54 パフォーマンス
エヴァンが剣を引き抜き後ろに構えていた兵士たちに何かを指示していた。
オーディンを囲んでいた賢者たちも、エヴァンから何か言われて離れていくのが見える。
すぐ、戦闘態勢に入ってくると思ったんだけどな。
― 魔王の剣―
剣を出現させて、刃を大きくしていく。
下に降りようとしたとき、一気にエヴァンが飛び上がってきた。
バチンッ
刃がぶつかり、火花が散る。
「お前、飛べるのか?」
「当然だ」
激しく振り回す剣を受け止める。
地面まで響くほどの風圧がかかった。
右手で魔法を置こうとしたら、飛び掛かってきて止められる。
「ねぇ、魔法無でいこうよ。キリがないから」
「構わない」
強い。子供の力ではなかった。
バチンッ バチバチ・・・
剣がぶつかるたびに、激しい風が巻き起こる。
エヴァンが軽やかに飛びながら次の攻撃を繰り出してきた。
止められないほどじゃないけどな。
人間たちの声援がうるさいほど耳に入ってくる。
「今まで会ってきた人間の中ではできるほうだな」
「最強って言ってくれない?」
エヴァンが笑いながら、耐性を直した。
「フン・・・・・」
刃を纏う紫の炎を大きくする。
シュンッ
振りかぶって一直線に切ると、エヴァンのマントを掠めた。
「おっと」
「油断しすぎだ」
「へぇ、さすが、魔王だ。そうじゃなくちゃこっちとしても都合が悪い」
ザンッ
エヴァンが素早く剣を振り下ろす。
咄嗟に体を逸らして避けた。巻き起こった突風が、地上にある木々をなぎ倒していた。
「どうゆうことだ?」
「君が必要ってことだよっと」
斬りかかろうとすると、木の葉のように軽々とかわした。
エヴァンがマントを払いながら笑っている。
「何がおかしい?」
「俺は本気じゃないんだ。民衆へのパフォーマンスだ」
「は?」
「この辺でいいかな。待ってて」
パチン
剣を左手に持ち直して、指を鳴らした。
びりびりと、感じたことのない魔力が走った。
一瞬、動きを止められたような・・・。
「なんだ・・・・?」
地上の歓声が消えていた。
人間の動いている様子もなく、雲の動きさえ止まっている。
これは、本当にこいつが使った魔法・・・。
「時間を止めたんだ。魔王とちょっと話したくてね」
「!?」
「大丈夫、この魔法は魔王と俺以外の時間を調節しただけ。危害はない」
剣を構え直す。
「なんのつもりだ?」
「だから、話そうと思っただけだよ」
さっきから、力の半分も使っていないようだな。
「何を話すんだ? 王国騎士団長のガキと」
「まぁ、まぁ、ちょっと自分語りさせてよ。誰にもできないんだからさ」
「は・・・・・?」
エヴァンが目を細める。
「俺は君たちが察している通り、こっちの世界に転移したんだ。フルステータスでね」
「フルステータスって・・・」
「そうだ。死後クロノスに会って、魔力も武力もすべてカンストした状態で転移してきたんだ。異世界ライフを楽しむために。まぁ、クロノスからは色々言われてるから、ぶっちゃけそこまで自由じゃないけど」
剣のアリエル王国の紋章を見つめながら言う。
「転生前の世界に比べたら、楽しくて仕方ないよ」
「なかなか、面白い話だな」
腕を組んで、エヴァンから離れる。
「ダンジョンの精霊から聞いたが、1億分の1の確率でこっちの世界に飛ばされる人間がいるんだってな。命を落としたら、だ」
「そうそう。まさに俺のことだよ。ガチで異世界に通じてて、マジでビビったな」
「死因は?」
「言わないよ」
生意気に笑う。
「・・・・・・・・」
ダンジョンの精霊が言ってたことは、本当のようだ。
「異世界はクソでさ。無事死ねてハピーエンドだ」
暗い目で言う。
こいつは愛くるしい子供のような容姿をしていたが、中身は子供じゃない。
深く重い影を感じた。
「こっちでの生活は最高だ。衣食住すべて思い通り、俺は将来を期待されるし、国民からは戦いに出るたびに人気も知名度も上がるし。まぁ、強すぎて若干不気味がられてるけどね」
「よく、王国も、いきなり現れたガキに騎士団長なんかに任命したな」
「魔王の存在に焦ってたからさ。平和ボケしてたんだろうね」
マントを後ろにやって、地上を見つめる。
「みんな俺の言う通りにする。なんの努力もなしに魔法だって使えるしね。俺はこの悠々自適な異世界ライフを存分に満喫したいんだ」
無邪気に目を輝かせながら、指先に火を付けていた。
「オーディンは俺を怪しんでたんだ。桁違いに強すぎるって気づいてた。だから死んだことは悲しいけど、俺にとってプラスかな。民衆はますます俺を頼らなきゃいけなくなる」
「・・・・・・・・・・」
剣を持ったまま、靴の泥を払う。
ダンジョンの前にオーディンを一人でいさせたのは、俺が殺すことを見込んだことだったのか。
なかなか狂ってるな。
どちらが、魔族かわからないくらいに・・・。
「で? ただ、自慢するだけのために時間を止めたのか?」
「いや、君たち魔族にお願いがあってね」
エヴァンが剣を降ろして、にやりとする。
「このまま魔族として、暴れ続けてほしいんだ。こっちは適当に討伐するからさ」
「は・・・・・・・・?」
「見てよ、民衆たちが、みんな俺と君の戦いを見てる」
城下町のほうを見つめていた。
「魔族の力が強大であるほど、民衆は俺に助けを求めるんだ。この感覚、ぞくぞくして止められないんだよね。指示通りに動くし、失敗したとしても俺には実力があるから責められない」
両手を広げて、満面の笑みを浮かべていた。
「何が言いたい?」
「良好な関係を続けていこうよってことだよ。聞いた話だと、君だって魔王になりたてらしいじゃないか」
「・・・・・」
「新参者同士、良い転職ライフを築こうよ」
エヴァンが楽しそうにしていた。
「これからも頼むよね。戦いのときは手抜きせず、強いままでいてほしい。少なくとも、ギルドの連中には負けないでほしいんだ。王国の兵士を強くしていく、って命を受けててね」
「ププウルを・・・弱体化させたのはお前だろ?」
「はは、上位魔族がそこまで弱くなると思わなかったんだ。悪かったね」
剣の紋章を触りながら言う。
「魔族を甘く見るなよ。次は、返り討ちにしてやる」
「りょーかい。魔王が俺の力に怯んじゃったらどうしようかと思って心配してたんだ。あ、あとさ」
小さな火を空中において、エヴァンが近づいてくる。
「君たち魔族が連れ去ったアイリス様は返してほしい。彼女は俺が管理する」
真剣な表情で言う。
「どうゆう意味だ?」
「アイリス様は・・・いろいろあるんだ。別の場所では、兵器ともいわれている」
「!?」
「頭脳明晰、容量に限界なし。このまま普通の女の子として、いてくれればいいんだけどね・・・」
エヴァンが息をつく。
今わの際にオーディンが放った言葉が過ぎった。
アイリスはこの世に存在してはいけない魔法、禁忌魔法を使える、と。
「俺が管理してた方が安全なんだ。アイリス様とは昔からの知り合いっていうか、まぁ、アイリス様は覚えてないだろうけど」
「・・・・・・・・」
咄嗟に言葉が出てこなかった。
「オーディンから何か聞いただろ。禁忌魔法のことを知っている城の者は呪いをかけられる。国の最高機密情報なんだけど、オーディンは勇者だったから信頼されてて知ってるんだ」
「・・・・兵器とはどうゆうことだ? 人間がわざと、魔族にアイリスを送り込んだのか?」
「まさか、そんなことする人間がいたら俺が殺すね」
エヴァンが体を起こす。
「アイリス様は・・・・禁忌魔法の一つ、オーバーライド(上書き)を使える」
「オーバーライド(上書き)?」
「あれが発動すれば・・・・何もかも危険にさらされる。魔王も、俺も対象になるだろう」
「・・・・!?」
深刻な表情で、時間の止まった王国を見つめていた。
「オーバーライド(上書き)・・・・? そんな話、誰に聞いた?」
「っと、腹を割って話せる人が少なくてね。話しすぎたみたいだ」
はっとして、離れていく。
「そろそろ時間を解かなきゃ、クロノスに怒られる。とにかく、今日は重要な話をできたし、もう帰っていいよ。これからも、お互い持ちつ持たれつ、いい関係を築いていこうね」
エヴァンが人差し指を立てて魔力を溜める。
「俺は個人的に、魔王ヴィルが嫌いじゃないよ」
「おい、話はまだ・・・・」
「そのうち、また、アイリス様を取り返しに行くから。よろしく」
エヴァンが指をパチンと鳴らした。
「!!」
全身に圧がかかった。
ダンジョンの精霊に入り口に飛ばされたときのような感覚だ。
シュンッ
「っ・・・・・」
草むらにしりもちを付いた。
瞬間移動?
「魔王ヴィル様っ」
アイリスと双竜が駆け寄ってきた。
「・・・・・・!」
自分の手を見て、流れている魔力を確認する。何も調子の悪いところはなかった。
一瞬で、ここまで飛ばされるとはな。
あんな瞬発的な魔力なんて規格外だろ・・・。
「よかったー。遅いから心配してたの」
花のような笑みを浮かべていた。
クォーン クォーン
「・・・毒、体に異常はないのか?」
「うん。もう全然平気。でも、さっきはびっくりしちゃった。私の体、急に動かなくなっちゃうから」
アイリスが立ち上がって、ギルバートの顎を撫でていた。
アイリスの危険性、か。
ふと、白い花に付いたオーディンの血が目に入る。
リュウグウノハナはかわらず美しかった。
面倒なことを残して死んでいったな。あいつも・・・。




