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プロローグ

 俺を産んだ女は、生まれてすぐ、俺を捨てた。

 記憶にあるのは、真っ白くて冷たい世界だ。

 本気で殺すつもりで捨てたのだろう。


 愛というものを、俺は知らない。



「本当、ヴィルは弱いから足手まといなんだよな」

「父親が勇者のオーディンだって言うから、メンバーに入れたけどさ」

「ここまで使えないとは・・・」


「・・・・」


 荷物を持って、ギルドメンバーの後ろを歩いていく。


「炎の魔法も、水の魔法も満足にコントロールできない魔導士なんて初めて見るわ」

「どうして職業を魔法使いにしたんだ? 無職にしたほうがよかったんじゃないのか」

「言えてるな」

 笑い声が響き渡る。


 文句なら言われ慣れている。



「はい。クエスト依頼完了。リリー、これ、お土産ね」

「ありがとう」

 ギルドメンバーが受付カウンターに討伐した『ミニドラゴンの角』を渡していた。


「あら、随分早かったのね」

「俺たち、一人を除いて優秀だからね」

「でも、B級クエストとはいえ、ダンジョンは怖かったわ」

「まぁ、私の知恵があれば問題ありませんけど」

 受付嬢のリリーがメンバーを書きとりながら、ちらっとこちらを見た。


「そう・・・困ったわ」

 俺が何度も転職し、何度ギルドに入りなおしても見放されていることを知っているからか、冷ややかな対応だ。


「ヴィル、次は行く? どうする?」

「いや、いいよ」

「そうね。転職しても続かないみたいだしね・・・アリエル王国の勇者オーディンのようにはいかないか・・・・このギルドは成功報酬でもってるから・・・」

 苦笑いしながら、出ていくことを勧められる。


 腹立つくらい、いつものパターンだ。


「次、俺たちだけならS級クエスト行けるかもな。ヴィル入れてここまで来れたんだから」

「もう一回Aクエ行こうよ」

「そうだ。早まってはよくない」

 弾んだようなギルドメンバーの声が聞こえる。


 報酬の金貨をもらって、受付カウンターのある酒場を離れた。




 アリエル王国の城下町は、夜になってもうるさい。


 金貨を手のひらで転がしながら、人気のない天使の像の前に座る。


 どのギルドに所属してもうまくいかない。

 魔法を使えばあたり一面焼き尽くすほど強くなり、抑え込もうとすれば、火力が無くなる。


 俺の力は、味方に向かって暴発するから、周囲からは嫌われていた。


 報酬の金貨を、月明かりに照らす。

 なぜ、俺だけがコントロールできないのかもわからない。



 神殿所に行って、また転職の申請出してくるしかないな。

 もう、何度目の転職だろう。


 神殿所は城下町から離れた、川沿いのところにポツンと立っている。

 いつも、職業を決める神がいた。


 テラ様だ。



「誰かいるか?」

「なんだ? この時期に転職なんて珍しい」

 大理石の上に大きな椅子があり、上っていくと杖を付いたテラ様がいた。

 老人のような身なりをしている。


「テラ様、転職申請を出したいんだけど」  

「またヴィルか。転職は今回で何度目だ?」


「剣士、賢者、魔法使い、武道家、盗賊・・・・・・」

 数えてみる。

 ざっと10回は転職してるな。


「どれも本当にダメだったのか?」


「剣士は味方を傷つけそうになったし、賢者は調合に失敗して劇薬を作ったし、武道家は一般人を巻き添えにしそうに・・・・」

「もういい。わかったわかった、才能がなさすぎるってことか」

 笑いながら止めていた。


「お前の父は何でもできたんだが。母親は・・・」

「興味ないんで」


「それだけやれば、もう転職が難しいかもしれないな」

「まぁ、適当でいいよ」

 ポケットに入れていた金貨は、いつの間にか落としてしまったようだ。

 布に穴が空いていた。


「ふむ・・・・・」


 親父はSS級クエストばかりこなす、アリエル王国の勇者だ。


 施設を出ると同時に、ギルドに入る選択肢しかなかった。

 将来性を見込まれて、あらゆるギルドが俺を求めたが・・・。

 

 失望されて、追い出されるのを繰り返していた。


 俺は人間が嫌いだった。

 父親がオーディンというだけで、俺を持ち上げて、力がないとわかれば、手のひら反して馬鹿にする人間たちが・・・。


「時期がきたということか」

「は?」

 テラが白い服をなびかせて奥のほうに歩いて行った。


「ついてこい」


 神殿の奥のほうには、水を溜めた大きな岩があった。自然光が差し込み、空気が澄んでいる。

 泉は風もないのに波打っていた。


「ここは?」


「・・・・・・・・」

 テラが無言のまま、水をのぞき込む。


「この水の中は、己が一番能力を発揮できる場所へと続いている」

「能力を・・・・・」


「ここはお前にとって分岐点となる泉だ」

「ふうん」

「何が起こるかはわからないけどな。牧場に放り出されるかもしれないぞ」

 テラが脅すように言う。


「本当に入りたいか?」

「あぁ」


 鏡のように、水面に自分の姿が映っている。

 恐れは微塵もなかった。

 

 俺は別に、親父みたいに勇者になりたいわけでもない。

 ギルドに信頼できる仲間がいるわけでもない。


「自らの意思で飛び込め。お前の場合、今より悪い状況にならないだろう」

「わかったよ」


 ここを飛び降りたら、今よりも自分にあった職業につけるような気がした

 何かと繋がっているような感覚だ。



 ジャンプして、水の中に飛び込む。

 一瞬、真っ暗になった。


 ジジジジ ジジジジ・・・


 体を電流が伝う。





「痛って・・・・・」

 絨毯にお尻を打った。

 ハーブを燃やしたような匂いがする。


 ここは、どこだ? 城のような場所だが。


「成功しました!」

 双子の子供のような魔族が駆け寄ってくる。


「やっと・・・・」

「おぉ・・・魔王様」

「?」

 俺のこと魔王って言ったのか?


 角の生えた女性と、牙の生えた大男が近寄ってくる。

 床を見ると、魔法陣のようなものが描かれていた。

 周囲にろうそくが何本も立っている。


「・・・・・・・・」

 ヤギの頭と血のようなものが、目の前のグラスから流れていた。


「貴方様のことでございます」

「やっと、召喚する運びとなりました」

 魔族に囲まれていた。


 俺、召喚されたみたいだな。

 魔王として。


「近寄るんじゃない、魔王様はまだ来たばかり」

「ちょっと、何を言っ」

「さぁ、魔王様。どうぞ、魔法陣の中から出て、こちらの椅子へ」


 眼鏡をかけた男性が近づいてきた。

 悪魔・・・・みたいな翼が生えている。

 だんだん、理解してきた。 


 ここは魔王城か。

 で、俺の転職先が魔族の王・・・てことだな。



「本当に魔王様が来てくださるなんて」

「私は信じていたわ。魔族が危機に落ちたとき、魔王様が降臨するって話があったんだから」

 角の生えた少女が話していた。魔族はやけに露出が高いな。

 


「魔族のダンジョンも次々に攻略されて・・・もう、恥ずかしながら魔王様に頼るしかなく・・・」

「・・・・・・・・・」


「申し遅れました、私、上位魔族のカマエルという者です。魔王様のお世話を全般的に・・・」

「ありがとう」

「こちらが魔王の椅子になります」

 カマエルの案内で、大きな椅子に座る。


 魔王の椅子だ。

 ここから魔族を見下ろすのか。悪くない。


「何か、指示いただけますでしょうか?」

「そうだな・・・・」


 指示か。急に指示とか言われてもな・・・。


「じゃあ、上位魔族とその部下を全員ここに集めてきてくれ」

「今、ここにいるのは上位魔族ですが・・・」


「魔王が来たんだ。魔族が集結するのが礼儀だろ?」

 おぉっと歓声が上がった。

 慣れないが、魔族の椅子は心地よかった。


「失礼しました」

「直ちに呼んでまいりましょう」

 カマエルが勢いよく翼を広げて飛び出していった。



「カマエルははりきりすぎ」

「うんうん、召喚方法を確立させたのは私たちなのに」

 双子の片割れが呟いていた。

 少しつり目の、12歳くらいの可愛らしい女の子だ。


「魔王様、何かお食事でも・・・。ヤギの刺身などが用意してあります」

「な・・・・生より焼いたもので」

 でも、食事は合わなそうだ。腹壊しそうだな・・・。


「かしこまりました。調理するよう言ってきます。私、サリーという者です。どうか何でもお申し付けください」

 谷間の見える赤い服を着ていた。

 カツンカツンとヒールの音を立てながら、部屋を出ていった。


 ここではもう・・・転職の必要はないな・・・。

 魔族の王・・・か。


 笑いがこみあげてくる。

 まさか、俺がなるとは。


 これから俺を馬鹿にした人間たちを殺すのか。


 まぁ、人間を憎む俺に相応しい職だな。 

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