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56 城での過去

 アイリスは瀕死の状態であっても、オーバーライド(上書き)を発動しなかった。


 何が発動条件になるのだろう。

 発動条件に、こいつの意思は含まれるのだろうか。


「きゃっ、ネズミが来ちゃう!」

「よく見ろ。あっちにいっただろうが」

 追い払ったネズミが壁の穴に入っていくのが見えた。


『お前ら深刻なんだか、何なんだかよくわからないな』


「俺も、常々思ってるよ」

「まぁまぁ、ダンジョンは楽しいから」

 アイリスはいつものアイリスのままだった。

 ダンジョンの精霊について、部屋に入っていく。


『ハハハハ、他のダンジョンの精霊からも面白い2人だと聞いている。まさか、ここまでとはな』

「面白いねぇ・・・」

「あの、精霊様のお名前は?」


『おぉ、そうだった。我の名前はトウキョウだ』

 白い体をぽよんぽよんさせながら歩いていた。


『お前らが人間からダンジョンを取り戻してると聞いてからな、ここにも来ると思って念入りにトロッコを掃除しておいたのだ。どうだ? 快適だっただろう?』

「まぁ・・・・」

 どこのダンジョンの精霊も相変わらず暇だな。


「ここはトロッコで移動するダンジョンなんですか?」

『いや、本当は、あの行き止まりの壁の先には道があるんだ。もともと開いていたが、ここは王国から近いこともあって人間の観光地になってしまったんだ』

「へぇ・・・ダンジョンが観光地ねぇ・・・」

「嫌だったのですか?」


『そりゃ、ギルドの連中がごみを捨てて持ち帰らなかったり、酔って荒したり、好き放題やられたら嫌に決まってる。魔族が住処にしていたほうがずっと平和だったわ』

 不機嫌になりながら話していた。


『あくまで中立だけどな。お前らが異世界の宝を持ってきたら、あの壁は元通り外してやるから安心しろ』

 トウキョウが扉を開くと、中は広々としていて一面ガラス張りになっていた。


 太陽のような光が差している。

 ところどころに花が咲いていて、水の流れる音がした。


「わぁ、綺麗・・・・」

「これ、全部ガラスなのか?」

『あぁ、この祭壇のある部屋だけはお気に入りでな。かなり時間をかけて作り上げたのだ』

「なんだか居心地がいいね」

 床までガラスになっていた。

 つるつるしていて、異世界にあった建物に似ている気がする。


「この階段の上はどうなっているのかな?」

 アイリスが背伸びして、トウキョウの後ろを見つめていた。


『あぁ、そこは清流を引いてて、地上の花壇を再現しているのだ。清流の水は飲んでもいいし、水浴びにも最適だぞ。木も花々も育つし、むしろ地上よりも良い、自信作だ。是非、見て行ってくれ』

 ダンジョンの精霊の中で自慢の部屋を紹介するの、流行ってんのかな。


「アイリス、あまり長居するなよ」

「うん」

 アイリスが階段を上った先の部屋に入っていった。



 ダンジョンの精霊がふよふよと近づいてくる。

『地上では魔族と人間が派手に戦ってるんだろう?』

「異世界から来たチビの策略でな。ダンジョンの中が、今一番平和だよ」


 ガラスの階段に寄り掛かる。


『異世界から来たチビ?』

「あぁ、10歳くらいで王国騎士団長になっている子供だ。エヴァンという。時空の歪とかで来た奴がいるんだ。何か知ってるか?」


『まぁ・・・シナガワほどじゃないけどな。知識はあるぞ』


「直接話したが、時間を止める能力を持っていた。あいつは、フルステータスで異世界転移を果たしたらしい。一人だけ異次元だ」

『ほぉ。なるほど、それは興味深いな』

 トウキョウが体をぽよんとさせながら転がった。


「強大な魔力を持っていたけど、俺を殺そうとはしなかった。自分の名誉のために俺たち魔族に暴れまわってほしいらしい。ずっと、持ちつ持たれつの関係でいたいんだと。ずるがしこい奴だ」


『お、その子供の言ってた通りになるのは難しいぞ?』

「どうしてわかるんだ?」


『世界は均衡を保とうとするからだ。異次元の者が現れるのには理由があるといわれている。この世界は動き出したんだな。その子の思い通りにはならんよ』

「ん・・・・?」

 トウキョウが小さな目をぱちぱちさせながら話した。 


「それってどうゆう・・・」


 ドサッ 


 アイリスのいる方角から何か鈍い音がした。


「・・・なんかどんくさく落ちる音したな・・・」

『今ちょうど新しい土を入れようとしていた場所に落ちたかな? まだ作り始めたばかりで、そんな深くはない。心配するな』


「・・・・連れ戻したら、すぐに異世界に行く」

『おぉ、楽しみにしてるぞ。まぁ、慌てる必要はない、我にとっては時間がかかっても宝を持ってくるほうが重要だからな』

 ため息をついて階段を上っていく。




 大きな部屋・・・というより、地上の庭のようだった。

 真ん中に大きな岩があって、上から勢いよく水が流れている。

 天井も高く、地下にいる感覚がしなかった。


 部屋の端の穴の中から、アイリスの声が聞こえた。


「魔王ヴィル様ー」

 アイリスの声が聞こえてきた。

 どうしてただ庭を見るだけなのに、こんなにいろんなものに、引っかかるんだよ。 


「魔王ヴィル様ー、ごめんなさい。上がれないの」

「どうして、そうなったんだ?」

 穴を覗くと、アイリスが中にいた。

 すっぽり埋まるくらいだ。


「周りの景色に見とれちゃった。私、物理的動作は慣れてなくて・・・」

「何回も聞いたって・・・とりあえず、手を伸ばせ」

 アイリスが手を出すと、思いっきり引き上げた。


「あ・・・ありがとう」

「早く、行くぞ」

「魔王ヴィル様・・・あの・・・・」

「ん?」

「汚れちゃったから、手を洗っていっていい?」

 部屋の真ん中を指す。

 大き目な岩から、澄んだ水が流れていた。


「・・・わかったよ。下で待ってるから」

「ここで待ってて」

「ん?」


「えっと・・・私、記憶が完全じゃないんだけど、魔王ヴィル様には、今覚えてること話しておきたい。エヴァンからいろいろ聞いたかなって」

「そうだな・・・」

 近くにあった石に腰を掛けて足を組む。

 アイリスが水の流れる岩の反対側に走っていった。


「私の能力・・・」

 アイリスが、水の音に消えるような声で話し始める。


「オーバーライド(上書き)について」

「・・・・・」


「禁忌魔法を初めて使ったのは6年前、庭で花を摘んでいたときだった。お手伝いさんが私のことを妾の子だとか話していて・・・ここに居場所がない、リセットしなきゃって思った。魔王ヴィル様もいなかったし、どうしてここにいるのかわからなくて・・・」

 言葉を選びながら話していた。 


「自分自身をいったん消去しようとしたら、オーバーライド(上書き)が発動してした。頭に描いたことがそのままになっちゃって・・・・私、自分が禁忌魔法を使えることを思い出した」


「描いたことがって?」

「全員、死んだ」

「死んだ?」


「そう、時間が数分前に巻き戻ってたと思う。地面から槍のようなものが出てきて、お手伝いさんが串刺しになったの。城の庭は血の海になった・・・。言った人も言わない人もみんな、合わせて20人くらいだったと思う・・・」


「!?」

 背筋が冷たくなった。

 いつものアイリスからは想像できなかった。


「そんな話、アリエル王国にいても聞いたことなかったが?」

「ずっと伏せられてきたことだから・・・城以外には漏れないよう、魔導士が細工してるはず」

 手に流れる水の音が響いている。


「アリエル王国の王は、禁忌魔法の存在を知っていて、私を王室に入れたの。私が、兵器と言われるのは当然。戦地には行かなかったけど、遠隔で言われるがままたくさん殺してきたから」


「・・・まさか、アリエル王国が急に力を持ったのは・・・」

「私が、他国の兵を壊滅させていたから」


「なるほどな・・・・」

 信じられないが、辻褄が合う。


 元々アリエル王国は小さな王国だったが、どんどん領土を広げていったのだと聞いていた。

 どこの国と揉めることも無く、大国になれたのは珍しいことらしい。


「人の命? というのを、私はまだ完全に理解していない・・・それに付随する感情も・・・だから、抵抗がなかった。今も、正直、不完全で」

 アイリスがぼうっとしながら手を拭いていた。


 戦場にいなかったにもかかわらず、死体を見ても、取り乱さなかったのはこのためか。


「・・・・アイリスは魔力が低いのに、そんな力があるんだ?」

「今は封印してる。そう・・・私、魔力を封じてるの。”名無し”の判断」


「”名無し”?」


「んー、助っ人みたいなものなの。あまり表に出てこないから気にしないで」

 アイリスが誤魔化すように言う。


 いまいち理解が追いつかないな。

 当然か。


「私、思い出さなきゃいけないことがある。どこかで、とても大切な記憶を、消去してしまった。本当は、誰が私に禁忌魔法を入れたのか、覚えていないの」

「そうか・・・」


 危険な力だ。

 エヴァンの能力ともまた違うのか。


「えっと・・・長くなっちゃったけど、人間の兵器として魔族のところに来ようとしたわけじゃないって言いたかった。魔王ヴィル様といたかっただけ。信じて・・・」


「・・・まぁ、そこまで言うなら信じるよ。そもそも、アイリスがスパイみたいな真似できるわけないしな」


「本当? 信じてくれるの?」

「あぁ。嘘ついているようには見えないしな」

 能力を使う気なら、魔王城に来た時点で使っていただろう。

 エヴァンがなぜ、自分のところで管理したいと言っていたのかは謎だけどな。

 

 アイリスの言うことが本当なら、エヴァンのところに置くことさえ危険に思えるが。


「よかったー」

 アイリスがころっと表情を変えて、駆け寄ってきた。

 手についた水をパッパッ弾いている。


「行くぞ。ダンジョンの精霊が待ってるからな」

「うん!」

 アイリスの胸元に、ラピスラズリのネックレスが輝いていた。

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