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90 珍妙なパーティー

 シエルの部屋はいつでも甘い香りがした。

 シエルに言うと、俺を誘惑するための香りだと言われた。


 マントを羽織る。

「シエル、俺はそろそろ出なきゃいけない」

「もう、なのですか? いえ、えっと魔王ヴィル様は忙しいので仕方ないのですけど、あっという間で・・・・」

 シエルが鏡の前に座って、髪を結びなおしていた。


「今回はサンフォルン王国の近くのダンジョンに行くつもりだ。ミゲルの言っていたダンジョンは、ププウルが知っているダンジョンだった。行動するなら早い方がいい」

「ミゲル・・・って、人間の子供ですか?」

「あぁ、サリーが上手く鍛えてるよ」

 窓の外を眺めながら言う。


「今回、十戒軍がダンジョンを使ってるって話を聞いてきた」

「十戒軍・・・突如出てきたギルドの存在・・・私から、魔族の暮らしを奪った人間・・・」

 俯きながら立ち上がった。


「そうだったな」

「今の生活、とても幸せなのです。魔王ヴィル様を好きで、お仕えできて、新たな仲間に迎えてもらえて・・・夢のようで・・・でも、死んだ仲間に申し訳ない気持ちもあるんです」


「シエル・・・」

「私だけが、こんな幸せでいいのかなって」

 シエルが服のリボンを結びなおしながら言う。


「死んだ奴らが魔族なら、今のシエルを誇りに思ってくれるだろう。シエルは強いよ」

「はい・・・・」

 シエルがこちらを振り返ってほほ笑む。



「私、自分に正直なので、魔王ヴィル様となら何度でも触れ合いたいのですよ。魔王ヴィル様が求めるなら、いつ、どこでも魔王ヴィル様の元へ駆けつけますからね」

「どんな要求でも応じるんだな?」


「はい! あ・・・ま、待ってください。あまりにもハードだと恥ずかしくなってしまうので、えっと、でも嫌なわけではないので、その・・・慣らしてからで・・・」


「上位魔族としての話をしてるんだが・・・?」

「っ・・・・」

 少しからかうと、シエルが顔を赤くしたまま膨れていた。


「何を想像してたんだよ」

「もうっ、2人きりのときなら、私だって色々しちゃいますからね。キスしたりキスしたり、キスしたりとか! キス魔になりますから」


「今でも、十分そうだろうが」

「そうなんですけど。もっともっとです。本来の私の欲望はこんなものじゃないのですよ」

 シエルがベッドに座って、髪を後ろにやる。


「本当は、じわじわと、魔王ヴィル様を攻めようとしているのですからね。いつか魔王ヴィル様を陥落させるのです。覚悟してください」

「楽しみにしてるよ」

 シエルが自信ありげに笑っていた。


 シルクのように滑らかな肌、赤い唇・・・シエルはどこを切り取っても美少女だった。

 あのまま人間に捕えられていたら、何をされていたか・・・。


「・・・しばらく、魔王城を空けるのでしょうか?」

「あぁ、そうだな。お前の力に頼ってばかりで悪いが・・・」


「そんなことありません。頼りにしてもらえて、とっても嬉しいです」

 白銀の髪がふわっとなびく。


「魔王ヴィル様が留守の間、完璧に守ってみせますね。お任せください」

「あぁ、頼む」

「はい、魔王ヴィル様」

 カーテンが風に大きく揺れていた。


 嵐が近いのかもな。






「ヴィル、本当にアイリス様を魔王城へ置いていくのか?」

「あぁ。ここには上位魔族がいる。安全だろう」

  医務室に行くと、エヴァンがいた。

 アイリスがベッドで寝息を立てている。


 体が弱っていたのか、1日では回復しなかった。

 リョクには頻繁に見てもらっているが、回復が遅いだけで、何か体に異変が起こっているわけではないらしい。


「連れていくよりはマシだ。今回はダンジョンとはいえ、敵地に行くんだからな。十戒軍がどう出てくるのかわからない」

「そうなんだけど・・・」

 エヴァンがりんごを齧りながら言う。


「ただ、アイリス様は行きたいって言うんじゃないかなって思っただけだよ。魔王城に王女が一人なんて、心細いだろう? ま、俺はここにいるけど」

「エヴァン、お前はダンジョンに行くんだぞ」


「えー」

 眉を下げた。


「ダメダメ。俺、リョクちゃんといたいからさ。魔王城で楽しい日々を過ごすんだ」

「・・・・・・」

 絶対、そうくると思ったんだよな。


「リョクも連れていく、3人だ。十戒軍の殲滅は俺がやるけどな」

「じゃあ、何で俺もリョクちゃんも行くんだよ? ヴィル一人でいいじゃん」


「あくまで俺の憶測だが・・・十戒軍はエヴァン・・・お前と同じ異世界から来た人間が関わっているんじゃないかと思っている」

「・・・・・・・・」


「リョクを助けたときに、十戒軍が持っていた水晶のような物体の欠片を拾った。ププウルに調べてもらったら、この世界の物ではない可能性が高いと言われた」


「なるほど・・・そうゆうこと」

 エヴァンがりんごの芯を指に立てた。


「異世界の人間が何らかの理由で、アイリス様を殺そうとこっちの人間を動かしていると言いたいの?」

「あくまでも、想像だ。十戒軍のことは、まだわからないことが多すぎる」


「でも・・・・まぁ、いい線いってそうだよ。その考え」

 エヴァンがアイリスを見つめる。


「・・・・・・」

 アイリスのオーバーライド(上書き)はこの世界を書き換える能力。

 

 十戒軍がどこまで知らされているかはわからないが、神だとか、その後ろにいる奴が一番怪しい。


 何を狙っているのかは見えないけどな。

 オーバーライド(上書き)を使わせないようにするため、殺したいのか・・・。


 それとも、別の計画があるのか?

 俺の見えていない、何かが・・・。


「でも、俺、面倒なことパスしたいんだよね。異世界なんて、二度と行きたくない・・・てか、もう関わりたく無いし」

「話は最後まで聞けって」

「はいはい」

 りんごの芯を外に放り投げていた。


「もし、後ろにいる奴がアイリスにオーバーライド(上書き)を発動させた場合、お前の理想の異世界ライフとやらも消える可能性もあるぞ」

「ん?」

 エヴァンの表情が変わった。


「ヴィルは、禁忌魔法、オーバーライド(上書き)について・・・・どこまで知ってる?」

「詳細は言えないな、どうだ? 俺を信じるか?」


「・・・ふうん、ヴィルが何を知っているのかはわからないけど、嘘はついていないようだな。それに・・・」 

 眼を鋭くさせる。


「俺も詳細は言えないけど、色々と知っている。想像はしたくないけどさ・・・」

「そうか」


「いいよ。乗るよ。楽勝な異世界ライフが脅かされるのが、何よりも恐ろしいことだからね。で、リョクちゃんも行くんだろう?」

 リョク、リョク・・・ってこいつは・・・。


「リョクは優秀だ。人間は元々力がない分、毒を使う。『隣人の財産』のダンジョンに行けば、魔族に有利な薬学的なものを感じ取れるかもしれないからな」

「だよねー。あ、リョクちゃんは俺が守るから安心して。ヴィルは絶対手を出すなよ。絶対だからね」

 ビシっと釘を刺してくる。


「出すわけないだろ。リョクは知識はあるけど、力はないから気を付けろよ」

「んなこと、いっつも傍にいる俺が一番よくわかってる」

 鼻を高くした。


「リョクちゃんボーイッシュだけど、ちょっと抜けてるところとか、めちゃくちゃ可愛い女の子なんだからな。それにヴィルはいつも女・・・うわっ・・・」


 パンッ


「んん・・・?」

 アイリスがもぞもぞとしたのを察知して、エヴァンの足元を魔の銃弾ブレッドで打ち抜く。

 床に小さな穴が空いて、煙が出ていた。


「ヴィル・・・」

「あれ? ・・・・魔王ヴィル様、エヴァンどうしたの?」

 アイリスがふらふらしながら起き上がった。


「俺たち、サンフォルン王国のダンジョンに行ってくるんだよ」

「え? ダンジョン?」

 まだ、本調子じゃないみたいだな。


「じゃあ・・・私も・・・」

「お前は魔王城で待ってろ。今回のダンジョンはお前を狙っている十戒軍『隣人の財産』のいる場所だ」

「え・・・・」


「俺も同じ意見だ。アイリス様はここで待っていたほうがいい」


「っ・・・・・」

 アイリスの目から涙が溢れていた。


「アイリス様・・・?」

 エヴァンがあからさまに驚いていた。


「な・・・何も泣くことないだろ?」

「急に悲しくなって。悲しい? この感情は・・・悲しい?」

「しょうがないんだって。危ないんだから」

「わかってるけど・・・」


 どうして、いきなり不安定になったんだ?


「魔王城のほうが安全なんだよ。俺はお前を危険な目に合わせたくないから言ってるだけで」

 目を押さえて、肩を震わせていた。


「・・・えっと、ヴィル、アイリス様も連れて行ったら?」

「エヴァン、さっきと言ってること違うだろうが・・・・」

「だって、アイリス様がここまで泣くなんて・・・」

 エヴァンがゆっくりと窓から離れる。

 

「すごいな・・・ヴィルは・・・」

「何がだよ」

「・・・・・・」

 エヴァンが目を細めて、アイリスを見つめていた。



「・・・・魔王ヴィル様・・・ごめんなさい。涙が止まらなくて。どうして? 分析ができなくて・・・・」

「分析って・・・・・・」

 頭を掻く。

 なんでそこまで泣くのか、わからなかった。


「はぁ・・・わかったよ。連れてくって」

「え・・・?」

 大粒の涙を流しながらこちらを見上げる。


「いいの?」

「その代わり、万全の体調にしろよ。ほら、早く寝て」

「ありがとう」

 布団をかけ直してやると、アイリスが目を閉じて、また眠りについていた。


「・・・・・・・・」

 肩を落とす。

 4人でダンジョンとか、ギルドのパーティーみたいじゃないか。


 2分の1で人間だし。


「・・・なんだよ」

「常に気を張ってる奴だと思ってたけど、そうでもないじゃん」


「何が言いたいんだ?」

「別に」

 エヴァンがふっと笑った。


「本当、アイリス様には甘いんだな。あれだけ人間嫌いなのに」

「・・・あぁ・・・それは、そうかもな・・・」

「へぇ・・・自覚してるんだ・・・・って、待ってよ。どこ行くの? リョクちゃんのところ? じゃあ、俺も行くって」

 アイリスの弱々しい魔力を確認してから、背を向ける。

 ドラゴンに変身したエヴァンが、足をパタパタさせてついてきた。

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