479 いってらっしゃい
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。リュウジによって、アバターを失い、異世界へと帰っていった。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
エリアス・・・リーム大陸のダンジョンの精霊であり、ゼロのアバターを創った。人工知能に恨みを持っている。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
「時空の神、カイロス・・・初めて聞いたな」
「それって確かなの? 俺たち、ジェラス王とレムリナ姫のことしか知らないんだけど」
「確かだよ。俺は彼に会ってイベントスキップをしたことがある。ヴィルの言う通り、時空の神で間違いない。力は本物だ」
ゼロが言う。
セイレーン号にいたトムディロスとガラディア王子に時空の神カイロスの話をしていた。
「じゃあ・・・初期化・・・って・・・」
「話はそれだけだ。魔王城を出て、自国に戻るのもいいし、ここに居ても構わない。好きにしてくれ」
「俺は残るよ! メイリアたんと会ったこと、忘れたくないし・・・・」
トムディロスがガラディア王子のほうを見る。
「でも、兄さんは・・・」
「俺は”オーバーザワールド”に入る。シェリアのこともあるが・・・やはりポセイドン王国の民と共に初期化されるほうがいいだろう」
ガラディア王子が長い瞬きをする。
「民と・・・か。王家の者なら・・・俺もやっぱり・・・」
「トム、お前は気にしなくていい。この世界と繋がって成長できたんだろう? 俺はお前が強くなったことを忘れるが、成長した姿で会いに来てくれ。きっと驚くだろうな」
「痛いって、兄さん」
「はははは、トムだって気づかなかったらごめんな」
ガラディア王子が笑いながらトムディロスの頭をくしゃっと撫でた。
メイリアが目を細めて笑っていた。
「ガラディア王子は俺の眷属、双龍のギルバートとグレイが国まで送ってやる。詳細はマキアに話してるから聞いてくれ」
「あぁ、ありがとう」
「ヴィル、もうすぐ出発の時間になるよ」
ゼロが肩を叩く。
「セイレーンには俺から状況と戦略を話しておくから、魔王城に行ってていいよ。アイリスが気になるんだろ?」
「・・・そうだな。頼む」
すぐにドアを開けた。
「わっと、あれ? 魔王ヴィル様?」
「ん?」
フィオとぶつかりそうになって、立ち止まる。
イオリがメガネをくいっと上げた。
『いかがされましたか? 急ぎの要件ですか?』
セイレーンがフィオの肩に座りながら言う。
「あー、イオリ、フィオ、俺が説明するよ。セイレーンも」
ゼロが、俺が何か言う前に、声をかけていた。
3人の声を背中越しに聞きながら、地面を蹴って飛んでいく。
カチャッ
医務室のドアを開けると、アイリスがレナが展開した魔法陣の傍で眠っていた。
人魚の涙のピアスが光を反射している。
レナがこちらを向いた。
「ヴィル」
「アイリスはどうだ?」
「俺のほうは全然駄目だよ。持ってる別ゲームの治療薬も合わない。だからと言って、ウイルス感染でもない。原因がわからないんだ」
テラがソファーの背にもたれて、手を上げていた。
周囲にモニターを3つ表示している。
「エラーじゃないね」
『私も確認してたけど、アイリスが仮死状態になったのは科学的な要因じゃないと思うよ』
003がモニターの中から話していた。
『テラの言う通り、仮死状態になっている以外、全て正常値なんだもん』
「レナは回復用の2つの魔法陣を展開してます」
レナが魔法陣を指さす。
「左の魔法陣は体温維持、右は呼吸の維持を促すものです。これだけは効くようです。アイリスはレナの治癒魔法が素直に効かないんです」
「人間じゃないから・・・か?」
「・・・断言はできません。今はアイリスの中で、何か葛藤があって眠ってるのかもしれませんね」
レナがアイリスの頬を撫でる。
「レナはアイリスの考えていることは読めないのですが、なんとなくそう感じます。起きるきっかけがあれば、きっと目を覚ましますよ」
「葛藤・・・・か」
リョクが眠り続けて天使になったときも、同じような状況だった。
目を覚ましたのも、突然だったな。
「アイリス、ヴィルがラグナロクに向かいますよ」
レナが小さく声をかける。
眠ったまま動かない。レナの魔法陣がゆっくりと回転していた。
「アイリス」
アイリスの手を握り締める。
「俺は必ず戻ってくる。約束だ。早く片付けてなるべく戻るから、絶対に死ぬなよ。アイリス・・・」
ぐっと手に力を入れた。
アイリスの手は温かかったが、ぴくりとも動かなかった。
「テラはアイリスに何かあったら、ゼロに連絡してくれ」
「任せろ。導きの聖女アイリスに出会えなかったら、俺はこの世界と関わらないまま死んでたんだ。命の恩人だ」
テラが重みを含んで言う。
「この魔法陣がある限りは安全です。レナは・・・」
「レナも残ってくれ」
立ち上がろうとしたレナを止める。
「え? でも、レナはラグナロク経験者です。それにエルフ族の巫女は・・・」
「ラグナロクが始まれば、エインヘリャル(戦死した勇者)を呼ぶ。ゼラフにも会うことになるんだ」
「・・・・・・・」
「死者をずっと呼び寄せることはできない。レナの寿命は人間と同じじゃない、また辛い思いをするんだろ?」
レナが俯いたまま指をいじる。
「ここに残って、アイリスを頼む」
「アイリス・・・ううん、お姉ちゃんのことは私に任せて」
端のほうに座っていたリリスが近づいてくる。
指を動かした。
「レナのやっていた魔法陣はコピーしてる。この魔法が途切れたら、同じ魔法陣を展開すればいいんだよね?」
ぼうっ
リリスがアイリスに展開していた魔法陣と同じものを空中に浮かべた。
「すごいな・・・」
テラが目を丸くした。
「この短時間で覚えたのか?」
「うん」
「レナの出したものと同じです・・・魔力も、効果も・・・」
「私だって、お姉ちゃんと近いスペックを持ってる。お姉ちゃんのことは私に任せて・・・それに、私、お姉ちゃんと違う自分になりたくて、回復魔法を勉強してきたの」
リリスがアイリスを見つめながら言う。
「私にお姉ちゃんを守らせて・・・それに、私、まだアイリスの前で’お姉ちゃん’って呼んだことないの。目が覚めたら、そう呼ぶって決めてる」
「ヴィル、レナなら大丈夫です。ゼラフと会っても、昔のように共闘するだけですよ。レナはエルフ族の巫女として、ラグナロクに立ち会わなきゃいけないのです」
「・・・そうか。じゃあ、リリス、アイリスのことを頼むよ」
「うん」
リリスが大きく頷いて、アイリスの傍に座った。
小さく息を吐いて、ドアに手をかける。
― いってらっしゃい。魔王ヴィル様 ―
「!?」
アイリスの声が聞こえたような気がして振り返った。
「ん? ヴィル、どうしましたか?」
「・・・いや、行くぞ」
「はい」
気のせいか。
レナが首をかしげて、後ろからついてきた。
外に出る。
黒い雲が立ち込めて、空気が明らかに変わっていた。
大気が震え、植物も得体のしれない何かに怯えているように感じた。
「魔王ヴィル様!」
シエルが表情を明るくする。
魔王城の正面の扉の前に、上位魔族と部下たちが待っていた。
少し離れた場所に、サタニアが転移魔方陣を展開している。
七つの大罪とゼロ、メイリア、トムディロス、ナナココが装備を整えていた。
「昨日話した通りだ。カマエル、サリー、ザガン、シエルは俺と一緒に来てくれ。他のメンバーは魔王城と魔族を頼む」
「かしこまりました」
リカが胸に手を当てて頭を下げる。
「何があろうと、魔王城をお守りします」
「魔王ヴィル様、どうかお気をつけて」
「勝利を信じています」
ププウルがキリッとした表情で言う。
「魔王ヴィル様を心配することはない。このカマエルという武器があるのだから・・・」
「魔王ヴィル様の足を引っ張らないでよね!」
「何?」
「まぁまぁ・・・・」
いがみ合うカマエルとジャヒーをザガンが宥めていた。
大気の違いに、気づいているのか、気づいていないのか、上位魔族は相変わらずマイペースだ。
トン
「ふぅ・・・間に合った」
エヴァンが空から降りてきて、汗をぬぐう。
「用事は済んだのか?」
「まぁね。クロノスの許可も下りたし、自由に動けるよ」
体を伸ばしながら言う。
「んで、速報。アリエル王国に軍隊らしきものが集結してるって」
「え? さっき見たときは何もなかったんだけど・・・うわ、マジか」
「一瞬で現れたっぽいよ。クロノスが次元が違うってさ」
ゼロがモニターを出して地図を拡大して、口を押えた。
「エリアスか・・・強敵だよな」
「でも、勝つのは俺らだ」
エヴァンが語気を強める。
「サタニア、転移魔方陣はどうだ?」
「完璧よ。全員を一斉にアリエル王国の近くまで転移させられるわ」
サタニアが両手を広げて魔法陣を大きくする。
「メイリアたん、本当に行くの? 待っててもいいんじゃない?」
「勇者様のパーティーなので、行かないわけにはいきません」
「うぅ・・・怖いんだけど」
「トムは待っててもいいのに」
「メイリアたんが行くなら、俺も行く!」
トムディロスの膝が震えている。
「強欲のバラモスは?」
「あいつはそのうち来ると思うよ。いつも単独行動だから」
「来ないんじゃない?」
「それならそれで仕方ない」
オベロンがあくび交じりに言う。
「もう、バラモスも七つの大罪の一員なのよ。アスリア様の一大事にも来ないなんて・・・」
ミーナエリスがカリカリしていた。
「バラモスは元々そうゆう性格でしょ。気にしないわ。みんな魔法陣に乗ってる? じゃあ、転移させるからね」
「いってらっしゃいませ」
「ばいばーい」
ババドフが頭を下げると、横にいたダンジョンの精霊シズが手を振った。
足元が光り輝く。
サタニアが右足を踏むと同時に、転移魔法が発動した。
シュンッ
見送る魔族たちの声が聞こえなくなった。
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