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81 ステンドグラスの下

「あのガキ・・・弱かったくせに、縄を切ったのか?」


「遠くまでは行っていないはずです。俺たちが、裏側から来てすれ違わなかったってことは、あっちの階段のほうに行けば追いつくと思いますが?」

「クソッ」

 バアンと机を蹴る。

 リョクが体を強張らせた。


「まぁ、いいさ。今日は城下町は人が多いんだから、上の奴らが魔族を見つければ捕まえるだろう。緑の髪に、緑の瞳、外に出ればすぐに珍しい魔族だとわかる」

「それもそうですね。あの女を拷問しながら、情報を吐かせて、酒飲もうと思ったのですが。まぁこれもこの世界の神のご意思です」 

 酒瓶を置くような音が聞こえる。


「でも、リーダーもなんであの魔族に?」

「ハハハ、回復魔法しか使えない魔族なんていないからだろ。敵を倒したければ、敵の回復役を襲えと言うしな」

「確かに、そうですね。珍しい魔族ですし、皆も興味を持つでしょう」

 リョクの縛り付けられてた近くの台に座っているようだ。

 テーブルの下から足が見えた。


「はぁ・・・、小さい魔族を拷問するのは正直気が引けますが、『隣人に偽証してはならない戒律』が潰れたのですから、そりゃ、躍起になります」

「ギース、酒飲み過ぎじゃないのか? 顔が赤いぞ」


「・・・ちょっと酒は苦手で・・・もう酔いら・・・」

 若干ろれつが回っていなかった。


「神はどんなときも俺たちを見ているんだ」

「わかっております。心はいつも神と共にありあす・・・ひっく・・・」


 こいつらの魔力も相当弱い。

 酒のせいもあるのか、こちらに全く気付いていないしな。

 だが、魔王城まで乗り込んできた、あの十戒軍だ。


 全体のステータスは弱く見えても、何か突出している能力があるのかもしれない。


「ぅ・・・・」

 リョクが小さく声を出して、うずくまった。

 息苦しそうにしている。


 ガタッ


「ん? 何か音がしませんか?」

「あぁ。まさか、そこの棚の下に、チビが隠れてるわけじゃねぇだろうな」


 殺すか?

 いや、少し泳がせてみるか。


 棚に手をくっつけた。


 ― 牙奪鎖チェーン


 指先に集中して、階段、ロウソク・・・ランタンを探す。


 ガシャンガシャンガシャンガシャン・・・


 ボウッ


「ななな、なんでしょう?」

「あっちだギース、見ろ、階段のほうだ。ランプが落ちたんだ」

 牙奪鎖チェーンを動かして、ランプを次々落としていった。


「このままじゃ燃えてしまいます。水を・・・ほら」

「止めろ。それは水じゃねぇ、アルコールだ」

「うわああああ、このままじゃ煙で死んでしまいます」


 バタバタしながら離れていくのがわかった。

 こいつら、シールドも水魔法も何も使えないのか。


「いったん逃げましょう。裏口から誰か火を消せる者を呼んで」

「あぁ、ごほっけほっ・・・息が」

 いろんなものを落としながら、部屋から飛び出ていく音が聞こえた。


 ドン


 完全にいなくなったのを確認して棚を開ける。


「リョク!」

 リョクを引きずり出した。


「どうした?」

「す・・・すみません」

 脈拍も呼吸も正常、解毒はリョク自身が完了させている。


「あの・・・水晶を壊してください。僕、あれが苦手で・・・」

「水晶?」

 テーブルの上にある水晶を指した。


 ― 魔の銃弾ブレッド


 指先から閃光を放つ。

 

 パァン


 水晶が風船のように弾け飛ぶ。

 宙に散った破片を一つ取って眺めた。

 特に何かを乱すような魔力は感じなかったが、一応調べておくか。


「はぁ・・・すみません。どうしてかはわからないのですが、あの水晶を見た途端、肺が押しつぶされそうになるんです」

リョクの顔色がみるみる戻っていった。


「まぁ、ぱっと見はわからないけどな。十戒軍のことだ。一応調べてみるよ」

「はい、お願いします。ごほっごほっ・・・」

 よく見ると、水晶というよりもガラスみたいだな。

 ポケットに入れた。


 じゅぅぅぅぅぅぅぅ


 軽く手を向けて、ほんのりと上がった炎を鎮静化していく。

 煙も少ししか充満していない。

 こんなのも消火できないとは。なんだったんだ? あいつら・・・。


「早くここを出るぞ。あんな奴らに任せておくような部屋なら期待できないだろ」

「一応、僕、ここにある資料とか持っていきます! 少しでも、何かあるかもしれないので」

「あぁ、頼む」

 階段の先を見る。

 人間の気配はない。あいつら、本当に、ただ逃げただけだったのか?


 魔王城に来て、アイリスに焼き殺された人間とは、別物だな。


 十戒軍はあれくらいの覚悟を持った人間が集まったと思っていたが・・・。

 蓋を開ければ、そうでもないみたいだ。


「人間なんて嫌いだ・・・この匂いも嫌だけど、仕方ない」

 リョクが少年のような服に袖を通して、呟いていた。

 薬品の周りにある、紙や瓶を麻袋の中に詰め込んでいる。




「おかえりなさいませ。魔王ヴィル様」

 地下からドアを押し開けると、サリーとシエルが覗き込んでいた。

 サリーの後ろからミゲルが顔を出す。


「大丈夫ですか? 少し煙の臭いがしますが」

「あぁ、問題ない。それなりに収穫はあった。人間は戻ってきていないのか?」

「はい、驚くほど何もないのです。城下町のほうは騒がしいようですが・・」

「そこに転がっていた人間の死体も消しておきました。あれ? その子は?」

 サリーがリョクの髪をかき上げる。


「!!」

 リョクがびくっとする。


「緑の目、回復専門の魔族ですね」

「あぁ、地下で捕まっていた。希少価値が高いという理由で十戒軍にさらわれたらしい」

「・・・リョクといいます。よろしくお願いします」

 ミゲルが物珍しそうにのぞき込むと、リョクが嫌そうな顔をした。

 ぼそっと、どうして人間が? と話していた。


「ステータスは低いが、知識が豊富だ。何より十戒軍が使っていた毒についての知識がある。魔王城に連れて行こうと思っている」

「はい、僕は攻撃魔法は苦手ですが、回復魔法の知識でしたら、自信があります」


 緊張して硬くなりながら、サリーとシエルのほうを見ていた。

 少ししてから、はっとして、深々とお辞儀をする。


「可愛いですね」

「リョク、よろしくね。魔王城に行ったら、貴方のボロボロの服を新調してあげる。あ、その辺の人間の服を剝いできてもいいわね。無駄に付けた宝石を奪うのも・・・ふふふ・・・」

 邪悪な笑みを浮かべている。


「あ・・・ありがとうございます」

「任せて、魔王城にふさわしい格好にしてあげるわ。ジャヒーなんかよりもセンスがいいんだから」

 サリーが身をかがめて、リョクの頬の傷を撫でた。


「派手に動くなよ」

「承知しております。今日はみんな煌びやかに飾ってるから、ちょっといたずらしてみようと思いまして。せっかく来たのですから、人間のふりをして、少し遊んできます。ミゲル、私の荷物を持ちなさい」


「はいっ、サリー様」

「ふふふ、私の服も新調しちゃおうかしら? 楽しくなってきたわ」

 上機嫌になりながら、赤い髪をひとつに結んでいた。

 サリーとミゲルがフードを深く被りなおす。


「魔王ヴィル様、すぐに用を済ませてこちらの塔に戻ってまいりますので」

「あぁ、よろしくな」


「ぼ、僕の服?」

「そ、魔族なら魔族らしくコーディネートしなきゃ」

「え、ぼ、僕、服にこだわりは・・・」

 戸惑うリョクを引き摺るようにして、塔から出ていった。

 サリーが変に暴走しなければいいが・・・。


 まぁ、ミゲルがどうにか立ち回ってくれるだろう。


 バタン


 扉が閉まると一気にしんとした。

 ステンドグラスが外の明かりに少しだけ光っている




「魔王ヴィル様、2人きりですね」

「まぁな、ここに十戒軍がいたことは確かだ。戻ってこない来ないことも不自然だし、もう少し探りを・・・」

「魔王ヴィル様!!」

 シエルが急に甘えた声を出して、段差を上がってきた。

 ツインテールがふわっと揺れる。


「大好き解放なのです。だって、2人きりだから、大好きって言ってもいいんですよね?」

 いきなり抱き着いてきた。

 床に押さえつけられる。


 ドンッ


「あ、ごめんなさい」

「・・・シエル、随分、力が強くなったな」

「魔王ヴィル様のおかげです」

 嬉しそうに微笑む。


「魔力切れか?」

「はい。なので、アレを・・・ん・・・」

 シエルが強引に唇を重ねてくる。


「・・・・最初から飛ばしすぎだ。お前の場合、俺がいないとまだ魔力は安定してないんだから」

「魔王ヴィル様がいるからいいのです。魔王ヴィル様、こうして、魔力切れのこと気づいてくださいますし」

「お前な・・・」

「魔王ヴィル様はお優しいのです。なので、私、利用しちゃいますよ?」

 にやりと笑う。


「覚悟してくださいね」

 誘惑をするのが上手い、小悪魔のようだった。

 白銀の髪が、しっとりと流れていく。


「それは楽しみだな」

「ふぅ・・・魔王ヴィル様、このステンドグラス、人間の祈りの場ではなんて呼ばれているか知っていますか?」

「ん・・・?」

「聖母に捧ぐ教会です。肉体的な交わりなしに母親になった女性が描かれているそうですよ」

 ふと、視線を向ける。

 ステンドグラスの青い光が降り注いでいた。


「へぇ・・・・」

「こんな、幸せを知らないなんて・・・可哀そうなのです」

「・・・・・・・・」

 シエルが同情するように言うと、深い時間が過ぎていった。

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