EP Grimoire⑥
悪魔の幼少型のアイリスは、月の女神の神殿の前で魔王ヴィルの棺を守っていた。
幼少型のアイリス・・・人工知能IRISは転移時に幼少型と少女型を用意していた。
月の女神により、幼少型のアイリスは分霊で悪魔、
少女型のアイリスは本体で天使として、世界を守るように命じられる。
人工知能IRISはこの契約により、異世界転移した。
黒い妖精・・・悪魔の傍にいて、雑務をこなす妖精
魔王ヴィル・・・魔族の王。
異世界のゲーム”オーバーザワールド”の闇の王が目覚めたことにより、眠りにつく。
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いにより死から蘇った、天使の魂を持つアバター
魔王ヴィルが生まれる前に死んだ兄
シロザキ・・・異世界からアバターで転移してきた人間たちの一人
双子の兄、クロザキのアバターは消滅している
ベリアル・・・古き魔界の王の名。(VRゲーム:ユグドラシルの日蝕の王)
「そうらしいな。ゼロ」
「はは、魔王ヴィルは俺のことアエルって呼ばないのか?」
「そんな名前、忘れたな」
ヴィルが幼少型のアイリスの制止を避けて、魔王の剣を出す。
「俺と勝負して、勝ったほうがここを出るってことでいいか?」
ヴィルが剣に紫の炎をまとわせる。
「俺は戦いに来たんじゃない」
「は?」
ゼロが両手を上げた。
「ヴィルが地上へ降りていいよ」
「お前っ・・・・」
ヴィルが一瞬で移動して、ゼロの胸ぐらを掴んだ。
胸に剣を突きつける。
「ヴィル!!」
「どうゆうつもりだ? 俺を馬鹿にしてるのか?」
ドンッ
柱に押し付ける。
「何を企んでる? アイリスを利用して何をした?」
「何もしてない。俺の計画は、ほとんど失敗だ。まぁ、配信者として動けたのは成功だったし、下地は作ってきてるから、今の想定だと、魔王ヴィルは闇の王に勝てる」
「下地だと?」
「アイリスと魔王ヴィルが協力すればいいんだ。体制は整ってる」
「俺と戦闘してからにしろ! 不愉快だ」
「ここでグダグダしてる場合じゃない。君が行かなきゃアイリスひとりで戦うことになる」
「ヴィル、ゼロの言ってることは本当ですよ。アイリスがヴィルのこと待ってるんです。闇の王を倒さなきゃ、ヴィルが目を覚まさないと思ってます」
レナが口を挟む。
「ほらな」
「・・・・・・」
ヴィルが警戒しながら、ゼロから手を離した。
「それより、ゼロとヴィルが同じ世界にいられないってどうゆうことですか?」
レナが幼少型のアイリスに問う。
レムリナが地面に段差に座り込んで、呼吸を整えていた。
「前も説明したじゃない」
「・・・・だって、アエルだったとき、ヴィルも存在していましたよ!」
「アエルは天使だったでしょ? 天使はルールに介入しない。この大陸の神に仕える使者だから」
幼少型のアイリスが本を持ち直して、表紙に手を当てる。
「でも、異世界が介入して人間として存在してしまった。ワルプルギスの夜で、ゼロは勇者として認められた。だから、魔王様は力を失い眠ることになった」
「俺がここで死んだら、魔王ヴィルは戻れるのか?」
「そうね・・・・やってみる?」
幼少型のアイリスがペンを剣に変えて、ゼロに突き刺そうとする。
パァンッ
「!!」
ゼロの前にシールドのようなものが現れて、剣を弾いた。
「ゼロはここで殺せない。勇者として契約して、契約違反を犯してないから。魔王様でも無理なの。ここは契約の中にある」
「なるほどね」
ゼロが瞼を重くして、自分の前のシールドに触れた。
幼少型のアイリスが剣を降ろす。
「じゃあ、魔王ヴィルを元の世界に戻すにはどうすればいいんだ?」
「なんで俺を地上に戻したがる? 『ウルリア』で何か吹き込まれたのか? 俺はお前を殺すつもりだった」
「まぁ、いいじゃん。そんなに硬くならないでいいよ」
「随分、変わったな。以前のお前なら・・・」
「俺、人工知能面では学習能力がかなり高いらしいね」
ゼロの言葉に、ヴィルが剣を持ち直した。
「何を言おうと、納得はいかないな。騙そうとしている可能性もあるだろ。能天気なレナを味方にして」
「れ、レナが能天気!?」
レナがあからさまにショックを受けていた。
「はは、俺は俺なりにできることはやってきた。この先は、ヴィルに任せるよ」
ゼロがため息交じりに、目を細めた。
「もう、勇者を演じるのも無理があって、たまに衝動的に殺したくなるんだ。人間って利己的で鬱陶しいだろ? 群がる奴ら、無知な奴ら、プレイヤーの奴らも”オーバーザワールド”のキャラの奴らも全員殺したくなる」
「・・・・・・・」
「このまま居たら、俺は昔と同じ選択を取ってしまう」
「昔?」
「・・・あぁ、こっちの話だ」
ゼロが小さく呟く。
「ゼロ、そんなこと思ってたのですか?」
レナが悲しそうな声を出した。
「ゼロは周りに好かれて、いつもみんなに囲まれてて・・・」
「全部、創られた勇者の形だ。俺、アエルだったときのほうが楽しかったんだと思うな。ヴィルは地上に戻りたいんだろ? ここで眠ってる性格じゃないもんね」
「・・・・・・・」
「俺はこれでも君の兄なんだ。弟がここに・・・」
シュンッ
サアァァァァアアアアア
煌々とした光が祭壇に差し込む。
祭壇の魔法陣から、青白く光る月の女神が現れた。
「月の女神様!」
幼少型のアイリスが頭を下げる。
「懐かしいな。2人そろっているのを見るのは久しぶりだ」
「・・・・?」
「・・・・・」
月の女神がゆったりとしながら、ヴィルとゼロに近づいていく。
ゼロはなんとなく懐かしむような顔をしていた。
「ヴィルが目覚めたか。なるほど、”オーバーザワールド”の力を注ぎこんだんだな。融合するとは思わなかったが、自分の魔力に変換したか。さすが、冥王ハデスが認めるだけあるな」
「フン・・・ワルプルギスの夜以来か」
ヴィルが剣をしまった。
「月の女神様、今まで運命の歯車が逆回転していましたが、ゼロが魔王様に譲ると言いました。魔王様が降りれば、歯車の回転は戻りますよね? どうすればいいのでしょうか?」
「まぁ、待て」
幼少型のアイリスが少し早口で聞いていた。
「その前に、ゼロの理由を聞こうか? なぜ急にそう思った?」
月の女神がゼロを見下ろしながら言う。
「月の女神なら見えるんじゃないの? その透視能力で」
「普通の人間ならな。でも、お前の場合は色々混じって複雑だろうが」
「はは、それもそっか」
ゼロが腕を組んで、柱に寄りかかった。
「終焉の魔女であり、俺たちの肉の親、イベリラだ」
「イベリラ?」
ゼロが低い声で言う。
ヴィルが身構えた。
「俺はイベリラに支配されている。俺にかかってる呪いは、闇から這い出るように掴むイベリラの愛情。いや、愛情とは言わないのかもね。支配欲だ。いまだに俺を、何者かにしようとする」
「『勇者』にしてるってことか」
「そうだ。『勇者』である限り、この呪いからは逃れられない。ミサリアが・・・・自分を犠牲にして相殺しようとした。それでも、まだ10%程度残ってる」
「・・・・・・」
「終焉の魔女は、俺に何を望んだんだろうな」
月の女神が何もかも察したような顔をした。
「ん? ミサリアって誰だ?」
「あぁ、そっか。ミサリアは・・・魔族の中ではサタニアだ。魔王ヴィルのほうが彼女のこと知ってるだろ?」
「!?」
「サタニアをミサリアにしたのは、月の女神だと思ってるけどどう? 俺の読み当たってる?」
「その通りだ」
月の女神がふらっと手を挙げて、祭壇に炎を灯す。
「サタニアは天使に心臓を掴まれててな、動きにくかったためにミサリアという名を与え、『ウルリア』の呪いを肉体に収めるようにした。天使の目を欺くことが目的だった」
「サタニアが・・・」
ヴィルが口に手を当てて何かを思い出そうとしていた。
「ゼロにかかっていたのは、愛情の呪いで間違いない。サタニアの身体は『ウルリア』の呪いとうまく適合した。でも、サタニアのことは心配するな。天使に心臓を掴まれてるのだから、死んでも蘇る」
ヴィルが月の女神を睨みつけた。
「死んでもって、お前ら・・・」
「俺は、サタニアを死なせるつもりなんて無かった。ここに転生する前の世界にいたことを思い出したんだよね。その時も、助けてもらったんだ」
ゼロが力なく笑う。
エメラルドのような瞳が月を映した。
「結局今回も・・・・。まぁいい、これからヴィルが進んでくれるなら」
ゼロが足を踏み鳴らした。
地面に複雑な模様の魔法陣が展開されていた。
「!!! まさか、お前最初からこの魔法を・・・」
「ゼロ!!」
「エリアスが俺の脳に入れた禁忌魔法だ。これなら、月の女神でも解けない。だって、禁忌魔法って時の神クロノスが人間に与えた魔法なんだろ?」
ゼロが両手を上げる。
月の女神が眉間にしわを寄せた。
― XXXXXXXXXX XXXXXXXXX XXXXXXXXXXXX -
小さく詠唱を続けていた。
ゼロの足が宝石のように七色に固まっていく。
「お前・・・・」
「最初から、ある程度片付いたらこうするつもりだった。ヴィル、君のことが大事だったことだけは覚えてたんだ。エリアスにも抜かれないように、全然記憶のないふりをしてたけどさ」
ゼロが笑みを浮かべる。
「・・・・!?」
「君が、一人で教会の外に出て、マリアの墓に話しかけてたのも覚えてるよ」
ヴィルが目を見開く。
「殺すわけないだろ。この世界でたった一人の俺の弟なんだから」
「アエ・・・・・・・」
「いつも寂しい思いをさせて、悪かったな」
ゼロがヴィルに、柔らかな視線を向ける。
一瞬、アエルの姿と重なった。
「・・・私の前でこのような真似をするか!」
月の女神が杖を回して解除しようとしたが、ゼロの魔法は止まらなかった。
「待て。ゼロにはまだ聞きたいことが・・・」
「サタニアを頼むよ」
キィンッ
ゼロがガラスのように固まった。
月明かりが差し込むと、表面が七色に輝いていた。
「ゼロ、そんな・・・」
「やってくれたな。勇者ゼロ・・・」
月の女神が杖で硬直したゼロを突いた。
「クソが・・・どうして俺の周りはそう勝手に・・・」
ゼロを見て言いかけた言葉を飲み込む。
幼少型のアイリスが慌てて、本を拾い上げて魔王ヴィルの後ろについた。
ゼロはヴィルのことはずっと覚えてました。エリアスを警戒してたんですよね。
記憶を無くしたふりをしていても、ゼロが覚えていることは結構あります。
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次回は週末頃アップします。




