459 うそつきなレナ
アイリスの過去退行から外れたヴィルはマーリンを名乗る者と行動し、”オーバーザワールド”の魔王、または『日蝕の王』を名乗り統率していた。
ヴィルは『日蝕の王』の拠点、アルテミス王国で『日蝕の王』を圧倒したが逃げられてしまった。
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ガラディア王子・・・ポセイドン王国第一王子。陸軍のトップ。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
「へぇ・・・エルフ族の巫女かぁ。いいなぁ。美しいなぁ。連れていっていい?」
「駄目に決まってるだろ?」
「くくく、わかってるよ。聞いてみただけ」
時空の魔女ライネスはレナの舞を見て、何度も羨ましいと話していた。
「”オーバーザワールド”はどこか人工的な美しさしかない。彼女は別だ。別格だ。時間を溶かすような者がいるとしたら、彼女のような者のことをいうんだろうなぁ・・・・」
同じようなことをぼそぼそ話して、レナの魔法が終わったらあっさりと時止めを解いた。
レナだけに、ほほ笑んで、すぐに消えてしまった。
「なんだかぎこちない笑顔で、褒められたのです」
「得体のしれない奴だったな」
「時空の魔女? ”オーバーザワールド”はまだまだ分からないことだらけです。ざわっとしました」
レナが妙に怯えていた。
エヴァンが首にぶら下げている懐中時計を確認していた。
「時間に異常ないみたいだ。俺の時止めと同じなのが癪に障るな」
エヴァンが文句を言う。
時間が正常に戻ると、地上での混乱は続いていた。
「な、何があったんだ?」
「隕石は収まったのか?」
「あれ! 見てみろ、氷の壁が!!」
「また、英雄たちに助けていただいたのか!?」
『違う違う。俺たちじゃない』
ゼラフが手を上げて首を振っていた。
『そうそう、俺らじゃないよー』
他の勇者たちも酔っぱらいながら手をひらひらさせている。
『魔王ヴィル一行じゃないかな?』
「どこだ? 彼らはどこにいる?」
民衆がざわついて周囲をきょろきょろ見渡していた。
ゼラフはこちらに気づいて話しているようだ。
ちらっと視線が合った。
「ほら、レナ行ってやれ。宴の続きだろ?」
「ヴィルは来ないのですか?」
「俺は読みかけの本がある」
「えー、じゃあ、エヴァン、行きましょう!」
「ん? いや、俺も疲れて・・・・」
「エヴァンは疲れていません! ね、行きましょう」
「勝手に決めつけるなって」
レナが強引にエヴァンの腕を引っ張って、地上へ降りていった。
オーディンもいつの間にか酒を注いでもらっていた。
さっきまで戦闘の場にいたような気がするが・・・。
女にちやほやされて、上機嫌になっている。
「相変わらず懲りない奴だ・・・」
マリアがいたら笑うだろうな。
あいつはクエストから帰ってくると、俺より先に酒場の女に会いに行っていた。
マリアからはよく叱られていたのを思い出していた。
死んでも女を追いかけるとは、相変わらずだ。
栞を抜いて、本を開いた。
津波はレナの氷の壁に守られて、海水の一滴もポセイドン王国に入ってこなかった。
レナが、民衆たちから称賛の声を浴びている。
照れているのかエヴァンの後ろに隠れていた。
隕石が落ちてきたことも忘れたのか、しばらく経つと何もなかったように宴が再開していた。
サタニアとシエル・・・悪魔のアイリスのことも頭から離れなかった。
でも、今は情報を整理するべきだ。
焦っても仕方がない。
今度こそ、間違いは許されないからな。
魔力の消耗で瞼が重くなる。
どこか懐かしい音楽を聴きながら、月明かりで本を読んでいた。
宴の夜が明ける頃、勇者の亡霊たちを教会に呼んでいた。
「ねぇ、ヴィル。国王とか、ガラディア王子とか、誰も呼ばなくてよかったの?」
「呼んだら面倒だろうが」
「まぁ、それもそうか」
エヴァンがあくびをしながら伸びをしていた。
朝日が差し込む。
教会が光に満ちていた。
勇者の亡霊たちが俺を中心に囲んでいた。
「ありがとな。英雄たち」
『次会うのは、おそらくラグナロクになるだろう』
オーディンが重い口調で言う。
『それまで、この力は使うなよ』
「さぁな。この力は俺のものだ。好きにさせてもらう」
『はぁ・・・俺も同じ力を持っていたから言っているんだ。魔力の消耗が激しいだろ?』
「俺はオーディンより強いからな」
『憎たらしい奴だな』
オーディンが腕を組んで、息を吐いた。
『はははは、さすがオーディンの息子だ』
『俺とこいつを一緒にするな』
「一緒にされたくないのはこっちだ。ったく・・・昨日も飲んだくれてたくせに」
『地上の酒は旨いからな』
オーディンがマントを後ろにやって、一歩下がった。
腕を出して勇者の亡霊たちへ向ける。
「時間だ」
『レナ、元気でな』
ゼラフがレナに声をかける。
「はい! エルフ族のみんなにも私は元気だって伝えてください。ちゃんと、エルフ族の巫女の役割を果たしてるって」
『あぁ、伝えておくよ』
「また、冒険できたみたいで楽しかったです。ゼラフ、ありがとう」
「あまり大人ぶるなよ。レナの一人称はレナだろ?」
「へへ、ゼラフに注意されたので。私にしてみました」
レナが笑いながら下がっていった。
軽く手を振る。
『・・・・・・』
ゼラフが何か言いかけたが、黙ってほほ笑んでいた。
「ばいばいです」
横目でちらっとレナを見てから、目を閉じた。
「亡くなった者と一緒にいることはできない」
「わかってます。大丈夫です、ヴィル」
レナが小声で呟いた。
― XXXXXX XXXX
エインヘリャル(戦死した勇者)、現世を離れ永遠の眠りを ―
サアァ
柔らかな風が吹くと同時に、13人の勇者の亡霊たちは消えていた。
深呼吸をする。
息を吐くと肩の重荷が取れたように軽くなった。
「ふぅ・・・なんだか、寂しいですね・・・」
レナがゼラフの居た場所に立って、天を仰いだ。
「不思議な感覚です。ゼラフは亡霊なのに、数百年前、ゼラフと過ごした時間をなぞるようでした。本当に死んじゃったんですね。でも、会えてよかったです」
「・・・・」
「・・・・」
沈黙する。
レナの気持ちはわからない。
でも、ゼラフがレナにとって大切な人だったってことは確かだ。
かけてやる言葉が見つからなかった。
「どうしたのですか? 2人ともらしくないですよ。さぁ、リュウジがノアの船を出してくれてるんですよね。じゃあ、行きましょう」
元気なふりをして、エヴァンの隣を横切ろうとする。
「えっ・・・」
「・・・レナ、無理するなよ・・・」
エヴァンがレナの腕を掴んだ。
「ど、どうしたのですか? エヴァン・・・レナは」
「平気なふりするなって。俺も・・・俺も愛する者はこの世から消えてしまった。レナの気持ちはよくわかるよ。夢を見るんだよな?」
「エヴァン・・・・・・?」
エヴァンがレナをゆっくりと抱き寄せる。
「え・・・・・」
「人生で一番幸せだった、ほんの数時間を思い出して、何度も何度も夢を見るんだ。目が覚めると、いないことがわかっているのに。レナだって同じだろ? 大切な人を亡くして、何百年も生きるって辛いよな」
「ふふ・・・大袈裟ですよ。レナにとってゼラフは・・・」
レナがエヴァンのマントをつまんで、笑う。
「ほんの数年だけ旅した仲間なのです」
「・・・・・」
「どうして、エヴァンが泣くのですか?」
「レナがちゃんと泣いてないからだよ」
エヴァンの声が弱々しく教会に響く。
「エルフ族の寿命は長い。出会いと別れの日々だろ?」
瞳を潤ませながらレナを強く抱きしめていた。
「そうですよ。だから、ゼラフだって・・・」
「なんでゼラフの時だけ笑うんだよ」
「・・・・・・・」
「エルフ族のみんなが亡くなった時みたいに、ちゃんと泣けって。ヴィルの魔法を見てわかっただろ? ゼラフとはもう二度と、同じ時間を歩むことはできないんだから」
「わかってますよ・・・・ずっと、前から・・・」
レナの目から大粒の涙が溢れてくる。
「レナ、悪かったな。この魔法はレナにとって残酷なことはわかっていた。本当は『ワルプルギスの夜』だけ・・・いや、レナのいないときに試せばよかったのにな」
模様の消えた腕を押さえる。
「希望から絶望に突き落としてしまった」
「うぅっ・・・・ゼラフに会えたのは嬉しいのです。本当ですよ。本当に嬉しかったのです。でも・・・」
レナがエヴァンにしがみつく。
「やっぱり悲しいです。この先、どこの時間を歩んでも、もうゼラフと旅した日々に戻ることはできないから・・・」
「あぁ」
「どうしてレナはこんなに悲しいんでしょう。エルフ族の仲間を失ったときと・・・また違う・・・なんだか、変なのです。レナは自分が長生きだから、人間には執着していないのに・・・」
ぼろぼろと涙を流しながら、堰を切ったように言葉を絞っていた。
「どうしてゼラフのことばかり、鮮明に思い出せるのでしょう」
「きっと、レナは好きだったんだ。ゼラフのことが」
エヴァンがレナの頭を撫でる。
「どんな冒険して来たのかわからない。でも、俺にはそう見えるよ」
「・・・レナは・・・・」
「エインヘリャル(戦死した勇者)の力を使えば、また会える。な、レナ、これが最期にしない。またゼラフに会わせてやる」
「ヴィル、オーディンが忠告してたじゃないですか。この魔法は魔力の消耗が激しいから、あまり使うなって」
「そんなの無視するに決まってるだろ」
レナの目を見て話す。
「・・・そっか・・・レナはゼラフが好きだったんですね。それは・・・結婚したい好きだったと思いますか?」
「あぁ。違うのか?」
「自分ではわかりませんよ。ふふ、ヴィルに言われると、なんだか変な感じです」
レナがふっと笑ってから、長い瞬きをした。
長いまつげがしっとりと濡れている。
「2人ともそんな顔しないでください・・・レナは大切な思い出があるので、大丈夫ですよ。本当に大丈夫ですから・・・」
レナがエヴァンから離れた。
ぐしゃぐしゃの顔をこする。
「不気味ですよ。いきなり優しくされると、怖いのです」
泣きながら笑っていた。
ステンドグラスから差し込む日差しが、教会の祭壇を美しく照らしていた。
読んでくださりありがとうございます。
レナとゼラフは生きる時間が違うので、一緒になることはできないんですね。
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