55 アイリスの秘密
『ギルバート、グレイ、戻れ』
双竜に向かって手をかざす。
首を下げたまま、光の中に消えていった。
「魔王ヴィル様、早くダンジョンに行きましょ」
「・・・あぁ・・・」
エヴァンの口ぶりだと、少なくともエヴァンは魔族がダンジョンを制圧することについて容認しているんだな。
恐怖を煽ってほしいようなことも話していたし。
奴の想定通りというのは癪に障るが、こっちにデメリットがあるわけではない。
ただ一つ、引っかかるのは・・・。
「どうしたの? 何か考え事?」
「・・・まぁな」
アイリスが木の根の間に触れると、すっとダンジョンの扉が開いた。
「いきなりっ」
「まぁ、いつものことだな」
ここのダンジョンも俺たちのことを知っているようだ。
話が早い。
「真っ暗だね」
「俺が先に行くから、後ろから付いてこい」
「うん」
ダンジョンの中は少し湿っていた。
光を灯すと、木の根が階段部分まで伸びているのがわかった。
他のダンジョンよりも古い感覚だな。苔の匂いがする。
「滑って転ぶなよ」
「大丈夫」
アイリスが木を避けながら、足に力を入れながらついてきた。
― アイリス様は禁忌魔法を使える ―
直感でわかる。
エヴァンは今の状況を楽しんでいたが、嘘はついていない。
オーディンが言っていた通り・・・。
「ボタンとかあっても絶対押すな。もうあんなことになるのは懲り懲りだからな」
「絶対押さない。魔王ヴィル様とはぐれるかもしれないし。でも、万が一はぐれても、私、意外と一人で何でもできるんだから」
「・・・ん? いきなり行き止まりか?」
「え?」
道は一直線に続いていて、10メートルくらい歩いたところで壁になっていた。
「でも、他に道はないよ。だって、ほら後ろを見ても」
「うーん・・・特に怪しげなドアもないしな」
壁から隙間風がきている。
この壁に仕掛けがありそうだな。
ドン
「うわっ」
「きゃっ」
突然、底が抜けた。木の箱のようなものに、しりもちを付く。
レバーが斜めになる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
トロッコだ。
薄暗い中で銀色に光るレールの上を走り出した。
「ななな、何も押してないって」
「わかったから、あまり動くな。飛び出るぞ」
ガタンガタンガタンガタン
荒々しく揺れながら進んでいく。
下を覗き込むと底が見えないほど真っ暗だった。
俺はともかく、アイリスが落ちたら、死ぬな。
「魔王ヴィル様、ね、ネズミが・・わっ」
アイリスが狭いトロッコの中で暴れている。
「なんだよ」
「私ネズミ嫌いなの。助けて、どうにかして」
「助けても何も、今の状況考えろって。どう見てもネズミより気にすることあるだろ」
「ネズミは障害になるから」
「この状況で、ネズミを気にすることのほうが障害だって」
トロッコの速度が加速していた。
「わわわわ・・・魔王ヴィル様! ネズミを抹消して!」
「トロッコの心配しろって。落ちたら死ぬんだぞ」
「ネズミに齧られても死ぬかもしれない。あわわわわわわ」
アイリスが動くたびにトロッコが左右に揺れる。
「死なないって。ちょっと避けろ」
「だって、ネズミがドンドン寄ってくるの」
「トロッコが下に降りてるんだから仕方ないだろ」
アイリスの体を避けて、前を見る。
レールが下のほうまで繋がっていた。途切れてる感じはないな。
ゴンッゴゴゴゴゴゴ
「このまま行くか」
トロッコが切り替え地点でがくんとなった。
「暴れるなって!」
「だって!」
ここまで必死なアイリスを初めて見るんだが・・・。
「頼むから、一旦おとなしくなってくれ」
「わっ・・・・・・」
ゴトンゴトン
最下層まで行くと、トロッコがゆっくりと停車した。
レバーが斜めになって固定されている。
上を向くと、ずっと遠くまでレールが繋がっていた。
随分、長いこと走ってたみたいだな。
「ここまで丁寧に連れてくるとは、随分丁寧な精霊だな」
「うん! あ・・・・」
アイリスが慌てて、トロッコから降りていた。
「やっと着いたね、魔王ヴィル様」
「はぁ・・・・・」
最下層だけど、ダンジョンの精霊が来ないということはちょうどいいな。
アイリスもここから、簡単に出ることはできないだろう。
「何かあった? ネズミならいなくなったこと確認したよ。途中で落ちたのかな?」
マントを後ろにやって、トロッコから飛び降りる。
アイリスのほうを向きなおした。
「・・・・アイリス、初めて会ったときを覚えてるか?」
「もちろん!」
「アイリスはどうして、俺に助けを求めたんだ?」
「どうしたの急に?」
トロッコの脇をネズミが走っていくのが見えた。
「答えろ。命令だ」
「んーっと、魔王ヴィル様に連れて行ってほしかったから。それ以外に・・・」
「お前は自分が兵器だと言われていたことは知っているのか?」
「!?」
はっとしたような顔をした。
「・・・私が、兵器・・・・?」
表情が明らかに、変わった。
目を伏せる。
「聞いたんだね・・・そっか、城に行ったとき・・・誰から?」
「エヴァンだ」
「そっか、王国騎士団長ね・・・もし、城の者で知っている人がいるなら、禁忌魔法オーバーライド(上書き)のことかな・・・私でさえ、全部を思い出せてないから」
アイリスが人魚の涙のピアスに触れながら言う。
「私ね・・・・ダンジョンに行くたびに、少しずつ過ることがあってね。昔のこと・・・幼少型・・・じゃなくて、子供の頃・・・」
「どうして黙ってた?」
問い詰めるように聞く。
「思い出せないことがある以上、触れたくなかった」
「どうして・・・・」
「ずっと、頭に霞がかかってるの。私には何か重要なことがあって、ここに居る。でも、ずっとわからない」
アイリスがこめかみを押さえる。
「自分で自分が危険なことだけはわかってる。でも、今はこうやって魔力も無いから・・・」
「お前は禁忌魔法を使えるのか?」
「・・・・・うん・・・たぶん」
俯いたまま、頷いた。
禁忌魔法はこの世界に存在してはいけない魔法として、書物にも残されていない。
マーリンが話していたのを聞いたことがある。
おとぎ話だと思っていたがな。
世の理を曲げる魔法であり、使った者は必ず代償を伴うと言っていたはずだ。
どこで、アイリスは・・・・。
― 魔王の剣―
「魔王ヴィル様・・・」
アイリスに剣の刃先を向ける。
「お前が魔族を滅ぼすために、来た兵器なのか?」
「そんなことない、絶対にない! 私は自分の意志で来たの! 兵器なんかじゃない!」
アイリスが必死に否定していた。
「お前の言っていることは信じたいが、魔族の命がかかっている。嘘をつくなら拷問するしかない」
「いいわ。嘘じゃないから」
目に焦りも揺らぎもなかった。
「・・・・知っているか? お前の能力を話そうとしたところ、呪いで死んだ兵士もいる」
「え・・・・・?」
「きっと、俺の知らないところでもいるのだろう」
「・・・・・・」
「エヴァンは魔族とうまくやっていきたいと言っていたが、お前だけは返してほしいと言っていた。危険だから、自分が管理すると」
「私・・・・」
信じられないといった表情を浮かべていた。
記憶がないのは本当のようだな。
「いつ、その能力を手に入れた?」
「・・・アリエル王国に来る前だった・・・と思う。ダンジョンと異世界を通るたびに頭をかすめるの。オーバーライド(上書き)のほかにも禁忌魔法は・・・・」
ゴウンゴウン
地面が波のようにうねった。
バランスを崩しそうになり、飛び上がる。
『我の前で物騒なことするんじゃない』
ぷよぷよした丸っこい精霊が地面を転がってきた。
近くまで来ると、両手両足をにょきっと生やす。
『話は他のダンジョンの精霊からも聞いてるけどな、痴話げんかなら外でやってくれ』
「どうして、そんな平和なものに見えるんだよ」
『我から見たら同じことだ』
低い声で話した。
魔王の剣を解いて、息をつく。
「アイリス、この話は後だ。戻ったら聞く」
「うん。わっ・・・」
急に身を屈めていた。
「アイリス、今はもうこの話はしないから。もたもたするなって」
「違うの、魔王ヴィル様。と、通れないの! ほら、そこ!」
「・・・・・・・・」
アイリスが目を逸らしながら指を向ける。
ネズミの尻尾がトロッコのタイヤに引っかかってバタバタしていた。
「あああああ、あっちにやって。お願い!」
「はぁ・・・・・」
肩を落とす。こんな奴が兵器だとはな。




