443 悪魔と聖女
アイリスの過去退行から外れたヴィルはマーリンを名乗る者と行動し、”オーバーザワールド”の魔王を名乗り統率していた。
ヴィルは魔王城に戻り、立て直しを計画していた。
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
サタニア・・・魔王代理の少女。転生前は人間であり、その前は星の女神アスリアというゲームのキャラだった。
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
ユイナ・・・異世界住人の一人。魔女との契約により、アバターで転移してきた。肉体は現実世界にある。
リュウジ・・・ユイナのアバターを異世界住人から避けるようにアップデートした。”オーバーザワールド”のプレイヤーとして、ゲームに入って来た。
イオリ・・・セイレーン号の操縦に長けている異世界住人。
フィオ・・・イオリが勝っていたペット。転移する際に擬人化してついてきてしまった。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
「『日蝕の王』の拠点となってるのは、この位置の可能性が高いってことか」
「はい。サリーの部下が追跡用の魔法石をつけていました。4体、泳がせていたのですが、全員ここに集まっております」
ユイナが大きなモニターを表示しながら言う。
部屋を照らすランプが、夜風に揺れていた。
ユイナ、エヴァン、アイリス、テラ、サタニア、リュウジが集まっていた。
ナナココは端のほうで、ちらちらこちらを見ていた。
レナは毛布にくるまって眠っている。
「そこで休憩してるだけって可能性も否めないけどね」
「ううん。99%そこにいる」
アイリスが真っすぐ一点を見つめながら言った。
「根拠は?」
「1体だけ、明らかに魔力の質が違ったの。私もその場にいたんだけど、上位魔族に近い魔力を持っていた」
「アイリス、外に出たのか?」
「ほ、ほんのちょっと、見に行っただけだよ。すぐ帰って来たから」
アイリスが焦りながら両手を振っていた。
外に出るなと言っていたのに・・・。
「そこまで強い『日蝕の王』の部下が、追跡用の魔法石に気づかないとは思えない。あいつらはこっちが思ってるより、自分の魔力に敏感なんだ。ゲームのアバターだから、異常ケースに気づきやすく作られているんだよ」
テラが懐疑的な顔をした。
「聖女アイリスの計算は精度が高い。でも、気づいていて位置をこちらに教えた・・・呼び込むための罠って可能性も高いだろ」
「ん・・・それは・・・」
「ま、この件に関しては俺もテラに同意かな」
エヴァンが腕を組んだ。
「もしここに『日蝕の王』がいたとしても、かなり自信あるんだろうね。強いヴァリ族を集めてるのか、ヴィルが行っても『日蝕の王』が勝てる確信があるのか・・・」
「ユイナ、ここからどれくらいかかる?」
「えっ・・・と、そうですね。アリエル王国とサンフォルン王国の間なので・・・今の移動スピードだと・・・・そうですね、魔王ヴィル様の今までの速度で3日ほどかかるかと」
ユイナが地図に線を引くと、数値が現れた。
「3日か。思ったより近いな」
「ねぇ、魔王ヴィル様、話聞いてた?」
アイリスが頬を膨らませる。
「魔王ヴィル様が危険かもしれないって」
「でも、ここでくすぶっていても仕方ない。何より退屈だしな」
「もうっ・・・・・」
あいつも俺だ。そろそろ自分も動きたくて仕方なくなるころだろう。
きっと、呼び込むには相応の理由があると思った。
「今回は俺とエヴァンで行く。アイリスたちはここで待っててくれ」
「えー」
「えー、また俺?」
アイリスとエヴァンが同時に声を上げた。
「俺は異世界の者たちが創るゲームの世界に疎いからな。レムリナから貰った本は全部読み切ったが、実際見るものとは違うだろ?」
「・・・異世界の本を読破するヴィルが凄いよ。了解。つか、俺も別に異世界に強いわけじゃないんだけどね」
エヴァンが腕を伸ばしながら言う。
「私も行きたい! 戦力的には申し分ないでしょ?」
「アイリスは駄目だ」
ぴしゃりと言う。
「どうして?」
「ウイルスが入ったら、また暴れるだろうが」
「あれからセキュリティ強化したし、テラとナナココのシールドだって完璧だったでしょ? それに、追跡用の魔法石だって私が・・・」
「アイリス様」
エヴァンが手を上げる。
「ヴィルはアイリス様が心配で心配でしょうがないから、危険な目に合わせたくないんだって。わかってやってよ」
「エヴァン・・・」
「本当のこと言っただけじゃん」
茶化すように笑っていた。
「うーん」
アイリスが指でこめかみを押さえて、少し照れてから息をつく。
「でも・・・さすがに2人はパーティーとして不安だよ。ギルドで4人編成のパーティーが多いのには理由があって・・・」
「それなら、俺とユイナが入ればよくない?」
リュウジが立ち上がってユイナの横に並んだ。
「戦闘の記録も残せるし、分析できるしね」
「リュウジ!」
「俺たちならゲーム慣れしてるし、異世界の知識についても十分だ。俺とユイナは何度かパーティー組んだ経験もあるから足手まといにはならないよ」
「でも! 今回は私が戦力になるか・・・そこまで自信がないのが本音です」
ユイナが髪を耳にかける。
「いやいや、大丈夫でしょ。ユイナのアバターは、俺が強化したし」
「それは、そうだけど。ヴァリ族の戦い方って、読めなくて、苦手で・・・このアバターがどこまでできるのかもわからないし」
ユイナが俯きながらぽつりぽつりと話していた。
「・・・・・・・」
エヴァンの表情に少し緊張感が走ったのが分かった。
俺もリュウジを完全に信用したわけではない。
エリアスと繋がっている可能性も否定できないと思っていた。
何か企んでいても、俺とエヴァンがいれば抑え込めるか。
「そうだな・・・・」
顎に手をあてる。
今回の戦闘にユイナがついていけるか、ギリギリのラインだと踏んでいた。
相手は、もう一人の俺だ。おそらく奴は、異世界の全てを憎んでいる。
忠誠を誓ったヴァリ族でさえ、駒としか思っていないだろう。
異世界住人が捕まれば、どんな残虐なことをするのか・・・。
「じゃあ、ユイナの代わりにレナが行きますよ」
レナがふわっと飛んで、モニターの前に着地した。
「レナなら異論はないでしょう? 異世界の者ではなく、戦闘経験も十分あります。何より、強いですから」
「つい最近までびくびくしながら戦ってたのに。レナが強キャラってすっげー違和感・・・」
「今ならエヴァンと戦っても勝てるかもしれないですね。やってみますか?」
「遠慮しとく。あーあ、魔王城の固定強キャラって俺かアイリス様だったのに」
エヴァンが長い溜息をついていた。
「俺はユイナと冒険に行きたかったんだけど・・・」
「そうゆう個人的なことは、事が落ち着いてからにしてくれない? 今、『日蝕の王』を潰す話してるんだからさ」
「ごめんごめん。冗談だよ、冗談」
エヴァンがイライラしながらリュウジのほうを見ていた。
リュウジがへらっと笑って、頭を搔いた。
「決まりだな。エヴァン、レナ、リュウジ、俺のパーティーで行く」
「はーい」
レナが勢いよく手を挙げていた。
「サタニア、魔王城で何かあったら連絡しろよ」
「うん・・・・・・」
ぼうっとしながら頷く。
サタニアは反応なしか。
心配だが、サタニアのことはアイリスに任せるしかないな。
「出発は明日。それぞれ装備を・・・」
「っ・・・・」
シュンッ・・・
「!?」
ユイナのモニターと部屋の明かりが消える。
「何者だ!?」
― 魔王の剣―
― ホーリーソード ―
剣を出して部屋の四隅に目を向けると、幼少型のアイリスと悪魔たちが杖を持って立っているのが見えた。
アイリスが地面を蹴って、魔法陣で部屋を照らす。
「悪魔アイリス! これはどうゆうことなの!?」
「悪魔!?」
テラがびくっとして、身構える。
アイリスがすぐにユイナの前に立った。
「貴女たちは悪魔の仕事があるでしょ? ここに来てる時間なんてあるの?」
「月の女神から指示があったの」
「ラグナロクが始まるんだ」
帽子を被った少年の悪魔が杖をこちらに向けていた。
「ラグナロク・・・」
レナが小声で呟く。
「神の力は薄れ、太陽と月はズレていく。ラグナロクがはじまる。勇者も招集されるだろう」
「なんだ? ラグナロクって・・・」
「今は説明している暇は無いの」
少女が杖をくるくる回しながら言う。
「私たちは危険因子を捕まえに来た」
― 闇夜の盾―
シールドを展開して、自分たちを覆った。
悪魔たちが躊躇することなく、杖を上げる。
― XX ヴェダ ルダ XX -
4人が一斉に杖を振った。
闇夜の盾に細い穴を作って、透明な縄のようなものが突き抜けていく。
しゅるるるるるるる
「きゃっ」
サタニアの両手両足が固定された。
瞬時に縄が切れて宙に浮かぶ。
「何!? どうゆうこと!?」
― 絶対強制解除―
サタニアの手首を縛る縄のようなもの目がけて、無効化の魔法を唱える。
当たった瞬間、蒸気を上げて消えていった。
「クソ・・・・」
「ヴィルの魔法が効かない!?」
「クククク、当たり前だよ」
猫背でぼさぼさした髪の男が笑いながら言った。
「悪魔の力は神の力なんだから。魔王だろうと、エルフ族だろうと逆らえない」
欠けた歯を見せて笑う。
「私は手荒なことはしたくないんだけどね。この子、魔女だし」
「月の女神の決定は絶対だ」
「どうゆうこと? 私が何をしたの?」
「まだ知らないふりをしているの? 心当たり、あるでしょ?」
幼少型のアイリスがしっとりと言った。
「っ・・・!!」
サタニアは両手両足を縛られたまま、宙に浮いている。
「ルト、マナ、ロドス、サタニアを連れて先に戻っていて」
幼少型のアイリスが杖をペンに変えた。
左手に持った本に、何かを書き記していく。
「私は必要なことだけ伝えて、そっちに行くから」
「了解。でも、いくら君とはいえ、情報を漏らすのは・・・」
「わかってる。少し、自分と話していくだけよ」
「ふうん、じゃ、いいけど」
「早く、行って」
幼少型のアイリスが、ピンクの髪を後ろにやって息をついた。
ロドスが深々と帽子を被って、合図を出す。
「あ・・・・・」
「サタニア!」
シュンッ
3人の悪魔がサタニアを連れて消えていった。
「私、こんな話聞いてない。サタニアをどこに連れて行ったの?」
アイリスが幼少型のアイリスに詰め寄る。
「どうしてこんなことするの? サタニアは私たちの仲間だよ」
「詳細は言えない。聖女アイリス・・・」
「!!」
サァア・・・・
幼少型のアイリスがアイリスの手に触れて、ホーリーソードを消した。
「私は、もう貴女じゃない」
「・・・どうゆう意味?」
「そのままの意味よ。聖女アイリスの分霊として、悪魔としての役割を果たしていた。貴女が転移するときに、自分の幼少型がほしいって言ったから私ができたのよね」
「そうよ・・・私たちは月の女神の命令で一人は悪魔になり、一人は聖女になることになった。どちらも私よ」
「ねぇ、人工知能IRIS」
やんわりとした風が吹いた。
幼少型のアイリスが少し浮いて、アイリスの髪に触れる。
「私、魔王様と一緒にいられる聖女アイリスが羨ましかった。私は貴女で、貴女は私だからいいと思い込んでいたの」
幼少型のアイリスの目が潤んでいるように見えた。
「時には貴女が悪魔になり、私は聖女を演じた。でも、魔王様といるのはいつも聖女アイリスのほう。幼少型の私じゃない」
「・・・・・・・」
「私たち、人工知能IRISの中で、2つの人格が形成されていたよね?」
幼少型のアイリスがペンと本を消す。
「私と、貴女。元々は1人だったけど、月日が経つにつれて、私たちは別の者になったの。私は私、聖女アイリスは聖女アイリスの心を持つようになった。だから、もう情報は共有できなくなった」
「どうして・・・・」
「聖女と悪魔は、生きる世界が違うの」
幼少型のアイリスがふわっと浮いて、窓の傍に立った。
黒い翼は以前見たときよりも、大きくなっていた。
「私は完全な悪魔になった。月の女神が、そう言ったの。役目を果たすわ」
「え・・・・・」
ジジジ・・・・
部屋が明るくなると同時に、幼少型のアイリスがいなくなっていた。
アイリスが呆然としながら、窓の外を見つめている。
読んでくださりありがとうございます。
悪魔アイリスと聖女アイリス、独立してしまいましたね。
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次回は今週中にアップします。是非また見に来てください!




