53 どちらが本当の?
「アイリス、どけろ」
「え?」
― 闇夜の牢獄―
オーディンの死体を牢屋の中に入れて浮かせる。
「移動する。お前はここで・・・」
「・・・魔王ヴィル様・・・どうし・・・て?」
「ん?」
「あっ・・・・・」
バタン
時間差で毒が回ったのか、アイリスがその場に倒れていた。
伸ばそうとした手を、地面にぺたりと落とす。
「体が・・・動かな・・・・力が入らない・・・」
毒薔薇の蔦の力は弱めていたが・・・・ここまでなるとは。
アイリスは聖属性だからか。
本当に殺してしまうところだった。
アイリスが横になったまま、浅く呼吸をしている。
ギルバートとグレイがおどおどしていた。
サァァァァ
指を動かして、オーディンの死体をリュウグウノハナの上に置く。
― 肉体回復―
アイリスの首に、うっすらと回復の光を当てる。
「彼は・・・魔王・・・ヴィ・・ル様・・・のお父様・・じゃないの・・・?」
「俺は魔王だ。関係ない」
アイリスの目は虚ろだった。
「ど・・急に・・・体が・・・全然・・・」
「アイリス、自分で回復できるか?」
「あっ・・・く・・る・・・・・・息が・・・」
鎖骨が紫色に変色していた。
オーディンが話していたことが確かであれば・・・。
ォーン・・・ォー・・・
ギルバートがアイリスの髪をかじっていた。
「自分でどうにかしてみろ!」
「う・・・・・ぃ・」
「死ぬぞ」
もう一度回復魔法を唱えようとして、声が出ていなかった。
「停止・・・・する・・・私・・・あと・・・」
できないか。
極限までくれば、アイリスは何かを起こすのではないかと思っていたが。
別のトリガーがあるのか?
「視・・・・・・・・・・・・」
オォーン
グレイが目で必死に訴えかけてきた。
呼吸は浅く、目は虚ろで、どこか遠くを見ていた。
もう、限界だな。
「悪かった。そのままでいろよ」
「・・・・・・」
アイリスの服を脱がせる。
体の3分の1が紫色に変色していた。
「じっとしてろ」
マントを後ろにやって、アイリスの身体に手をかざす。
リュウグウノハナの花びらが吹き上げた。
― 解毒―
ポワン
シャボン玉のように毒が浮き上がる。
しばらくすると、アイリスの呼吸が正常に戻っていった。
「・・・これで問題ない。しばらくすれば、脈も正常に戻る。お前はグレイとギルバートと安全なところに隠れてろ」
「・・・・うん・・・・ら・・・楽になった。正常値・・・維持・・・」
胸で大きく呼吸していた。
体の色が元に戻っていった。
あとは、自分で治癒できる程度の毒しか残ってないだろう。
「じゃあ、俺は行く」
立ち上がろうとすると、アイリスが手を引っ張ってきた。
「待って」
「なんだよ」
「優しい魔王ヴィル様と、怖い魔王ヴィル様・・・どちらが、本当の魔王ヴィル様なの?」
絞るような声を出して聞いてきた。
「離せ・・・・」
アイリスの手を振りほどく。
「どちらも俺だ」
― 魔王の剣―
空中に線を引いて、剣を持つ。
キィンッ
動こうとしたアイリスの左胸に剣を突き付けた。
「!?」
「例えば俺がいつお前を殺すかもわからない魔王だとしたらどうする?」
「え・・・?」
「俺は目的のためなら手段を択ばない。お前が思っているような、魔族の王ではないだろう。俺の父親を名乗る男でさえも殺すような奴だ」
「・・・・・・・」
「答えろ」
刃先に魔力を流す。
「お前はどちらに付く、人間と魔族、どちらを選ぶ?」
「そんなの最初から決まってる」
アイリスが真っすぐにこちらを見つめた。
「何があっても、魔王ヴィル様といられるほうを選ぶよ」
「なぜだ? 理由を言え」
「私ね、魔王ヴィル様が怖くてもいい」
「?」
軽く微笑んでいた。
剣を突き付けられているのに、逃げるそぶりもなかった。
「魔王ヴィル様といて、経験するもの、ひとつひとつが私になっていく。そのためなら私のすべてを懸けられる」
「・・・理解できないな、どうしてお前は・・・」
「魔王ヴィル様が私のことがわからないように、私のことも魔王ヴィル様はわからない。私は魔王ヴィル様になれないから。でも・・・」
アイリスが目を細めた。
「私にとって魔王ヴィル様といることは・・・尊いっていうのかな? 憧れ? 夢だったから」
「夢?」
「そう、夢っていうのが一番近いんだと思う」
「・・・・・・・・」
どうしてこいつは、こんなに俺に執着するのか。
「・・・わかったよ」
魔王の剣を解いて、双竜のほうを向いた。
「ギルバート、グレイ、アイリスを頼んだ」
「魔王ヴィル様!」
「俺は行かなければいけないところがある」
クォーン クォーン
闇夜の牢獄を展開する。
地面から離れ、背中で双竜の返事を聞いていた。
「オーディン、利用させてもらうぞ」
闇夜の牢獄を浮かせながら、アリエル王国のほうへ飛んでいく。
オーディンの血は固まり、死後硬直が始まってるようだな。
「あっ・・・」
街並みの上空に入ると、俺の姿が見えた人間が指さすような仕草をしていた。
威勢のいい人間がこちらに向かって声を上げる。
「見ろ、魔王だ。漆黒のマントを羽織っている青年だ」
「あれが、魔王ヴィル」
「な、何か、何かあるぞ! なんだ? あの黒いものは・・・」
「気にするな! 魔法が使える者は出てこい。撃ち落とせ」
矢や魔法弾が飛んできた。
力のない、空気のような魔法だった。雷雲のほうがまだ力があるな。
全てかわしていく。
「!!!」
ぎろりとにらみつけると、止めるように指示が入ったようだ。
何も魔法を使っていないのに、やたらとギルドの連中がシールドの魔法をかけていた。
中には、逃げ出して家に閉じこもる大人もいたけどな。
アリエル王国の前には、500人程度の兵士たちが待っていた。
やけに騒がしく、バフなどをかけているようだ。
「あれが、魔王ヴィルだ」
「来るぞ」
遠くから声が聞こえる。
震えるような気持を押さえているのが伝わってきた。
よほど、俺が恐ろしいのだろうな。
面白い。
一番戦闘要員の多い奴らの真ん中で、闇夜の牢獄を解く。
ゴトンッ
オーディンの死体が、勢いよく落下し、人形のように転がっていた。
骨もないような動きだった。
きゃあああああああ
状況に気づいた女性兵士が、断末魔のような悲鳴を上げる。
戦場ではめったに聞かない声だな。王国に守られた新人兵士といったところか。
「勇者様、勇者様」
「勇者オーディン様が、どうしてこんなことに・・・・」
賢者たちが近寄って、オーディンの体を揺さぶっていた。
「ま・・・まさか・・・信じられない。あの英雄の?」
「勇者オーディン」
兵から混乱とどよめきが広まっていく。
見下ろしていると、人間の浅はかさが手に取るように伝わってきた。
一気に人から人へ恐怖が伝染していき、パニックになっているようだ。
― 魔界の盾―
目の前に黒い反射板のようなものを出現させる。
属性関係なく、人間の放つすべての攻撃を吸い込む盾だった。
「魔法を撃て。攻撃できるものは早く」
「魔王を捉えろ。勇者オーディン様の死を無駄にするな」
「オーディン様、私たちが必ず蘇らせます」
「貴方はまだ死んではならない方」
「どうか、民衆のために・・・」
賢者たちが集まってオーディンに復活の呪文を唱えていた。
こいつの魂がここにないことにも気づかないか。
勇者と言われていたが、ここまでなると都合のいいように使われてきたのだろうな。
『ファイアーストーム』
『ウィンド トルネード』
魔導士たちが、こちらに向かって叫ぶ。
魔法は俺に届く前に、消えていく。
滑稽だな。
俺のことを落ちこぼれと馬鹿にしていた奴らなのに。
「・・・・・・・・」
陣形も何もない。
取り乱して撃ってくる魔法をすべて吸収していた。
ミゲルの言う通り、税金を巻き上げて、一流の装備を身に纏った王国の兵士たちがこんなものとは・・・。
民衆に見せる、体裁だけの魔法しか撃っていないのか?
威力は無いのに、派手なものばかりだ。
つまらない。
帰ろうとしたとき、ふっと人間の動きが止まったのがわかった。
腕を組んで、様子を見下ろす。
密集していた人間たちが、こちらを見ずに二手に分かれていく。
小さい子供が、大人たちが作った一本の道を堂々と歩いていた。
兵士の中で広がっていたざわめきが、ぴたりと止む。
・・・・あれは・・・・王国騎士団長か。
「エヴァン・・・・・よくでてきたな」
エヴァンが、白いマントをなびかせながら、オーディンの死体の前に立っていた。




