった」


「大げさだな。哲学か?」

「真実だよ」


「?」

 アイリスが月に手をかざす。

 大きく広げた手から光がこぼれていた。


「って、少し欲張りかな?」

「そうだな」

 ピンクの髪がさらさらとなびく。


「これから一緒なんだからいいだろうが。長く寝てたから、変な夢にでもとりつかれたのか?」

「・・・ふふ、そうかもね」

 アイリスの横顔が少し大人っぽく見えた。



 俺はこのときわかっていなかったんだ。

 アイリスが、意味していたことを・・・。

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