59 束の間の休息
「魔王ヴィル様、おはようございます」
昼、目が覚めると、マキアが立っていた。
「お食事お持ちしました」
「もうそんな時間か・・・。そこに置いておいてくれ。魔王の間にいかなきゃ」
「あれ? 本日はみなさん外に出ていますよ?」
「え?」
「各自の管轄の見回りの日です。上位魔族のみなさんは、自分の管轄内の地域の部下たちに状況を聞きに出ています。あ、カマエル様から、魔族のダンジョンは一つも奪われておりませんのでご安心くださいと言っておりました」
マキアが微笑んで、机に食事を置く。
「アイリスとうまくやれてるか?」
「はい!」
いつもいるソファーがぽっかり空いていた。
「今日の食事はアイリスも手伝ってくれたのです。人間の料理方法は丁寧ですね。肉の焼き方は得意なのですが、味付けもいろんなものがあるようで・・・」
「そうか。あれでも一応、王国の王女だからな」
「アイリスの知識量はすごいですね。3人で料理するのも楽しいです。セラの笑顔も見れたし・・・本当に嬉しくて」
マキアが目をキラキラさせていた。
「セラはしばらく魔王城に置くつもりだ」
「え?」
「セラも戦力だし、他のところに行かせたいのもわかるけどな。魔王城もそんなに安全とは言っていられないし、俺がいないときに何があるかわからない」
ソファーから立ち上がって、机に置かれた食事の前に座る。
「上位魔族以外にも最低限の戦力が必要だ。セラにはそう伝えておいてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
マキアが深々と頭を下げた。
「ん、このスープ美味しいな」
「それはアイリスが作った野菜スープです。味付けに、ハーブを色々かけ合わせているらしいんです」
「へぇ・・・・」
カットされた野菜がゴロゴロ入っていた。
よく煮込まれていて、キノコ類の味も入っているから美味しい。
魔王城に来てから肉しか食べてない分、野菜が美味しく感じられる。
「魔王ヴィル様、終わったら入浴されてはいかがでしょうか? 下位魔族が掃除をしたばかりなので、綺麗ですし、疲れも取れますよ。今なら、誰も入っていない時間帯なので」
「ありがとう、そうするよ」
パンをぎって、ソースに浸しながら言った。
「はぁ・・・・」
浴場で体を伸ばしながらため息を付く。
やっぱり、風呂はいいものだな。白い湯は疲れも落ちるし。
そういえば、今日、上位魔族はザガンしかいないってことになるのか。
まぁ、俺がいるし、こそこそ人間が来ようと問題ないけどな。
「ふわぁっ、魔王ヴィル様?」
「ウル!?」
ウルが湯気の中から顔を出した。
小さくて岩に隠れているから全然気づかなかった。
「えっと、ププは?」
ふらっと湯船の中を移動してこちらに近づいてくる。
「見回りに行っています。私も行けるのですが、今回はププ一人で行くということで待つことになりました。ププから見ると、私はまだ完全回復したわけじゃないみたいで・・・」
「そうか・・・ププが一番ウルのことを知ってるだろうからな。ププに任せれば問題ないだろう」
「はい、申し訳ありません。私ももどかしいのですが、今回はププに任せます」
「ウルは休めるうちに休んでおけ」
「はい・・・・・・」
傷は残っていないようだけど、精神的なものか。
「てか、水属性が弱点なのに、お湯に浸かってて大丈夫なのか?」
「ちょっと、ふにゃーっとしますが大丈夫です。回復の湯なので、回復のために入りに来ました」
「そ・・・そうか」
「魔王ヴィル様、ちょっと近くいってもいいですか?」
「あぁ・・・どうした?」
返事をする前から、徐々ににじり寄ってきた。
女魔族ってどうしてこう、裸を見られることに抵抗無いんだか。
「魔王ヴィル様、この前は本当にありがとうございます。肉体回復を使っていただけなければ、ププを一人残して死んでしまうところでした」
「気にするな」
「本当に、ありがとうございました」
「・・・・・・・」
「上位魔族なのに、あんな無様な真似を見せてしまい、申し訳ありません・・・。次こそは絶対にあんなことにならないようにします。どうかププは何もしていないので・・・」
「ププウルを無能だなんて思ったことは無い。これからも上位魔族として頼む」
「魔王ヴィル様・・・」
ウルが溢れる涙を押さえていた。
「だから、もう、気にするな。過去のことなんか忘れろ」
「は・・・はい・・すみません・・・」
「・・・・・・・」
ウルのすすり泣く声が響く。
少し動くと、湯船から水が溢れていった。
「あ、魔王ヴィル様」
廊下の窓から外を眺めていると、アイリスが話しかけてきた。
「お風呂どうだった?」
「あぁ、ゆっくりできたよ」
肘を伸ばす。
「それより、よくここにいるってわかったな」
「マキアから浴場にいるって聞いて、ここの廊下にいるのかな?って」
「あまり、お前はうろうろするな。ザガンみたいな魔族がたくさんいるんだからな」
「ザガン様・・・な、なるほど?」
アイリスの顔が少し引きつった。
「魔王城は慣れてきたか?」
「うん、マキアとセラとも話が合うし。ここに来てよかった」
「つか、人間がここまで魔王城に馴染むのもおかしいけどな。アイリスは本当に何者なんだ?」
「あ、私、魔族だったのかも」
「それはない。アイリスは聖属性だし、聖属性の魔族なんて存在しない」
「へへへ、そっか」
アイリスが満面の笑みを浮かべる。
「!!」
ハッとして、アイリスから離れる。
魔王城の外に気を巡らせた。
「ど、どうしたの?」
「ここから動くな。何かあったら、マキアを頼れ」
「えっ?」
外を見ると暗雲が立ち込めていた。
窓に張り付く。嫌な雰囲気が漂っているな。
キン
ふと、異質なものを感じ取った。
張りつめた空気が漂っている。
気配を消しているが、人間だな。
どこだ?
城の周りには結界が張られているはずだが・・・まさか破られたのか?
「魔王ヴィル様?」
「お前はマキアたちのところにいろ」
「あっ・・・・・」
気配のするほうへ駆け出す。
― 魔王の剣―
空中に現れた剣を握り締める。
エヴァンか? いや、奴は王国騎士団長という地位を穏便に守りたい奴だ。
ここへ直接来ることは考えにくい。
ドドドドドーン
「!」
魔王城の天井の一部が崩落するような音が響いた。
地上の結界は破られていない。
空から来たということか。
「っ・・・・・」
魔王の間に着くと、砂埃に三人の人影が浮かび上がっていた。




