65 女魔族の泉
「っ・・・あれ・・・?」
「寝るなよ。落ちるぞ」
「今、ものすごく変な夢見てたの・・・夢でよかった。でも、夢は浅い眠りのときに見るものだから、あまり脳にはよくない」
「双竜に乗って、熟睡するなよ」
寝ぼけたアイリスが、マントに掴みなおした。
双竜の速さも、少しずつ遅くなってきている。そろそろ限界か。
「ギルバート、グレイ、そこの崖を下りたところで降下してくれ。日も暮れたところだし、今日はいったん休もう」
クォーン オォーン
サンフォルン王国のほうのダンジョンを目指していると、すぐに日が暮れてしまった。
魔王城に来た30人以上の人間も同じような時間をかけて来たのだろうか。
ザザーッ
木々を抜けた少し広い草むらに降りていく。今日はここで野宿だな。
「お疲れ様、ギルバート、グレイ」
アイリスが二頭の頭を撫でていた。
「今日はゆっくり休め。また明日、頼んだぞ」
ギルバートとグレイが頭を下げて、光の中に消えていく。
アイリスがきょろきょろしていた。
「魔王ヴィル様、水の音が聞こえる」
「空から見たから暗くてあまり見えなかったな。まぁ、森だし水くらいはあるだろう。ちょっと歩いてみるか」
人差し指に明かりを灯す。
「うん。あ、寝る前にマキアからもらった固形食食べない?」
「休憩場所見つけてからな」
水の音を辿っていくと木々に囲まれた泉のような場所があった。
月が水面をゆらゆらしているのが見える。
この辺に人間の気配はないが、随分整った場所だな。
近くにダンジョンがあるとも聞いていない。
「わぁ・・・見てみて」
アイリスが駆け寄っていった。
「水も透き通っていてすごく綺麗。素敵な場所、絵でしか見たことがない」
バッシャーン
裸の女魔族が泉の中から顔を出す。
ふわっと、黒い髪を後ろにやってこちらを向いた。
「人間!? 男!?」
どこからともなく声が聞こえてきた。
「ここからは一歩も通らせない・・・」
一瞬にして、武器を持った何者かに囲まれた。
アイリスを引き寄せる。
「きゃっ」
― 魔王の剣―
女魔族が3人後ろから襲い掛かろうとしてきたのを、刃を突き付けて止めた。
「お前ら魔族だな」
変わった生地の服を着ているな。温かい地域だからだろうか。
「今のは俺が魔王と知っての無礼か?」
「ま・・・魔王ヴィル様・・・・・」
はっとした表情で、下がっていく。
青ざめてから、地面に頭を付けた。
「も・・・申し訳ございません。大変申し訳ありませんでした。ここは女魔族の泉であるがゆえ、気を張り詰めてしまい・・・」
褐色の女が声を絞るように言う。
「女魔族の泉?」
「はい・・・人間どもに住んでるダンジョンの領域を潰され、居場所を失った女魔族を集めている地域です。鍛錬しているのですが、どうしても弱い者が多く、このように警戒してしまい・・・大変な失礼を」
「仕置きはなんでも受けます。どうかこの場所だけは・・・・」
華奢な背中に生えた翼を震わせていた。
「そうか。顔を上げろ」
魔王の剣を解く。
「えっ・・・・・?」
「俺たちは、ここから先、サンフォルン王国の近くのダンジョンを目指している。ここに一晩泊めてもらいたいんだが、いいか?」
「も、もちろんでございます。その人間の少女は?」
アイリスがすっと後ろに隠れた。
「俺の奴隷だ。ダンジョンを取り戻すのに必要な能力を持っているから連れまわっている」
「左様でございましたか。私は、ここの長をしているユーリアというものです。どうぞこちらへ」
「一つ空いている場所がございます。そちらでどうぞお休みください」
ユーリアに連れられて、泉を回っていると、小さな村が現れた。
女魔族たちが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
ジジジジ
天から覆いかぶさるように、膜のような結界が張られていた。
「多重結界か?」
「はい、上位魔族のリカ様にかけていただきました」
まだ会ったことのない上位魔族だが、かなり強い結界だな。
入ってみると、10~20人ほどしかいなかった。
中心には火が焚かれていたが、外部からは見えないようになっているらしい。
俺が男だとわかると、驚いて隠れている者も見えた。
「あの・・・どうして、ここには男性魔族はいないんですか?」
アイリスがきょとんとしながら質問していた。
「たまたま集まったのが女魔族でして、皆、力が弱く・・・・」
「・・・男というものを知らない者ばかりなので・・・その・・・驚いてしまい・・・」
ユーリアが恥ずかしそうに言う。他の2人も顔を真っ赤にしていた。
「男、が怖い? ん? 弱いから?」
アイリスが首をかしげる。
なるほど・・・。
さっきから感じる視線は魔王というより、男である俺に警戒してるんだな。
「こちらになります。いかがでしょうか?」
「あぁ、構わない」
ガラス張りの結界の中に絨毯が敷かれている場所だった。
ここは壁で囲むということをしないらしい。
「弱い者ばかりの部屋なので、いつ何かあってもいいように、このような造りになっているのですが・・・居心地悪いでしょうか?」
「いや、寝るだけだ、問題ない。ありがとう」
アイリスが物珍しそうに、ガラスのようなものを見つめていた。
女魔族たちの視線が気になって仕方ないけどな・・・。
まだ、寝るのには早いし、少し話を聞くのに、外に出るか。
「アイリス、ここで待っててくれ。ちょっと、周囲に話を聞いてくる」
「はーい」
アイリスが物珍しそうにガラスの壁を見つめていた。
「で、でしたら、私が魔王ヴィル様が帰ってくるまでここにいてもよろしいでしょうか?」
「えっと・・・君は・・?」
ユーリアの後ろにいた褐色の少女が少し怯えながら声を出す。
とがった耳にピアスが揺れていた。
「私は、リースといいます。この場所から出たことないので・・・その・・・魔王ヴィル様の奴隷の方の・・・お話を聞きたくて・・・・」
「ねぇ、魔王ヴィル様、いいでしょ?」
アイリスが同意を求めてきた。
リースを見る限り、弱いしな。
特にアイリスに危害を加えることはできないだろう。
「リースは何もしませんのでご安心ください。見ての通り、ここの中でも一番力の弱い者になります」
「あぁ、アイリス、話を聞いてやれ」
「うん」
「ありがとうございますっ」
リースが嬉しそうに絨毯に座っていた。
泉の傍の岩に腰を掛ける。
ユーリアが向かいの岩に座っていた。
「お前らの故郷は、どんな奴らに潰されたんだ?」
「・・・ほとんどが、アリエル王国の者です。私も元々ダンジョンに住んでいましたが、人間にダンジョンを攻略されてしまい、生活が一変してしまいました」
二つに結んだ髪をいじりながら話していた。
「でも、リカ様が用意してくださった、この場所があるので安心です」
「そうか、サンフォルン王国については何か知っているか?」
「ここは人間から離れた地域なのであまりお伝えできる情報は無いのですが・・・」
ユーリアが泉の水に足を浸す。
「数日前に、巨大な幻獣が通過するのを見ました。私らの世界では見たこともないような・・・・異質な魔力を持つ幻獣です」
「どのような見た目をしている?」
「はい。巨大な翼を広げ、ドラゴンのような足を持ち、顔は鷲のようにも見えました。でも見たのは一瞬で・・・すぐにいなくなりましたが」
「・・・・・・・・・・」
腕を組む。
魔王城に現れた幻獣なのかもしれないな。
「すみません。あまり有益な情報じゃなくて」
「いや、いい情報だよ。ありがとう」
ユーリアと目が合うと、すぐに逸らされた。
「先ほどは申し訳ありませんでした。男性魔族の中にも私たちに対して攻撃的な者もいるため・・・魔族とはわかっても、警戒が・・・」
バシャン
「そんなのユーリアが気にしすぎなだけだろ」
「わぁっ・・・・・」
突然、湖から上がってきた女悪魔が、ユーリアの胸を揉んでいた。
ユーリアが淫らな恰好になっている。
「私ら女悪魔だってこうゆうことするんだからさ」
「ザキアってば」
さっき、水浴びをしていた黒髪の女悪魔か。
胸に布を巻いていた。
「止めなさい! 魔王ヴィル様の前なんだから」
「お前は?」
「申し遅れました。私は副長のザキアです。魔王ヴィル様、どうか、私たちの長のユーリアの無礼をお許しください。この通り、こんなに敏感なものでして」
「・・す・・・すみません。魔王ヴィル様」
「・・・・・・・・」
ザガンにそっくりだ。
どうして魔族はみんな同じようなことをするんだろうな。
まぁ、こいつらは女同士だが。
「聞きたいことは聞けた。もう戻る。明日も早いからな」
「あ、おやすみなさいませ。魔王ヴィル様」
ふっと岩から降りた。
水面に映る月が揺らぐ。
「きゃははは、ここは?」
「・・・止めてってば。ザキア」
「もうっ・・・聞こえたらどうするの? さっきのお返しするからね」
外ではユーリアとザキアの戯れる声が聞こえた。
女魔族の泉か。
上位魔族リカはまだ会ったことが無いが、どんな奴なんだろうな。
「アイリス、面白いね!」
「そう? 私、話が上手って定評がある。話は構成とオチが重要。ダンジョンの精霊と話してて・・・」
アイリスとリースの楽しそうに話す声が聞こえる。
アイリスの笑い声を聞いたのは久しぶりかもな。
焚火の向こうに客間の結界を見ながら、ほっと息をついていた。




