EP Grimoire⑤
悪魔の幼少型のアイリスは、月の女神の神殿の前で魔王ヴィルの棺を守っていた。
幼少型のアイリス・・・人工知能IRISは転移時に幼少型と少女型を用意していた。
月の女神により、幼少型のアイリスは分霊で悪魔、
少女型のアイリスは本体で天使として、世界を守るように命じられる。
人工知能IRISはこの契約により、異世界転移した。
黒い妖精・・・悪魔の傍にいて、雑務をこなす妖精
魔王ヴィル・・・魔族の王。
異世界のゲーム”オーバーザワールド”の闇の王が目覚めたことにより、眠りにつく。
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いにより死から蘇った、天使の魂を持つアバター
魔王ヴィルが生まれる前に死んだ兄
シロザキ・・・異世界からアバターで転移してきた人間たちの一人
双子の兄、クロザキのアバターは消滅している
ベリアル・・・古き魔界の王の名。(VRゲーム:ユグドラシルの日蝕の王)
風が吹き、木々が揺れる。
月の神殿を流れる水がさらさらと音を立てていた。
幼少型のアイリスが魔王ヴィルの棺の前に座って、本にペンを走らせている。
『悪魔様』
黒い妖精が幼少型のアイリスに近づく。
『来客です』
『珍しいですね。ここに来れるなんて』
「ここは一度来たことがある者、もしくは悪魔が許可した者しか探せない場所にある。想定外の、前者みたいね」
『そのようです』
黒い妖精が幼少型のアイリスの肩に乗った。
「ヴィルはここにいるのですね?」
「私の想定では、ここにはゼロが来ると思ってたんだけど?」
幼少型のアイリスが顔を上げる。
「レナ、あとそっちは・・・」
レナとレムリナが幼少型のアイリスの前に立った。
「天界の姫・・・レムリナです」
レムリナが透き通るような瞳を、幼少型のアイリスに向けた。
幼少型のアイリスが瞼を重くする。
「貴女のせいで、魔王様は眠り、闇の王が現れた。よく、兄を闇の王の器にできるわ。悪魔より悪魔らしい、天界の姫。よく悪魔である私の前に現れたのね」
「お兄ちゃんを失いたくなかったから仕方なかったんです!」
レムリナが悲痛な声を上げる。
「自分を助けようとした実の兄を、闇の王の依り代にするなんて」
「お兄ちゃんの魂を留めるにはこの方法しかなかった。使いたくなくてずっと黙ってたけど・・・あの場は私が動かなきゃいけなかった。体がそうゆうふうにできてる」
レムリナが胸に手を強く押し当てながら言う。
「貴女も”オーバーザワールド”のキャラだもの。運命に逆らえなかったってことね」
「・・・・・・」
「もし、”オーバーザワールド”の者じゃなければ、私が殺しにいってた。もしくは、聖女アイリスがね」
「でも、お兄ちゃんなら戻ってこれるような気がしてるんです。闇の王には、まだお兄ちゃんの部分が残ってる。ミナス=ジェラスの部分が残ってる」
「私は悪魔だから、そうゆう理想論で物事を話すのは嫌い」
幼少型のアイリスが睨みつける。
「早く出て行って。ここは敷かれたレールを走るだけの者が入ってくる場所じゃない」
「っ・・・・」
「すとーっぷです」
レナが幼少型のアイリスとレムリナの間に入る。
「レナは喧嘩しにここに来たわけではないのです」
『悪魔様、悪魔様』
『どうして、2人はここに来れたのですか?』
黒い妖精がふわっと飛んで、幼少型のアイリスの横についた。
「レナは悠久の時を生きるエルフ族、本当は何でも知ってるのよ。そうでしょう?」
幼少型のアイリスが本を閉じて、ピンクの髪を後ろにやった。
「へ・・・?」
「私、レナが昔の勇者一行の回復係として、旅に出ているところ、見たことがあるの。今から500年くらい前のことだったかな? 時間軸は曖昧だけど、確かに勇者の傍にいたのはレナだった」
「そうでした。アイリスは時空を彷徨ってたんですもんね。どこかで会っててもおかしくないです」
「魔王様の前では、何も知らないふりをしていたのね」
「違いますよ! レナは覚えていなかったんです。エルフ族は遠い過去は断片的な記憶しかないですよ。だから本に書いたりして記憶を留めるのですが、レナはさぼってたので、わからないのです。仲間が生きていたら聞けたのですけどね」
レナが神殿を見つめる。
「でも、ここ、月の女神の神殿は誰かと行った覚えがあります。誰かは思い出せないのですが・・・懐かしいですね」
「来る方法がわからないなら、どうやってここに来れたの?」
「レムリナから貰った、記憶のペンデュラムがここを指していたので。なんとか行き方を思い出すことができました」
「月の女神に捧げる、舞ね・・・」
「はい」
レナが首にかけていた、水晶のペンデュラムを見せる。
魔力が虹色に反射していた。
「まぁ、いいけど」
幼少型のアイリスが魔王ヴィルの棺に目を向ける。
「魔王様は目覚めないわ。ただ、見学に来ただけなら帰って。”オーバーザワールド”だって、闇の王復活で荒れてるんでしょ?」
「そうですね」
レムリナが前に出た。
「私はジェラス王・・・お兄ちゃんを助けたいのでここに来ました。レナから色々聞きました。だから・・・この手が効くはずです。使います」
「?」
手を組んで、その場にひざまずく。
― 天界の姫が承諾する。
光の王、ジェラスに宿りし、闇の力、
魔王ヴィルに与え蘇ろ。彼は日を喰らう闇である―
「・・・・!?」
幼少型のアイリスが棺の前に本を置く。
しゅううぅううう
「どうして魔王様のことを・・・魔王様!!」
魔王ヴィルに、レムリナの身体から溢れる闇が集まっていった。
「っはぁ、はぁ・・・」
「レムリナ!」
「大丈夫・・・一気に解放したから、反動が来ただけです」
レムリナが倒れそうになり、レナに抱えられる。
「何をしたの?」
「残しておいた力・・・私だってストーリーに流されるだけのキャラじゃない」
レナの手を借りて、体勢を整えながら言う。
「闇の王の全て、を、お兄ちゃんに降ろしてない力。闇の王を騙すため、3分の1の闇の魔力だけ私の体内に収めたままにしていました。今まで抑え込んでいただけです」
「!!」
「闇の王は完全じゃないから、必ず私を探しに来ます。きっと、もう魔族を使って探し回っているはず」
「そんなことできるはずは・・・」
「私は天界の姫だから、できるのです。”オーバーザワールド”のキーとなる存在だから。あとは・・・ヴィル様が闇の王を抑えてくれれば・・・私とお兄ちゃんの勝ちです」
レムリナが苦しそうにしながら、口角を上げる。
幼少型のアイリスがはっとして、棺を覗き込んだ。
「ヴィルなら、この闇の力も使いこなせると思ったのです」
魔王ヴィルがゆっくりと起き上がる。
「誰だ? 俺を目覚めさせたのは・・・」
「魔王様!!」
幼少型のアイリスが目を潤ませて魔王ヴィルを見上げた。
『ま・・・・魔王様・・・が、目覚めるなんて』
『悪魔様、大丈夫ですか?』
黒い妖精たちが動揺しながら、ヴィルの周りを飛び回る。
「魔王ヴィル様はレナの話していた通りの方ですね。”オーバーザワールド”の闇の力で目覚めるなんて・・・さすが魔族の王です」
「ヴィル、ヴィルが眠ってる間、大変だったのですよ」
「・・・・・・・・・・」
「色々あったんですから。急に眠った理由は覚えてま・・・ってレナの話、聞いてますか?」
レナが少し怒ったような口調で話す。
「体は戻ったけど、完全じゃないようだ」
ヴィルの魔力は練りにくく、安定していなかった。
「目覚めたばかりなので当然ですね」
「長い夢を見ていた・・・ここは、月の女神の神殿? テラを思い出すから、居心地が悪い」
「ヴィル様、お願いです。お兄ちゃんを・・・ジェラス王を助けてください」
「?」
レムリナがヴィルの前で祈るようにひざまずいた。
「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなっちゃう前に・・・今なら、きっと間に合うんです。私が囮になりますから・・・その間に闇の王を倒して、ジェラス王を解放してください・・・」
「お前のことは知らんが、この世界に魔王は俺一人で十分だ」
「駄目!」
棺から出て、歩き出そうとするヴィルを幼少型のアイリスが止めた。
「行かないでください。この神殿から出てはいけません。魔王様」
「なぜだ? 確かに本調子ではないが・・・」
「ありえないことなのです。魂の法則に反する。ベリアル様の肉体は、この世界に一人しか降りられないようになっていて、今は・・・」
『悪魔様、あれ・・・』
黒い妖精が幼少型のアイリスに声をかける。
タンッ・・・
「俺がいる限り、ヴィルはここを出られないってことだろ?」
「!?」
「勇者ゼロ・・・」
ゼロが神殿の階段を上ってくる。
エメラルドのような瞳が真っすぐ、ヴィルを捉えた。
風が吹いて、棺の前に置いてあった本がぱらぱらと捲れていく。
レナは悠久の時を生きるエルフ族。巫女として旅をしたこともありました。
でも、大昔の記憶はありません。他のエルフ族なら覚えていたかもしれないのですね。
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次回は来週アップします。是非また見に来てください!