58 読書の前
神は心の清らかで、素直な者でさえ命を奪う。
甘い考えは早々に捨てなければいけなかった。
俺が魔族であり、魔族の王である限り、人間に匹敵するほどの残酷さが無ければ、守り切れない。
『ふぅ、お前ら魔王城に戻るのだろう?』
一通り喜び暴れた後、正気に戻ったトウキョウが戻ってきた。
「あぁ・・・・」
「目が疲れて・・・目が回る・・・」
「ずっと、トウキョウの動きを目で追ってたからだろう」
「視覚からの処理能力が・・・」
「ったく・・・」
ふらついたアイリスを支える。
ダンジョンの精霊ってテンションが上がると、どうも面倒だ。
『せっかくだから、お気に入りの部屋を・・・』
「いや・・・・」
ぞわっとして、後ずさりする。
『と言いたいところだがな、あの2階の部屋程自慢の部屋が無いのだ』
「・・・・・よかった、早く戻してくれ」
『ハハハ、わかってるわ。本当にありがとうな。他のダンジョンの精霊にもお前たちのことを宣伝しておくわ』
「よろしく・・・・」
ほっと息をついていると、アイリスがくすくす笑っていた。
マントを羽織って、トウキョウの前に立つ。
魔王城に着くと、夜もだいぶ更けていた。
魔族まで寝静まる時間帯だ。
アイリスが、双竜に乗っているときからうつらうつらしていた。
ランプに明かりを灯す。
「魔王ヴィル様、魔王の間に寄らなくてよかったの?」
アイリスが窓の外を眺めながら聞いてくる。
「今日は何の信号もなかった。特に問題もないんだろう」
「そっか」
棚でププウルから借りた中から、適当に本を探していた。
「えっと・・・」
「お前の能力の話ならもういい。よくわからないしな」
一つ本を選んで、ソファーに腰を掛ける。
「上位魔族には言わない。そのオーバーライド(上書き)という能力を説明すれば、お前を拷問して発動条件を聞き出すことを求める可能性もあるからな」
「・・・・・・・・」
「まぁ、俺はお前の能力無しでも魔族を統べる。人間はアイリスを執拗に狙ってくるだろうが、魔族には適当に説明しておこう。あまり気にするな」
「・・・・・・・」
アイリスがずっと黙っていた。
想像したことが現実になる能力か。
人は誰しも、良いことと悪いことを考える。
希望と絶望を暴走させる能力といったほうがわかりやすいな。
俺の攻撃の利かないエヴァンが、恐れるくらいだ。
決して、発動させてはいけないんだろう。
「えっと、そうじゃなくて・・・・」
「なんだ? 何か不満か?」
「違うの、替えの下着が無いの」
「はぁ!?」
アイリスがパタパタして、前着ていた自分の服を叩いていた。
「ブラも、ショーツも無いの。知らない?」
「知らないって、どこにも動かしてないし、その辺に落ちてるだろう」
「ここにあったのに・・・どうしよう。捨てちゃったのかな。人間、特にブラは女の子のデフォ」
「・・・・・・・」
こっちは深刻なことを考えているというのに。
本当に、気が抜けるほど能天気だよな。
「どうでもいいだろう。履かなくて、別にここまで支障なかったし。イベルゼなんて、ほぼ布だろ」
「男の魔族と一緒にしないで」
うろうろしながら、部屋中を探し回っていた。
「下着はレディーのたしなみ。って情報がある」
「じゃあ、マキアかセラから借りればいい」
「・・・・うん・・・」
「まぁ、胸のサイズは大分違いそうだけどな」
アイリスが顔をしかめる。
「そんなことない。魔王ヴィル様がわかってないだけ。私だって徐々に、大きくなってる」
「あ、そ・・・・・」
「成長曲線も割り出せる」
「そんなもん、出してどうするんだよ」
何も変わっていないように見えるんだが・・・。
トントン
「魔王ヴィル様、お休み中でしょうか?」
サリーの声がした。
「・・・・・」
アイリスが慌てて部屋の端のほうのソファーに座っていた。
窓の外を眺めて、ぎこちなく鼻歌を歌っている。
「入っていいぞ」
「失礼します」
ミゲルを連れたサリーが入ってきた。
水色の魔族の服を着ていて、縛られた両腕には打撲の痕があった。
「夜分遅くにすみません。魔王ヴィル様が帰ってきたのを見まして」
「あぁ、さっき戻ったばかりだ」
本を置いて、部屋を明るくする。
「何の用だ?」
「ミゲルの首からこんなものを見つけました・・・」
爪の先くらいの水晶を見せてくる。
溶けた金属が付着した、魔力の帯びているものだった。
「?」
追跡用、もしくはう当人に呪いを発動させるものだな。
相変わらず、人間のやることは汚い。
「意図的に埋め込まれたものみたいだな。硬い」
力では潰せなかった。
― 物付与効果強制排除―
パン
弾けて粉々になった。
「こ・・・これはいったい・・・・」
「お前の行動は読まれていたみたいだな。誰が埋め込んだか知らないが、SS級以上の錬金術師か魔導具士あたりが作ったものだろう」
「え・・・そんなつもりじゃ、ただ魔族になりたくて・・・」
ミゲルが必死になって訴えていた。
「いつ埋め込まれたか、記憶にあるか?」
「い、い、いえ、ございません・・・」
ミゲルがガクガク震えていた。
「・・・サリー、あまり厳しくするなよ。人間の子供は脆いんだからな」
「はい。愛情込めて教えているはずなのですが、すぐに倒れてしまうんです。でも、魔王ヴィル様が私には母性があると言ってくださったので、精一杯お役に立てるよう教育するつもりなのでご安心を」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
ミゲルに対して、無言の圧力があった後、サリーがにこっと微笑んだ。
ミゲルは口を開いたまま固まっていた。
だろうな。想像つくが。
「魔王ヴィル様、その子は? アリエル王国の子?」
アイリスが立ち上がった。
「あっ、アイリス王女様、ここにいらっしゃった・・・」
「近づくな」
前に出て、手をかざした。
「・・・・・・・」
ぴたりと硬直する。
「す・・・すみません」
ミゲルが慌てて下がっていく。
「サリー、すぐにミゲルを連れていけ。期待してるぞ」
「ありがとうございます。是非、お役に立てるように教育しますのでお任せください」
「・・・・・・」
ミゲルが深々と頭を下げていた。
「失礼します」
弾んだような声で言うと、ミゲルを強引に引っ張ってドアを閉めた。
「あの子は?」
「魔族になりたいと言って、ここへ来た人間だ。王国の上層部が税金を上げていて、城下町は財政がひっ迫しているらしい」
「えっ・・・王国が? 私がいたときはそんなこと」
「お前がいなくなった後だ。戦力を持たせるために、戦闘力が無い者から金を巻き上げている。あの子供は一人で魔王城に来ようとしていた」
「そんな、あんな小さい子供が?」
アイリスが動揺していた。
「子供は外で遊ぶもの。なのに・・・」
「ちょうど人間のスパイが欲しかったから、とりあえず、生かしている」
「そっか・・・・・・・」
「まぁ、王国の状況なんてわからないけどな。何かが変わってきていることは確かだ。魔王復活・・・だけではないだろう」
アイリスがここにいることは国にとってかなりの痛手なんだろうな。
「どうしてわかるの?」
「勘だよ。それ以上は聞くな」
「・・・・・・わかった・・・」
こくんと頷いた。
ソファーに座って、本を開く。
エヴァンは魔力だけではなく、戦略的、政治的な知識も備わっていた。
異世界でも多くの本を読んできたんだろうな。
「ん?」
アイリスが近づいてきた。
「魔王ヴィル様・・・・ちょっといい?」
「城の状況を見たいとか言うわけじゃないだろうな? お前が行ったら、連れ戻されるだけだからな。それでもいいなら、行って構わないが」
「ううん」
急に抱きついてきた。
ぼふっ
「!?」
「えっと、深い意味は無い。魔王ヴィル様、そのまま動かないで」
「・・・・・・・・・」
本を片手に持ったまま硬直していた。
何があったんだ? 急に・・・。
「ふぅ・・・落ち着いた。ありがとう。処理の波、正常値」
「は・・・・?」
自分の寝ていたソファーに戻っていく。
「おやすみなさい、魔王ヴィル様」
毛皮の毛布をかぶってすぐに寝息を立てていた。
「・・・・なんだよ。マジで」
片手で本を持って、ページを捲り直す。どこまで読んでいたか忘れてしまった。
相変わらず、よくわからない奴だ。




