433 お兄ちゃん⑨
アイリスの過去退行から外れたヴィルはマーリンを名乗る者と行動し、”オーバーザワールド”の魔王を名乗り統率していた。
ヴィルはアイリスを救い出し、冥界の誘いから目覚める。
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
レムリナ姫・・・天界の姫
ジェラス王・・・レムリナの兄。光の国ミナス王国の王だったが、闇の王に体を乗っ取られていた。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
「エリアスはリーム大陸のダンジョンの精霊様じゃん」
エヴァンが頭を搔きながら近づいく。
ジェラスがレムリナをアイリスに預けていた。
「なんでそっちのヴィルといるの?」
「俺はピュグマリオンやナルキッソスとは違う。自分で独自ルートを探して、この地に入って来たんだ。ダンジョンの精霊も悪くないけど、退屈でね」
エリアスが笑いながら言う。
「こっちのヴィルと会ったのは、まぁ・・・よくできてるよね。祭りが終わって、廃墟になったリーム大陸に来たのが、彼で利害関係が一致するから協力することにした。何より、ゼロがいなくなってしまったしね。それに・・・」
もう一人の俺が満足げな顔をする。
俺と俺はよく似ていた。
残虐非道、手段を択ばない。
こいつの考えていることは、想像がつく。
昔の俺だ。
「勇者が勝利する王道のゲームはいくつもやってきた。だから、今度パーティーを組むときは、魔王がいいと思ったんだ。勇者よりもね」
「ハハハハ、わかってるだろ。ヴィル、お前よりも俺のほうが魔王として相応しいってよ」
挑発するように、もう一人の俺が言う。
「マーリンとヴィヴィアンの区別もつかない馬鹿が何言ってるんだ?」
「もちろん知ってる。でも、ヴィヴィアンの名は出さないほうが都合がいいだろ。奴もマーリンを名乗りたいようだしな。名なんてどうでもいい、飾りだろ」
ガタン
「ごほっ・・・・」
サリーが籠の檻を掴んだ。
「?」
「魔王ヴィル様は・・・私を救ってくれた。ごほっ・・・ごほっ・・・・」
「魔王ヴィル様を侮辱するなんて・・・許さない。魔王ヴィル様は私たちにとって・・・・」
シエルが小さな声を絞り出す。
シュッ
ガンッ
「俺が籠を解いてやるよ」
もう一人の俺が、シエルとサリーが閉じ込められた籠に手をつく。
ぶつぶつ何か言うと、すっと籠が消えた。
「きゃっ」
サリーとシエルがその場に座り込んだ。
「こんな檻一つ解けない魔王ヴィルについていくのか?」
「貴方はヴィル様だけど・・・・魔王ヴィル様では・・・・ありません! 私の大好きな魔王ヴィル様は・・・・」
シエルがかすれた声を上げる。
「あっちの魔王ヴィルはアイリスを愛してる」
「!!」
「・・・愛・・・・」
アイリスが一言だけ呟いてぼうっとした。
「魔王ヴィル様はみんなに優しいんです! お前は魔王ヴィル様に似てるけど、魔王じゃない」
「サリーには興味ない。黙れ。単純で馬鹿だからな」
「っ・・・・・!」
サリーが唇を嚙んでいた。
「・・・・」
「どうだ?」
もう一人の俺が、シエルの顎を持ち上げた。
「なんですか?」
「お前はよく魔王ヴィルを見ている。ちゃんとわかってるだろ? 自分が愛されていないことに」
「関係ありません・・・・」
シエルが歯を食いしばった。
「本当は辛いだろう? 愛しても愛しても、愛してもらえないのは。追いかけても、あいつが愛してるのは・・・」
「それでも私は魔王ヴィル様が好きです!」
「ただの執着だということに気づく。俺も魔王ヴィルだ。お前に力を与えることのできる、な」
「それは・・・・」
「俺のところに連れて行こう、シエル。俺ならお前を誰よりも大切にできる」
シエルが何か言いたげな表情をしてから、顔を背けた。
「私がお慕いしているのは魔王ヴィル様ですから」
「硬いなぁ。まぁ、今はいい」
「力? ってどうゆうこと? シエル」
「ひ、秘密です。特殊能力のことは・・・」
「そろそろいいか?」
話に割って入る。
「何を言うかと思えば、ただ口説いてるだけか。寂しい奴だな」
「へぇ、俺にビビってて、黙ってるのかと思ったよ」
「俺の仲間を口説いてる暇があったら勝負しろ。ここで決着をつけてやる」
魔王の剣を構える。
「それとも、負けるのが怖いのか?」
「その挑発に乗るほど、俺も馬鹿じゃない」
「やっ・・・」
シエルの手首を掴んで引っ張る。
首に魔王の剣を当てていた。
「シエル!」
「っと動くなよ、ヴィル。ヴィルって言うのも変だな。お前のことはそうだな。落ちこぼれのヴィルでいいか」
「随分、そっちのヴィルは小物感があるね。魔族を人質にとるとは」
エヴァンが挑発するように言う。
「人質じゃない。妃にするつもりだ」
「妃!?」
エヴァンと声が被った。
「魔王には妃が必要だろ?」
「いや・・・私は魔王ヴィル様がいいんだから」
「俺もヴィルだって言ってるだろ。一緒にいればすぐにわかる。俺には昔の記憶があるんだ」
「関係ない! 離して!」
シエルが手を振りほどこうとしながら言う。
「強情なところもまた可愛いな。シエルは昔から美しい、魔族の妖精だ。白銀の髪は柔らかくて、草原の香りのする、美しく俺の妃として相応しい」
「きゃっ」
もう一人の俺がシエルを強引に抱えた。
「シエルを離せ!!」
「離すと思うか?ま、お前らが誰か一人でも攻撃してきたら、シエルを殺す。いや、動いたら真っ先に殺してやるよ」
残虐な目でこちらを見渡していた。
「魔王・・・ヴィル様・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
こいつは本気でシエルを殺す気だろう。
うかつに動けない。
エヴァンも無言で感じ取っているようだった。
「シエル・・・・」
「サリーは自分のことを考えてろ。お前だって重症なんだから」
「魔王ヴィル様。申し訳・・・ございません・・・」
サリーは力が抜けたように、その場に倒れる。
「魔王ヴィル・・・様・・・」
「違う。俺こそが、ヴィルだ。戻ったら教育しないとな」
シエルにも抵抗する力が残っていなかった。
「いいのか? このままじゃ」
「ジェラス。あいつは、仲間も平気で殺す。動かないでくれ」
動こうとしたジェラスを止める。
「ははは、さすが俺だ。わかってるじゃないか」
「卑怯なお前と一緒にするな。あくまでも昔の俺だったら、そうすると思っただけだ」
「ヴィル・・・」
「シエル、必ず助けに行く」
月が雲に隠れて、星が輝いた。
シエルが小さく「はい」と呟いた。
「じゃあな、落ちこぼれのヴィル。魔王として相応しいのは俺だ。ヴァリ族を率いてこの世界を乗っ取ってやるから楽しみにしてな。これからは俺の時代だ」
転移魔方陣を、自分とエリアスの足元に展開した。
「勝つのは魔王ヴィル様だから!」
「何度も言ってるだろ。俺も魔王ヴィルだ、シエル。まぁ、いずれわかる」
もう一人の俺がほほ笑む。
「エリアス、行くぞ」
「了解」
もう一人の俺と、シエルが一瞬で消える。
エリアスは少し周囲を見渡してから、魔法陣を蹴った。
ザアァァァ
転移魔方陣が無くなると、急に静かになった。
砂埃が舞う。
「エリアスを連れて何か企んでるんだろうな」
「厄介だな、あいつはゼロのアバターを創った奴だ。エリアスはユイナの友人だったはずだ。まず、ユイナに情報を聞こう」
「そうだね」
2人がいなくなった後、柔らかい風が吹いていった。
サリーを抱きかかえて、肉体回復を唱える。
「魔王ヴィル様」
「アイリスはまだこっちには来るな。奴が何を仕掛けていったかわからない。ジェラス、動けるか?」
「あ・・・あぁ・・・」
「アイリスに不都合な何かが残ってないか確認してくれ」
「それなら、俺も協力するよ」
シールドが張り付いたままのテラが駆け寄ってきた。
「助けてもらった礼をさせてくれ。導きの聖女アイリス」
「あ・・・ありがとう。でも、ナナココは?」
「隠れてる。消えたりしてないよ。あいつ調子いいから」
テラがモニターを出して、文字を打っていく。
「・・・・・・・・・・・」
ジェラスが放心状態のレムリナを近くの岩に座らせた。
黄金の杖を出して、歩きながら天にかざす。
カッ
輝くたびに、ミナス王国の崩れた柱や草が元に戻っていった。
テラが驚いたように、天を仰いでいた。
「魔王ヴィル様・・・ご迷惑を・・・申し訳ございません」
「気にするな。奴を泳がせた俺が悪い」
サリーは傷が無かったが回復が遅かった。
レナがふわっと飛んで、近くに降りてくる。
「レナがやりますよ」
「落ち着いたのか?」
「はい。泣いたらすっきりしましたので、力には問題ありません」
レナが手を光らせて、サリーの魔力を調整していった。
「若干、毒が入っていますね。だから回復が遅いのです。解毒をします。ヴィル、ここに寝かせてください」
「わかった」
ゆっくりとサリーを草の上に寝かせる。
レナが聞き取れない言葉で詠唱しながら、お腹に触れる。
「っ・・・・・」
「今抜きますからね。安心してください。レナは元々回復の巫女ですから」
泣きはらした目を擦りながら言う。
サリーがぐっと目を閉じた。
「あぁ・・・頼む・・・」
レナがお腹のあたりを撫でながら、ゆっくり毒を抜いていった。
もうすぐ最終章に入ります。詰め込みます。
今年は完結したい! 頑張ります。
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また是非見に来てください。来週最新話アップします。