63 魔王の日常
魔王の間に魔族を集合させていた。
綺麗にはなっていたが、まだどことなく人間の血の匂いが残るな。
まぁ、じき消えるだろう。
「ミゲル、お前は十戒軍の連中と会ったことがあるか?」
「も、申し訳ございません。父の仕事を手伝う中で、いろんな人と会いましたが、十戒軍の名前など聞いたことはありませんでした」
ミゲルが地面につきそうなくらい、身を屈めた。
「お前、魔王ヴィル様の前で嘘をつくか?」
「うぐっ、本当でございます。サリー様」
サリーがミゲルの頬に爪を突き立てている。
「いや、わからないならいい。サリーもあまり気を立てるな」
「失礼しました」
「ごほっ・・すみません」
子供の癖に、あれだけ残酷な場面に遭遇したのに臆しないとは、相当サリーに鍛えられたな。
魔王の椅子に座りなおす。
「それにしても、怪しいチップを子供に埋め込んで泳がせるなんて、魔族でも考えつかないな」
「やり方が気持ち悪いわ。寒気がする」
「人間も焦ってきているのね。うわべを取り繕うのが難しいくらいに」
ジャヒーが角を触りながら言う。
「申し訳ございません。自分がここに来たばかりに・・・でも、僕はどうしても魔族に・・・」
「ミゲル、お前に頼みたいことがある」
「はい?」
ミゲルが顔を上げた。
「十戒軍の奴らはサンフォルン王国にあると聞いている」
「サンフォルン王国? 確かアリエル王国と同盟を組んでたとかいう国ですね」
「戦力はないと思っていましたが・・・人間も変わってきたということですか」
カマエルがメガネを持ち上げる。
「あぁ。ミゲルにはサンフォルン王国に潜り込み、現状を調べてきてほしい」
「えっ・・・・・・」
「人間の子供であるお前が適任だ。サリーから教育も受けてるだろうしな」
ミゲルがぐっと体を引き締めて、たじろいでいた。
「僕が・・・・ですか・・・?」
「自信がないのか? お前と同い年くらいのエヴァンはアリエル王国の王国騎士団長をしているぞ」
「!」
ミゲルの表情が引き締まった。
まぁ、エヴァンの場合、中身は全然、子供じゃないんだけどな。
「や、やらせてください。俺、魔王ヴィル様の役に立ってみせます」
「魔王ヴィル様、どうして私ではないのでしょうか。私も情報収集が得意なのですが」
「サリーの場合殺してしまうだろうが」
「うるさいわね」
「実際に偵察に行って、酒場の人間4人磔にして殺して、魔族だってばれて帰ってきただろ?」
「そっ・・・そんな昔の話。魔王ヴィル様の前で・・・」
サリーが顔を赤くして、焦っていた。
「サリーに特訓を受けているミゲルだから安心して任せられるのだ。なるべく目立たないように行き、何かあればサリーを呼べ」
「かしこま・・・」
「はぁっ・・・魔王ヴィル様からそんなご評価を・・・ありがとうございます。サポートをして、必ず任務をこなして見せます」
ミゲルを押しのけて、サリーが前に出てきた。
「単純な女が・・・」
カマエルとゴリアテが乾いたため息をつく。
「魔王ヴィル様が殺した人間どもは、全員『十戒軍』だったのですか?」
「あぁ、あいつらは、この城の結界を破って入ってきた」
「結界を・・・・?」
魔族がどよめいた。
「信じられませんね。城に張った結界は、ププウルが張ったもの。人間ごときが解けるとは・・・」
「魔族に近い幻獣を召喚したのかもな。もしくは別方法があったのか。とにかく奴らが結界を破った」
「なんと!?」
肘を付いて、足を組みなおす。
十戒軍は1000年前から存在するとも話していた。
俺たちの知らない幻獣と契約していても、おかしくはない。
「申し訳ございません! 城内でも全く気配がなく・・・気づけませんでした。通常、人間が入ってくると、匂いや気配、魔力の流れで気づくものなのですが」
「仕方ない。結果的に、憂さ晴らしにもなったしな」
自分の手を見つめる。
アイリスは絶対に守らないとな。
二度と、オーバーライド(上書き)を発動させるものか。
「・・・・・・・・」
ウルがしっぽをシュンとさせて頭を下げる。
上位魔族の後ろで動揺する魔族たちを、ザガンが宥めていた。
「奴らと戦闘をした感じ、特別な強さは感じられなかった。強さだけで言えば、むしろ他のギルドや兵士たちのほうがはるかに強いだろう」
「それは、どうゆうことでしょうか?」
「十戒軍は、各技術に特化した者たちを集めた組織だ。一人一人は弱いけど、特殊技術で互いに補い合い、城まで辿り着き、アイリスをさらおうとした」
頬杖をついて、魔王の間を見つめる。
「でも、どうしてそこまであの奴隷に執着するのでしょうね?」
「ん?」
「アリエル王国には王女がもう一人いたはずです。彼女がいれば別にいい気がしますが」
ププが首を傾げた。
「それに、あの奴隷は大切にされていない気がします」
「何か別の目的があるのではないかと思うのですが? 魔王ヴィル様、どうでしょうか?」
ウルが瞼を重くしながら言う。
さすが、鋭いな。
「まぁ、人間の体裁を守るためだろう。魔族に王族がさらわれたとなると、民衆に自国の弱さを露呈することになるからな」
「なるほど!」
「魔王ヴィル様のおっしゃる通りですね」
「・・・・・・」
オーバーライド(上書き)を魔族に言うつもりはなかった。
アイリスに手は出さないことはわかっている。
でも、アイリスを必要以上に恐れるのも避けなければいけない。
これ以上、あいつを孤立させたくなかった。
「とにかく、今後人間の動向には用心してくれ。特に十戒軍という言葉を聞いたら即連絡しろ」
「かしこまりました」
魔王の椅子を下りて、部屋に向かう。
「魔王ヴィル様、お待ちください」
ミゲルがぱたぱたと走って声をかけてきた。
「なんだ?」
「あ、あの、ありがとうございます。必ずお役に立ちます」
眉をきりっとさせて、頭を下げてきた。
「あぁ、頼むぞ」
「はい」
マントを翻して背を向ける。
あの小さい体には、人間に対してよほどの憎しみを溜めているのだろう。
「魔王ヴィル様、マキアに裁縫道具を借りて服を直してみた」
アイリスが機嫌よく近づいてきた。
「似合う?」
「動きやすければいいんじゃないの?」
「ちゃんと、見てほしい。私はなんか変わった気がする」
口を尖らせていた。
「はいはい」
ソファーに横になって、ウルから借りたダンジョンの地図を眺める。
十戒軍を探しながら、ダンジョンを攻略していくのが理想的か。
ダンジョンの精霊に聞けば、何か知恵をもらえるかもしれない。
本来であれば、俺もサンフォルン王国に直接行きたかったが・・・。
焦って行動するのはよくない。
アイリスがいるからな。
「魔王ヴィル様、上書き(オーバーライド)のこと、少し思い出してきたの。でも・・・"名無し"が何か隠してる気がする」
目を閉じてこめかみを触っていた。
記憶を失ってるのか?
「・・・”名無し”は、もう私と代わりたくないみたい。”名無し”が望んでない」
「その話はもういい」
アイリスが両手を握り締めて口をつぐんだ。
禁忌魔法は規格外だ。
マーリンが禁忌魔法についてあまり口にしなかった理由も納得だな。
「死ななければいいんだろ?」
「うん。だから、いつも通り過ごせば問題ないよ。双竜に乗って、空を飛んで、ダンジョン攻略に行く」
アイリスが肩を弾ませていた。
「でも、また前みたいな状況になったら、容赦なく殺すからな。お前が”名無し”に代わり、オーバーライド(上書き)を発動しても・・・」
「うん。そのときは、よろしくね」
力なく笑っていた。
「魔王ヴィル様」
「ん・・・・・?」
「迷惑ばっかかけてごめんね。私を置いてくれてありがとう」
「いきなりなんだよ」
トントン
「!?」
「魔王ヴィル様、お食事の用意ができました」
マキアの声だ。
ババッ
ドアが鳴った瞬間、アイリスが勢いよく離れていった。
魔族のことはまだ警戒してるのか?
端のほうのソファーちょこんと座って頷く。
「入れ」
「失礼します。ん? あぁ、アイリス、ここにいたのね」
「うん。今回は、私も戦闘に巻き込まれちゃって」
「美味しそうだな」
「はい! 今回もセラと作った自信作です」
肉を煮込んだスープの香りがした。
なんか、やっと日常が戻ってきた感じだな。




