428 お兄ちゃん④
アイリスの過去退行から外れたヴィルはマーリンを名乗る者と行動し、”オーバーザワールド”の魔王を名乗り統率していた。
ヴィルはアイリスを救い出し、冥界の誘いから目覚める。
主要人物
魔王ヴィル・・・魔族の王
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
レナ・・・北の果てのエルフ族の最期の生き残り。異世界住人によって仲間を殺された。
エヴァン・・・死んで異世界転生した元アリエル王国の王国騎士団長。ヴィルと利害関係が一致して魔族になった。時の神クロノスに仕える時帝でもある。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
トムディロス・・・メイリアに惚れて追いかけまわしている。ポセイドン王国第三王子。
レムリナ姫・・・天界の姫
ジェラス王・・・レムリナの兄。光の国ミナス王国の王だったが、闇の王に体を乗っ取られていた。
ヴァリ族・・・”オーバーザワールド”の魔族。”オーバーザワールド”の魔王となった、別時間軸のヴィルが魔族と区別するために名付けた。
『ヴィル、元気にしてたか?』
「お前がとっととくたばれば、見ての通り元気だ」
『そうか。そりゃよかった』
バチンッ キィン キン キン キン
オーディンの剣を受け止めていく。
オーディンは休む間もなく、次から次へと攻撃を繰り出していった。
いったん引いて、体勢を整えたほうがいいな。
『力が漲ってくる。ヴィヴィアンがこんな魔法を持っていたとは。マーリンもさぞかし驚いてるだろうな』
魔力を強く高めて、オーディンの剣の威力を飽和させた。
剣を持ち直して後ろに下がる。
― 毒薔薇の蔦―
ドドドドドド
― 絶対強制解除―
ザアアァァァァ
「!!」
オーディンが唱えると、毒薔薇の蔦が地面から出る前に枯れていった
『イベリラの魔法が、全盛期の俺に効くわけないだろ?』
「まぁ、だろうな」
確かにオーディンは若々しく力が漲っていた。
俺が幼い頃、英雄と呼ばれていた頃のオーディンの姿だ。
『っと』
大剣を持ったまま高く飛び上がり、空を十字に斬った。
― グランドクロス ―
カッ
空が十字に光る。
光がナイフのように地上に降り注いできた。
「!?」
「うわっ、マジかよ。死ぬ死ぬ。逃げよう、メイリアたん!!」
「だ、大丈夫。シールドを張れば」
トムディロスとメイリアがオーディンの魔法に慌てふためいている。
油断したら、あいつらが一番先に死にそうだな。
まぁ、後方にいる限り、アイリスが守るだろう・・・。
「大魔法使いマーリン・・・」
『その紋章はアリエル王国の王国騎士団長、そっちは北の果てのエルフ族の巫女か。なるほど、手ごたえがあるはずだ』
レナとエヴァンはこちらを見向きもしない。
目の前の敵に集中していた。
― 漆黒の盾―
魔王の剣を掲げて、グランドクロスの光を全て覆うシールドを展開した。
しゅうぅうううう
グランドクロスが地上に降りる前にかき消す。
『おぉ』
オーディンが天を仰いで、声を出した。
『前見たときより、一段と強くなったな。その魔力使いこなせるようになったのか。抑えが効かない体で戦うのは不服だがガキのお前が強くなった姿を見れるのは、嬉しいもんだな・・・』
「フン」
空に刻まれた十字は、漆黒の盾に包まれ消えていく。
オーディンが笑いながら、降りてきた。
『最近どうだ?』
「兄貴と会ったな」
『ゼロか?』
オーディンはあまり驚いていなかった。
「あぁ」
『そうか。俺も会ってみたかったな』
「向こうはお前のこと、話してなかったけどな」
『はは、そりゃそうだ』
足が地面に着く前に、剣を振り回す。
― サイクロン ―
ザアァァァァァァ
激しい風が巻き起こり、辺りの草木を刈り取っていった。
軽く飛んで、魔王の剣で風を無効化する。
「っ・・・・」
「!!」
ジェラスとレムリナが同時に避ける。
ぶわっ
「他人のフィールドまで巻き込むなよ。迷惑な奴だな」
『俺の意志とは無関係だ。うまく逃げてくれ』
オーディンの身体は、水を得た魚のように自由に飛び回っている。
息をつく間もなく攻撃を繰り出していた。
「相変わらず面倒ごとを残していく」
オーディンが指を動かしてサイクロンを自在に操り、強化している。
多くの魔族、人間を倒し、英雄となったオーディンは、他国では人の姿をした怪物と呼ばれることもあった。
「これが勇者オーディンねぇ・・・」
エヴァンが飛んでサイクロンをかわしながら、こちらを見下ろしている。
マーリンの防御壁を、レナが魔法弾で突破しようとしていた。
「エヴァン、油断するなよ!」
「はいはい」
エヴァンがすぐにマーリンのほうを向く。
マーリンは複数の魔法を保有している。
あっちも心配だが・・・。
『ヴィル! よそ見をしている場じゃないぞ!』
ボウッ
「オーディン・・・」
『俺は同時にいくつもの魔法を展開できる。強いのは接近戦だけではない』
オーディンが手をかざし、魔法陣をいくつも展開していた。
眉間にしわを寄せる。
『まずい。嫌な予感がする。ヴィル、助けを呼べ。俺は自分でも、どの魔法を使うかわからん。本当にお前を殺して・・・・』
魔王の剣に魔力をまとわせて、加速する。
ザッ
「なぁ、オーディン、お前はもう死んだろ?」
一瞬で、オーディンとの距離を詰めた。
ドンッ
『!?』
胸に魔王の剣を突き刺した。
『は・・・・・』
「俺はお前が思っている以上に強い。お前ら、化け物の血が流れてるからな」
オーディンがうつろな顔でこちらを見た。
しゅうぅっ
サイクロンがアイリスのところに到達する前に消えていく。
『はは・・・全盛期の俺相手に、まさか、ここまでとは・・・』
「お前に、一言言っておきたかった」
『なんだ?』
「オーディン、女の趣味悪いぞ」
剣を消した。
オーディンがその場に倒れこむ。
ごつごつした足が光の粒になっていった。
『は?』
少し驚いたような顔をしてから、豪快に笑う。
『ははは・・・イベリラのことか。すごい女だろ。でも、あれでも可愛いところはあった。料理がうまくてな、特にシチューが絶品でいくらでも食べられ・・・』
オーディンが言いながら、目を閉じた。
『あぁそうだな。あいつは心が弱かった。俺がもっと早く気づけばよかっただけだ・・・』
「地獄で話し合ってくれ。もう二度と蘇るなよ」
『・・・はは、わからんな』
オーディンを見下ろしながら言う。
『アイリス様・・・その近くにいる者はこの世界の者ではないな。俺が生きていた頃と随分世界が変わっているようだが・・・・』
オーディンが薄目で遠くを見つめていた。
アイリスがシールドを張り直している。
マーリンとレナが魔法をぶつけ合っていた。
ジェラスとレムリナは武器を構えて、何か話しているようだ。
「まぁな。でもお前には関係ない話だ」
『そうだな。お前がお前でよかったよ、ヴィル。お前は昔・・・終焉の魔女となる前の、冒険が好きだったころの母親と同じ目をしている。好奇心に満ちた、輝くような瞳だ。その力を使いこなして多くの者を・・・・』
「黙れ」
低い声で言う。
『・・・・・・・・』
「オーディンは死んだんだ。もう休め」
『・・・ははは、じゃあな、ヴィル。迷惑かけたな。あまり早く、こっちに来るなよ・・・』
月明かりが途切れる。
オーディンが満面の笑みで消えていった。
魔王の剣を出して、マントを後ろにやった。
魔力を変化させていく。
「最期の最期に嫌なこと言ってくるんじゃねぇよ。クソが」
地面を蹴った。
砂埃を立てる。
オーディンの居た跡を踏みつけて、マーリンのほうへ歩いていく。
『感動の親子対面は終わったのか?』
「お前がいるなら呑気に遊んでいられないだろうが」
『ふむ、そうだな。ヴィヴィアンの魔法は把握していたつもりだったが甘かった。ヴィルが来たのなら、抑えも外そう』
マーリンが紫の杖を回しながら言う。
ジジジ ジジジジ
『ふぅ・・・』
マーリンの魔力がいきなり高まっていった。
「やっぱり抑えていたのか」
『当然だ。私は勇者オーディンと共に旅をした、大魔法使いマーリンだ』
「こいつはそうゆう奴だ」
「だよな。オーディンばかりじゃないはずだ。オーディンがアリエル王国に勇者の名を刻んだのは、マーリンがパーティーにいたからだと聞いてるよ」
エヴァンが剣に魔力を込める。
「俺とエヴァンが直接攻撃で戦う。レナは後方支援に回って・・・」
「いえ」
レナが前に出た。
「レナが一人でやります。ヴィルとエヴァンは下がってていいのです」
レナが氷の剣を杖に変える。
「どうした? レナ」
「レナ、お前は強いのかもしれないが、マーリンの相手は無理だ。こいつはこう見えて、アークエル地方で一番の魔法使いと呼ばれた奴だ」
「レナは確実に勝てます。やってみたいのです」
エヴァンと顔を見合わせた。
ズンッ
「!?」
「・・・そのかわり、レナに抑えが効かなくなったら止めてください」
レナが杖の魔法石に触れると、魔力が変化していく。
水色の短い髪は、緋色に変わり、瞳孔が縦長に開いていった。
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今年もたくさんの応援ありがとうございました。
ヴィルの物語はまだ続きますが、来年もどうぞよろしくお願いします。




