64 みんなの訓練
本棚のある部屋のソファーで地図を広げていた。
ププとウルに挟まれながら、次のダンジョンの説明を聞く。
「うーん、サンフォルン王国のあたりのダンジョンはあまり詳しくないのですが・・・」
「そうなのか?」
「はい、元々サンフォルン王国周辺はダンジョンが少ないんです」
ププが小さな腕を伸ばして指さす。
「今は魔族を配備しておりますが、当時は手薄でして・・・あるダンジョンはほぼ、人間のものです。たとえば、ここが一番サンフォルン王国に近いですね」
「そうか。そこにしよう」
ジャヒーの管轄している南よりもまだ先にいったところか・・・。
魔王城からはかなり遠い。
双竜の様子を見て、休憩も必要かもしれないな。
でも、行く価値はある。
ダンジョン制圧が目的なのは大前提だが、また、アイリスを一人でクエストに向かわせて、俺はサンフォルン王国周辺に行くのもアリだ。
アイリスにとって、今一番安全な場所は、ダンジョンの中だからな。
「距離は・・・・そうですね、アリエル王国までの距離の3倍といったところでしょうか。ギルバートとグレイに荷が重ければ、他の竜を呼びましょうか?」
「いや、いい。休憩がてら周辺を偵察しながら行くから、いつも通りギルバートとグレイに頼もう」
「かしこまりました」
「そういえば、ミゲルはサリーに任せているが、サンフォルン王国までどうやって行くつもりだ?」
「サリーなら竜を3体所有してるのでご心配の必要ありません。一番大きいのは凶暴で、下位魔族に襲い掛かったりもしたんですよ」
「そうか・・・・・・・・」
サリーの性格に似たんだろうな。
「あの竜なら余裕でしょう。かなり強いですからね。飛ぶスピードも私たちより早いんですよ。風の抵抗なんてお構いなしです」
ウルが顔を少し自慢げに言う。
「・・・・・・・」
ミゲルが目的地まで無事たどり着けるといいんだが。
サリーが無茶しそうで、心配だな。
「ありがとう、2人とも。ダンジョンや魔族の情報も、知識が豊富だし、相変わらず勉強熱心だな。かなり助かるよ」
頭を撫でてやる。
「ふわぁ・・・・」
「はわわぁ・・・・」
同時にとろんとしたような表情になった。
「その・・・・魔王ヴィル様にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ・・・・?」
ププウルは賢い。
アイリスの能力について、何か勘づいたか?
「魔王ヴィル様はあの人間の奴隷に、独房で仕置きをしたのでしょうか?」
「ま、まぁな」
「・・そ・・・そうですか・・・」
何かを疑ってるのか?
いや、ププウルに限ってそんなことは・・・。
「ププ・・・」
「・・・うん」
ププが本棚近くの壁の前に立つ。
「魔族の王のお仕置きはこうゆうのだと、人間の本で見たことがあるのです。見たことが無いので気になりまして」
「は?」
ウルがププに向かって手を翳した。
― 双子悪魔の鞭―
「っ・・・・・・」
ププが両手を縛って吊り上げられた。
壁に押し付けられる。
「我々も今回の失敗を踏まえ、強くならなければいけないと思い、訓練しております」
ウルが空中に作られた魔方陣をなぞりながら言う。
「だっ・・・・大丈夫なのか?」
「はい。互いに特訓してるので、私たちこれくらいなんてことありません。問題はここからです」
上位魔族となれば鍛錬を怠らないのか。
魔族は皆、まじめだからな。
ソファーに座りなおす。
「いい? ププ」
「うん、お願い」
ガラクタの近くに立てかけられた、太い木の棒のようなものを取り出した。
ちょんとププの脇をつつく。
「ふあぁっ・・・・くすぐったい」
「いや・・・・待ってくれ」
「大丈夫です。これくらい、へっちゃらです」
「そうじゃなくて・・・」
思わず立ち上がった。
なんか、変なことが起こってる。
「これくらいならわかるのです。でも人間どもの本には、このように」
「わ、わかったから。止めろ」
「はい!」
ウルの持っていた棒を掴んだ。
どんな本を読んだんだよ。
「でも、なぜでしょうか?」
「私たちも、魔王ヴィル様の仕置きを耐えられるようになりたいのです」
「は?」
「そうです。私たちは、いつ独房に入れられてもいいように訓練を・・・」
「だから、俺はそうゆうの求めていないって」
ププウルがしゅんとする。
こいつら、どうゆう性癖を持ってるんだよ。
「本に書いてるのは人間どもの嘘だ。真に受けるな」
「やはりそうでしたか。おかしいと思ったのです」
「人間の本に騙されるとは・・・」
ウルが魔法を解くと、ププがすたっと降りて、ソファーに戻ってきた。
「すみませんでした」
「あの奴隷に対しても、このような拷問をしていたのかと、少し驚いてしまいまして・・・」
ウルが頭を下げてから隣に座る。
どの本かわからんが、燃やしてしまいたいな。
純粋な魔族に悪影響だ。
「大変失礼しました。でも、サンフォルン王国の情報は確かです」
「わかってる。ププウルを信頼してるよ」
嬉しそうに表情を緩めていた。
「魔王ヴィル様、お帰りなさい」
「って、お前ら、な・・・何やってるんだ?」
アイリスがセラに手首を縛られて、3メートルくらいの高さで柱に吊られていた。
ついさっき見た光景だ・・・。
「修行」
頭を掻いた。
城がおかしくなってる気がする。
「次、魔導士に捕まっても、自分で逃げられるように特訓してるの。セラにお願いして、まずは縄で・・・って」
「アイリスは何目指してるんだ?」
「立派な奴隷」
「はぁ・・・・」
長い溜息をついた。
「すみません。アイリス様がどうしてもやりたいと仰るので・・・」
「まずは自分の体の感覚を的確にコントロールすることが重要。私なら何でもできる」
「なんか、ミノムシみたいになってるな・・・・」
「ミノムシ・・・・」
「知らないか? あんなのだ」
「そ、そうなのですね」
「とにかく手を自由にしなきゃ、でも、手が自由にならない」
アイリスがぶらんぶらん揺れながら解こうとしていた。
「セラ、このアホに付き合わず戻ってくれ。お前も忙しいだろ?」
「えっ・・・えっと・・・でもアイリスが・・・」
アイリスを見上げて戸惑っていた。
「俺がどうにかしておくから」
「はい、すみません。では・・・アイリス、魔王ヴィル様にお任せしました」
「あ、セラ、待って・・・」
「し、失礼します。アイリス、ごめんね」
セラが部屋から出ていった。
「あー」
「アイリス、それは魔力で解くものだぞ。力ずくじゃない」
「えっ、そうなの?」
セラが失礼しますと、そっと部屋から出ていった。
ため息をついて、手を動かす。
― 物付与効果強制排除―
「わわっ・・・・」
落ちてきたアイリスを抱きとめる。
ゆっくりと下ろした。
「あ・・・ありがと」
「セラは吸血鬼族だから、人間の血を吸うための拘束の魔法には長けている。あの場所から落ちたらどうするつもりだったんだよ」
「魔王ヴィル様が100パーセント助けてくれる」
にこっと笑う。
「どこにそんな根拠があるんだよ」
「ふふ、思い込みは大事だよ・・・・」
「くだらないことやってないで、次のダンジョン行くぞ」
アイリスがぺたぺた追いかけてくる。
「次のダンジョンってどの辺にあるの?」
「サンフォルン王国の近くだ」
「サンフォルン王国・・・・」
アイリスの顔色が変わった。
「アイリスはダンジョンで待ってろ。今、アイリスにとって、ダンジョンが一番安全だ」
「・・・・・・・・・」
「表向きはダンジョンの奪還だ。でも、俺もサンフォルン王国に行きたいと思っている。ミゲルに潜入調査は頼んでいるが、自分の目でどんな国か見てみたい。アイリスを襲った十戒軍のことがあるからな」
「うん・・・」
アイリスが心配そうに頷く。
『来い、ギルバート、グレイ』
口をもぐもぐさせた、双竜が現れた。
突然、呼ばれてびっくりしたような顔をしている。
「食事中か・・・・なんか、いつも食べてるな・・・」
ギルバートがごくんと何かを呑み込んでいた。
「ギルバートとグレイはたくさん食べて、大きなドラゴンになりたいって」
「なるほど・・・?」
クォーン オォーン
アイリスが撫でると、鳴いて主張していた。
まさか、ドラゴンにしては少し小柄なの気にしているのか。
食べても、大きくならないような気がするんだが・・・・まぁ、いいか。




