66 帰る家
「魔王ヴィル様、今、リースにダンジョンのこと話してたの」
リースは小柄な悪魔だった。
褐色の足には、まだ少し傷跡が残っている。
アイリスが籠に入ったパンにスープを浸して食べていた。
「ダンジョンの精霊様はいろんな形があるって。こんな大きくて丸かったり、壁から動かなかったり、こんな小さい精霊様まで・・・」
「くくく、アイリスって面白いですね。人間の王女なのに」
マントを後ろにやって、絨毯に座る。
「人間は憎いけど、アイリスは好きです」
「そうか」
リースが八重歯を見せて笑った。
「この近くにもダンジョンはあるのか?」
「はい。すぐ近くに、人間が攻略したダンジョンが・・・ここは、アリエル王国からもサンフォルン王国からも遠いので、人間が来たことはありませんが・・・」
「じゃあ、明日はそこを攻略しに行くか」
パンを食べながら言う。
「いいの? 魔王ヴィル様」
「ついでだしな。それに、近くに美味しい水に美味しい食べ物がある場所は、魔族のダンジョンにしたほうが後々都合がいいだろう」
人間が来ないなら、ダンジョンにこいつらを住まわせたいと思っていた。
結界だけでは、心もとないしな。
「はいっ・・・魔王ヴィル様、ありがとうございます」
「アイリス、大役だな」
「うん、任せて」
水を飲んで、コップを大げさに置いた。
「私、ユーリア様に言ってきますね。とっても喜ぶと思います」
ぱぁっと明るくなって、立ち上がった。
「あっ」
結界から出ていく前に、振り返った。
「えっと、あ・・・あの・・・ここは他の魔族からも見えるようになっているので?」
「ん? 安心だよね? そのほうが」
「あぁ。信頼してるしな」
リースが顔をほんのり赤くしながら言う。
「激しい行為は、もももも、もちろん構わないのですが・・・なるべくなら・・・」
周囲を見てもじもじしながら言う。
「激しい行為って?」
「!」
水を吹き出しそうになる。
「魔王ヴィル様と戦闘はしないよ」
「そ、そうじゃ・・・」
「別にそうゆうのはない。俺らは普通に寝るだけだから」
ピンとこないアイリスの前に立って言う。
情報収集には長けているが、察する力が弱い。
「そ、そうですよね。失礼しました」
「おやすみ、リース」
リースが頭を下げて出ていくと、アイリスが手を振っていた。
「このスープ美味しいの。クリーミーな感じで、後味さっぱりしてて・・・きっと、この成分は柑橘系が含まれてる? うん、美味しい」
アイリスがもぐもぐしながら話す。
「作り方教えてもらって、マキアとセラに伝えようっと」
「あぁ。ププウルたちも喜ぶ」
「魔王ヴィル様・・・ありがとね」
「何がだ?」
「ダンジョン攻略・・・”名無し”のことがあったから、サンフォルン王国に行く前にダンジョンを攻略する時間を作ってくれたのかな? って思って・・・・」
髪を耳にかけながら、ハーブティーを置いた。
「そこまで考えてない。ただ、ここにいる女魔族たちに、ダンジョンを与えてやりたいだけだ」
「そっか」
「・・・壁に囲まれた家があるのは、大事なことだからな」
後ろをに手をついて、空を見上げる。
俺は孤児院で孤立していた。
元々、薄気味悪い子供だったからな。
子供同士の喧嘩を理由に、数日間追い出されることもしばしばあった。
オーディンはほとんど孤児院に顔を出さない。
もし、マリアが庇ってくれなかったら俺は・・・。
「・・・・・・・」
絨毯に横になると、女魔族たちの視線をうっすら感じた。
警戒しているというよりも・・・・好奇心の目だな。これは。
寝返りを打って視界を変えると、周囲の魔族たちがぱっと何事もなかったように本を読んだりご飯を食べたりしていた。
結界が張ってあるとはいえ、こんな生活絶対嫌だな。
息苦しくて、全然寝付けない。
「アイリス、寝たのか?」
「すぅ・・・すぅ・・・・・・」
もう眠っていた。
色々考えてたが、少しはこいつの図太さを見習わないとな。
肉を焼いたようないい匂いがした。
目を開けると、アイリスとリースが朝食の肉を食べていた。
「あ、魔王ヴィル様。おはよう、先食べてたよ」
「すみません、アイリスが一緒に食べようと・・・」
リースが姿勢を正して恐縮していた。
「全然構わないよ」
「リースにレシピ教えてもらったから、魔王城でも振舞うね」
「あぁ・・・美味しそうだな」
「へへ、マキアに私の得意料理認定してもらいたいな」
アイリスがにこっとする。
かなりぐっすり寝ていたな。
何か、懐かしい夢を見ていたような・・・気のせいか。
「ご飯食べたら、出発しよう。魔王ヴィル様」
「そうだな」
「ユーリア様とザキア様がダンジョンまでお送りしますので、呼んできます」
リースが一気に食べて、結界から出ていった。
「はい、魔王ヴィル様の分。食べやすいように切っておいたの」
「ありがとう」
アイリスが取り分けた焼いたハーブの肉を食べる。
「ダンジョンは湖の反対側にある、大きな岩の下になります」
ユーリアとザキアが先頭を歩く。
他の女魔族たちが昨日よりも近くで見に来ていた。
「魔王ヴィル様、そんなに珍しいのね?」
「男が珍しいんだよ」
アイリスが髪を結びなおして気合を入れていた。
結界を抜けると、さっきの場所は見えなくなった。
湖に沿って、岩のほうへ歩いていく。
「アイリス、って人間なのにいい奴だってリースが言ってたね」
ザキアがアイリスの横に並んだ。
「あ、ありがとうございます」
「ハハ。そんな、かしこまらなくてもいいって、私とも仲良くしてくれる?」
「ぜひぜひ」
ザキアが気さくな感じで話しかけていた。
「あのダンジョンを魔族のものにできたら、本当にうれしく思います。リカ様の結界があるので、誰かに見つかることはないのですが、常に気を張り詰めていなければならなく」
「まぁ、そうだよな」
「はい。やっぱりダンジョンがあると安心です。何せ弱い者ばかりなので・・・」
ユーリアが時折、結界のあるほうを確認していた。
「こちらになります」
「へぇ、変わった扉だね。きゃっ、ミミズが・・・」
「ミミズもダメなのかよ」
「ミミズも障害が起こる可能性がある」
「障害って・・・毒はないから安心しろ」
アイリスがびくっとして後ろに隠れる。
岩に掌のような模様が描かれていて、押すと階段が現れるらしい。
「ハハ、アイリスって、本当可愛いな。ミミズなんて何もしてこないのに」
「だ・・・だって・・・」
「人間にしておくには惜しいよ。でも、おっぱいが小さい。子供のおっぱいみたい。そこだけ魔族っぽくないな」
ザキアがアイリスの胸をじっと見ていた。
「子供の!?」
すっげー、直球を投げたな。
「ザキア、魔王ヴィル様は急いでるのよ」
岩に手を付くと、静かに岩が移動して階段が現れた。
ここのダンジョンの精霊も俺たちのことを知っているらしいな。
「いってらっしゃいませ。魔王ヴィル様」
「どうかお気をつけて」
「あぁ」
「む、胸が子供・・・これでも平均のつもりなのに・・・そう、魔族が大きすぎる。大きい魔族・・・」
アイリスが後ろでぶつぶつ話していた。
「行くぞ」
指先に光を灯して、階段を下りていく。
しばらくすると、岩が転がって入口が塞がれた。




