46 ザガン
「ププウルを襲った人間は、どうした?」
魔王の椅子に座って、上位魔族を見下ろす。
「ププからは、魔導士と剣士、合わせて4人いたと聞いております。彼らで全員かはわかりませんが・・・・私がすぐに参りましたが、もうすでに、人間の気配すらありませんでした」
「ププウルがたった4人の人間にやられるはずがない。何かの間違いじゃないのか?」
「そうだ・・・・私も自分で言っていて、信じられないな」
カマエルが跪いて、悔しそうな表情を浮かべた。
「今までこんなことなかったのに・・・」
サリーが呟く。
「なるほど。魔王城周辺にいた人間が、すぐに居なくなったということは、瞬間移動のような魔法を使える魔導士がいるということだな」
「瞬間移動・・・・ですか?」
「まぁ、無い魔法ではない。使える人間はほとんどいないがな」
水の入ったグラスに口を付ける。
転移魔方陣を展開できる魔女なら可能だ。
でも、アリエル王国にマーリン以外の魔女がいたという話は聞いていない。
エヴァンは異世界の知識で可能にしたのか?
いや、異世界を見てきた限り、瞬間移動のような仕組みはなかった。
でも、あいつが異世界から転移してきた際に、何か特殊能力を付与されていたとしたら・・・。
可能性は否定できないな。
「それにしても、上位魔族の弱点を見抜くとはな。丁寧に魔道具も破壊してある・・・」
「魔王ヴィル様」
「も、申し訳ございません。我々の力不足で・・・」
ジャヒーとサリーが頭を下げる。
「お前らを責めるつもりは毛頭ない。上位魔族をはじめとして、魔族は皆、よくやってくれている。ただ、人間の嫌な部分を思い出して吐き気がしただけだ」
「?」
「・・・・・・・・」
魔王になる前・・・人間だった頃を思い出していた。
人間は元々、誰かの弱い部分を見つけるのに長けた生き物だ。
弱い部分を攻撃することで優越感に浸る者も多い。
魔族に対してだけではなく、人間同士でも同じことをするのだからな。
みしっ
「魔王ヴィル様!」
思わず手に力が入ってしまい、椅子に亀裂が走ってしまった。
「悪い、感情的になった。俺も落ち着くことが必要だな」
「魔族の弱点を見抜いての攻撃だったとなれば・・・今後どうするかですね」
「あぁ・・・錬金はいくらでも出来るが、見抜かれて破壊されてしまえば、ウルのようになってしまう」
「・・・・・・・・・」
魔族の弱点は致命的だ。
上位魔族にしても、すぐに弱体化させてしまう。
本来は、尻尾を触られるなど、特殊なものが多いから簡単には見抜けないけどな。
今回の件は、後ろにエヴァンがいたと見て間違いないだろう。
魔王の目と同じようなものを、奴が持っているとしか思えなかった。
「弱点の問題をどう埋め合わせるか・・・でしょうか・・・」
「いや・・・・」
腕を組み直す。
「攻めの姿勢でいこう。魔族は引く気はない。」
「はい・・・・」
不安そうなジャヒーとサリーに視線を向ける。
「次は俺がいる。確実に仕留める」
俺に弱点はない。
エヴァンと対峙するなら、俺しかいないだろう。
「魔王ヴィル様・・・・・」
「私としたことが、魔王ヴィル様がいるのにもかかわらず弱気になってしまいました。魔王城に近づいた人間を炙り出さなければなりませんね」
「あぁ・・・魔王城に近づくことがどんなことを意味するか、思い知らせてやる」
問題はどう探すかだな。
ププウルに特徴を聞いて、捜索に協力してもらうしかないか。
今は、あまり2人に負担をかけたくないんだがな。
「では、ちょうどいいです。私の部下であるザガンは追跡や侵入に長けている、愚者を見る目持つ悪魔でもあります。私と共に行けば、きっと、魔王ヴィル様のご希望に添えるかと」
「まぁ、奴は少々癖があるがな」
ゴリアテがぼそっと口を挟んだ。
「癖がね」
「えぇ、癖が・・・」
「・・・・」
サリーとジャヒーが頷いていて、カマエルが何も反論しなかった。
「そうか」
魔族は全体的に癖が強いから今更、何が来ても動揺しないんだけどな。
各々が気づいていないんだろう。
「ザガンは、確か、お前が上位魔族へ推薦したいと言っていた者だな?」
「左様でございます」
「急だが、お前のことは信頼している。その者に頼むとしよう」
「ありがたきお言葉・・・」
カマエルがにんまりとすると、サリーが悔しそうに舌打ちしていた。
「では、ザガンが到着次第参ります。もうすぐかと思いますので」
「わかった。あと、新たに魔族のダンジョンとなった場所にも、魔族の配置を頼む。からくりの多いダンジョンだが、魔族にとって居心地のいい場所になるだろう」
「かしこまりました」
アイリスたちは、まだ来ないようだな。
ギルバートとグレイに何かあった感じは無いから、魔王城周辺に警戒して遠回りしているだけだろう。
とりあえず、ププウルの様子を確認してくるか。
「では、後のことは頼む」
「はい」
魔王の椅子を離れる。上位魔族たちが、礼をしていた。
廊下に出ると、魔族たちの相談や怒りの声が聞こえてきた。
士気が高まっているようだな。
俺も同じ思いだ。
ププウルのあんな姿を見て、怒りがこみ上げないわけがない。
「魔王ヴィル様!」
マキアが俺を見つけて駆け寄ってきた。
「マキア、ちょうどよかった。ププウルの部屋に案内してもらえるか?」
「もちろんです。ウル様も容体が安定して寝ておりますので」
「よかった」
青い髪を耳にかけながら横に並んだ。
柔らかく微笑む。
「そういえば、今回のダンジョンにはセラがいた。今、アイリスと共にこちらに向かっているが、お前の妹と聞いている」
「はっ・・セラが?」
階段を上がったところで、立ち止まって頬を包んだ。
「す・・・すみません。びっくりしてしまって、本当に、無事なのでしょうか?」
「あぁ、元気だよ。服はボロボロだけどな」
「そんな、信じられなくて・・・もう、封印されたという時点で死んだものかと・・・」
声を震わせていた。
「そうだ。ププウルの部屋に案内してもらった後、魔王城の前で待っていてもらえるか? アイリスと戻ってくるはずだ」
「もちろんでございます。ありがとうございます!」
マキアが満面の笑みで頷いていた。
シュッ
コウモリのような翼を持った魔族が窓から入ってきた。
黒髪で褐色の肌を持つ、背の高い魔族だ。
「おっ、マキアじゃん」
「ザガン!?」
着いた瞬間、マキアの後ろに回ると、両手で胸を揉んでいた。
「相変わらずいい体だな」
「あぁんっ・・・・・・・」
マキアが体をのけぞらせて反応していた。
「止めてってば、あんっ・・・」
「魔王ヴィル様に発情しているくせに、よく止めてと言えるな」
「!?」
マキアが息を荒くしている。
マキアは手を解こうとしていたが、ザガンの力にはかなわないようだ。
「魔王ヴィル様、初めまして、私、ザガンと言います」
「ザガン、や、止めて! ま、魔王ヴィル様の前で・・・」
マキアが顔を赤くして睨む。
お構いなしに、胸を掴んでいた。
「あっ・・・・」
「ん? 強いのは嫌いだったか? じゃあ、こっちのほうがいいか?」
「あんっ・・・・・・や、やめなさい、ザガン」
「いいね。その反応」
マキアが涙目になりながら抵抗している。
「ザガン、悪いがその辺にしてやってくれ」
「はい、失礼いたしました。マキアがこうなりたいと言っているように見えたので」
「っ・・・・・・」
マキアが胸を押さえて座り込んだ。
「魔王ヴィル様、そうゆうわけじゃ」
「欲望を敏感に感知する魔族の勘だよ。俺は部下の願いを忠実に叶えただけだ」
「ザガン!」
「本当のことじゃないか?」
「・・・・・・・・」
「ほら、反論できない・・・・」
牙を見せて微笑んでいた。
マキアが視線を逸らして、俯く。
確かに、癖が強いな。上位魔族が言うのも頷ける。
「ザガンにお願いしたいことがある」
「いかがいたしましたか? 魔王ヴィル様・・・・私がお役に立てることであればなんでも」
ザガンがすっとマキアの前に立ち、頭を下げる。
「すぐに魔王の間に行ってカマエルの指示で動いてくれ。ププウルを傷つけた人間の、追跡をしてほしい。お前を信頼している」
「かしこまりました、すぐに参ります。必ず、ご期待にお答えします」
「頼んだぞ」
「はい。失礼いたします」
背筋を伸ばして、目つきを変えていた。
足早に階段を降りていく。
「マキア?」
ザガンが見えなくなったところでマキアに声をかける。
「あの・・・今の姿はお忘れください・・・すみません、魔王ヴィル様に、あ、あんなお見苦しい姿を・・・」
顔を真っ赤にして、俯いていた。
「いや・・・・あぁ、わかった」
頭を掻く。
「大丈夫か?」
「は、はい・・・」
マキアが座ったまま動けなくなっていた。
「ププウルへの部屋へ案内を頼みたいんだが・・・」
「はいっ・・・あの・・・」
「大丈夫か? 立てるか?」
「も・・・・もちろんです」
腕を掴んで立たせる。ちょっと、ふらふらしていた。
「私はご案内した後、少し顔を冷やしてきます。あ、熱くなってしまい、少し、セラのお迎えは遅れてしまうかもしれません」
「わかった。ゆっくりしろ」
「は・・・はい・・・」
マキアが赤くなった頬を押さえている。
ザガンはマキアにとって天敵だな。




