86 シエルのオーバーキル
魔王城が静まり返っていた。嵐の前の静けさといった感じだ。
「魔王ヴィル様」
自室に戻ろうとしていると、ウルに声を掛けられた。
「ん? どうした? ププは一緒じゃないのか?」
「ププは自室で魔王ヴィル様が持ってきた透明な破片を再度確認しております。十戒軍の拠点から持ってきたというものですね」
ウルがきりっとした声で言う。
「途中経過をお伝えします。あれは、水晶ではありません」
「なんだったんだ?」
「この世界のものではない・・・というのが私たちの結論です。成分的にはガラスに近いのかと思いますが、全く同じものは現存する魔族の資料にはありません」
「・・・・・・」
「ププが再度、似た成分の鉱石が無いか探しています。私たちも、少し信じがたく・・・」
口に手を当てて、顔をしかめた。
「忙しいのに悪いな」
「いえ、私もププも、あぁゆうものを研究するのは好きですから」
ププウルの研究が正しいとすると、異世界から持ってきた物の可能性が高いな。
ダンジョンの精霊に渡している物と同じように・・・。
でも、なぜ、十戒軍が?
「あれを見たとき、リョクが息苦しそうにしてたんだ。俺はなんともなかった。力の差・・・とは言い切れない気がするな」
「そうですよね。ある魔族にのみ効果のある何かが含まれているとか・・・」
「あぁ、時間があるときに頼む。お前らの負担にならない程度で構わない」
「お気遣い、ありがとうございます。私たちは2人ですから、うまく分担します。ご安心を」
ウルが上位魔族の表情で頷いていた。
「あ、十戒軍が来るのですよね? 私もそろそろ準備を」
「まぁ、リカ以外の上位魔族が全員集結してるからな。お前らの都合がつけばでいい」
「わかりました」
キィ・・・
自室のドアを開ける。
「・・・・・」
窓際にアイリスが座っていた。
ここ最近、アイリスがぼうっとしている気がする。
アイリスなりに、何かを感じ取っているのだろうか。
「ん? 魔王ヴィル様どうしたの?」
「いや・・・別に・・・アイリスこそ何やってるんだ?」
「服の袖が解れてるから、修正しようかなって。裁縫道具ある?」
「・・・マキアなら持ってそうだな」
「うん、マキアに聞いてみる」
言いながら、窓の方に視線を向ける。
心がここに無いような感覚だ。
「今からお前の命を狙う人間どもが来る。魔族流に丁重にもてなすから絶対部屋から出てくるなよ」
「はい、魔王ヴィル様」
「・・・・・・・・・・」
にこっと頷く。
最近、アイリスと距離を感じることがあった。
「アイリス、お前は・・・」
トントン
「・・・・・・」
「魔王ヴィル様、人間どもが敷地内に入ったという連絡が」
ドアの向こうから、カマエルの声が聞こえた。
「・・・今、行く」
マントを翻して、魔王の間に向かう。
どんな戦力で、魔王城に乗り込んでくる気だろうな。
浅はかな人間どもが、どんな戦術を立ててくるか楽しみだった。
「ん? どうした?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
魔族たちが扉の前で、呆然と固まっていた。
ゴリアテでさえ、でかい図体をびくともさせなかった。
「魔王ヴィル様」
シエルが銀色の髪をなびかせて、赤い絨毯の上を歩いてくる。
他の魔族たちが道を開けていた。
まさか・・・。
「申し訳ございません、魔王ヴィル様。力が有り余ってしまい」
「シエル、お前・・・」
「はい」
一人でやったのか。
「魔王城に乗り込もうとしてきた『主の聖なる日』全員、一人残らず、消去してしまいました。思ったよりも自分の力が大きくて、約5秒ほどで無に」
「!」
戸惑いながら手を胸にあてていた。
他の魔族が唖然とするはずだ。
戦闘の痕すら残っていなかった。
「奴らの魔力を察知する限り、上位魔族には敵わないもののそこまで弱くはなかったのですが・・・」
カマエルがメガネを上げながら、動揺しているのが伝わってきた。
「消去したのは、十戒軍の『主の聖なる日』で間違いないんだな?」
「それは間違いありません。そう名乗っているのを聞いてから、シエルがやりましたから」
「30名ほど、幻獣に乗ってきました。私たちの部下も同じものを目撃しています」
サリーが大きな刃を降ろす。
「跡形もなく消したのか?」
「はい。情報を吐かせるために数名残そうと思ったのですが、うまくコントロールが効かず・・・」
シエルが自分の手を見つめて驚いていた。
特殊効果発動条件を利用するほど強くなっている気がするな。
今回ばかりは、想定外だった。
「・・・・・・・」
ゆっくりとマントを後ろにやって、魔王の椅子に座る。
魔族たちを見下ろした。
「まずは、よくやったな。シエル」
「でも、魔王ヴィル様・・・力加減ができず、申し訳ありませんでした」
「いや、いい。相手が弱すぎただけだ」
シエルが丁寧に頭を下げる。
本当は1人くらいから情報を聞き出したかったが、仕方ない。
シエルはつい最近、人間に自分の仲間を殺された恨みもあるから暴走するのかもな。
俺にも経験はあった。
「す、すみません!」
シエルがはっとして、周囲を見渡す。
「・・・皆さん、集まっていたのに、私だけで始末してしまい・・・」
おどおどしていた。
自分が上位魔族最強であるという自覚は無いようだ。
「あぁ! 私としたことが、出遅れてしまい」
カマエルがあからさまに悔しがっていた。
「シエルがこんなに強いとは・・・これから私の良きライバルとなるでしょう」
「え!?」
「次は私が活躍します。もっと強くなって」
シエルが動揺する。
カマエルの言葉に、ザガンが呆れた視線を向けていた。
「いえ、あの・・・私は力の加減ができず・・・」
「すごいわね。シエル、初めて会ったときよりもパワーアップしているみたい。かなり鍛えたのでしょ?」
「えっ・・・・」
サリーが感心しながら詰め寄っていった。
「どんなことをしているの? 何か秘密の特訓でもあるの?」
「!?」
「えーっと・・・」
シエルが目を泳がせながら、言葉を選んでいる。
「は・・・はい。上位魔族の皆さんに追いつけるよう・・・色々、自分なりに研究を」
「驚いたわ。まだ、魔王城に来たばかりなのに、かなりの努力家なのね。そんな姿見せないのに」
「俺たちはよく互いに戦ったりして鍛えてるんだけどな」
ゴリアテが巨大な斧を置く。
「次はぜひシエルも誘おう」
「そうね。ぜひ手合わせ願いたいわ」
「あ・・・ありがとうございます・・・」
少し照れながら頷いていた。
「私も負けていられない。上位魔族だからって、自分の力を過信しすぎてたわ。頑張らないと」
ジャヒーが丸い角を触りながら言う。
短剣を握り締めて、唇を噛み締めていた。ジャヒーは負けず嫌いだからな。
「・・・あぁ、皆期待しているぞ」
「はい」
上位魔族が頭を下げる。
水の入ったグラスに口を付ける。
十戒軍の1つ、『主の聖なる日』をたった一人で壊滅させるとは・・・。
俺が出る間も与えなかったか。
後ろで控えていた魔族たちは、活躍の場を失ってしまい、各々落ち込んでいるのが伝わってきた。
「・・・・・・・・」
まぁ、言い換えれば、十戒軍にはその程度の奴らしかいないということだな。
アイリスは二度と襲わせない。絶対に、な。




