70 ダンジョンの意味
『おぉ・・・戻ってきたか、魔族の王よ。ん? アイリスは?』
「まだ寝てるよ。あの部屋、体力も魔力も回復するんだけど2人で入るとさすがに暑くて・・・」
岩の上に座る。リルが牙を見せながら寄ってきた。
「俺たちが2人入るにはかなり狭い」
『ハハハハそりゃそうだ。あの部屋は、リルのために作ったものだ』
「私は結構広く使えるのですが・・・」
リルが頭を掻いていた。
「まぁ、俺も疲れが溜まってたし。ありがとう、リル」
「よかったです。お役に立てて」
リルが満面の笑みを浮かべる。
花壇近くの湧き水で手を洗っていると、リルが付いてきた。
「ただいま、魔王ヴィル様」
髪を一つに結んだアイリスが戻ってくる。
「遅かったな、じゃあクエスト行くか」
「うん!」
「あの・・・」
顔色の戻ったリルが、カマタの後ろから顔を出す。
「どうでした? このダンジョンは満喫できました?」
「リル! ありがとう。綺麗だし、体力も回復できるし、素敵なダンジョンだった」
「はい、自慢のダンジョンですから」
リルがアイリスに懐いていた。
「もう行くのですか?」
「だいぶ回復したしな。早いに越したことはない」
「万全の体制です。カマタ様。宝物、絶対見つけてみせます」
アイリスが両手を握り締めて、無邪気に笑っていた。
『おぉ、そうか。他のダンジョンの精霊の言った通り、頼もしいなぁ』
「お任せください」
「・・・・・・」
自信満々に言う。
異世界以外で、アイリスが頼もしいなんて思ったことないけどな。
「ん? 魔王ヴィル様、今失礼なこと考えなかった?」
「それより、カマタの異世界の宝は何なんだ?」
ちょっと不満そうなアイリスを無視して、カマタのほうを見る。
『異世界の”土”だ。”土”を持ってきてほしいのだ』
「土?」
『これだ、これこれ』
カマタが祭壇から皿のようなものを持って、戻ってくる。
『これに、川の底の”土”を取ってきてほしいのだ。川ってのが、とても重要だ。異世界の水を含む土。これで、我のダンジョンも魔力が満ちるのだ』
「川か・・・なんか、すぐ終わりそうだな。川なんてどこにでもあるだろう」
「私たちが到着する異世界って、なかなか川が見当たらない。七海には会えなくなっちゃったし。でも、いざとなれば私の記憶と分析能力があるから大丈夫」
「あぁ、頼りにしてるよ」
アイリスが自信ありげに自分のこめかみを指さしていた。
『なんと、異世界には川が無いのか!?』
ぶよんぶよん体を動かした。
「無いっていうか、今まで着いたところは、建物だらけだったんだ」
「うん、硬い地面と高い建物。川の匂いはしなかったかな」
『なんと、なんと、建物・・・異世界の話か』
カマタが嬉しそうにほくほくしていた。
ダンジョンの精霊は、もれなく異世界の話に興味を持つ。
『帰ってきたら、もっともっと聞かせてくれ』
「あぁ、なるべく早く帰ってくるよ」
皿を受け取って、カマタの後ろを付いていく。
リルも小さな翼をぱたぱたさせて歩いていた。
段差を上って、磨かれた岩に立つ。
土か・・・。
異世界の宝は、異世界に行けばあまり特別なものではない。
どうしてこんなに、ダンジョンの精霊は異世界に憧れるんだろうな。
この世界がダンジョンから異世界に通じているからだろうか。
ダンジョンはなぜ・・・。
こうゆうのは、マーリンが食いつきそうな話なんだけどな。
『じゃあ、頼んだぞ』
「気を付けてください。魔王ヴィル様、アイリス、いってらっしゃいませ」
リルがカマタの後ろで、にこにこしながら手を振ってきた。
「頑張ろうね、魔王ヴィル様」
「あぁ」
アイリスが明るく微笑む。
地面から光が走り、ふっと空中に浮くような感覚になった。
シュン
目を開けると、異世界の建物の中にいた。
階段の前だったが・・・人はまばらだな。
ここは、あまり人がいない場所なのか?
いつもだったら人通りが激しくて戸惑うけど、今回は数名が行き交うだけだ。
「まお・・・ごほん。ヴィル・・・あれ見て」
アイリスが風の吹くほうへ少し歩いていく。
「夜か・・・」
「うん。夜の異世界は初めてだね。月は見えないのに、明かりが綺麗」
夜の雲間から光が溢れていた。
「魔法じゃないのが不思議だな」
「うん、今回も楽しくなりそう」
アイリスがいつも通り、嬉しそうにしていた。
外は暗く、建物の明かりが煌々としている。




