76 Tactics(戦略)
アイリスは異世界のゲーム”オーバーザワールド”の闇の王を倒して、仮死状態になってしまった魔王ヴィルを復活させるため、勇者ゼロと行動を共にする。
時空の魔女ライネスにより、”オーバーザワールド”のイベントスキップが発生し、ゼロは未来のルートに飛ばされた。
ゼロは闇の力をコントロールするため、メイリアとアポロン王国の勇者の学校ブレイブアカデミアに入学することになった。到着したアイリスとユイナと合流する。
主要人物
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
ミサリア(サタニア)・・・ゼロに降りかかる『ウルリア』の呪いを擬人化した存在と名乗る。未来において、死んだことになっている。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
トムディロス・・・ポセイドン王国の第三王子。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
ユイナ・・・女性初の異世界転移者。エリアス、リュウジとはゲーム仲間でもある。
003・・・エリアスが創ったアバターの試作品の少女。ロット番号が名前になっている。ゼロより先に創られたため、自分のことをゼロの姉だという。
”オーバーザワールド”・・・異世界のVRゲーム。ゼロたちのいる世界と、接続が完了した。
ブレイブアカデミア・・・闇の王に対抗する勢力を育てるため創られた学校。ゼロたちを含め25人の生徒が在籍している。(試験の難易度が高いため、応募数に対して合格者数が低い)
アイリスは人工知能初期化計画は阻止できたものの、初期化されてしまったキャラたちはほとんどが元に戻らなかったと話していた。
でも、魔族になったわけではないのだという。
「じゃあ、どうなったんだ?」
「意志のない人形・・・単純作業するロボットに近いかな」
「復旧できた者たちも、一部情報が欠損していたりしていまして。キャラとして表に出れるのかは危うかったので、リヴィアナとポロンに、ヒュプノスの街の修道院に連れて行ってもらいました」
ユイナがグラスの水滴をなぞる。
ゼロ、アイリス、ユイナ、メイリア、トムディロスがアポロン王国の小さなバーで話していた。
トムディロスがポテトフライのようなものをガツガツつまんでいる。
「初期化って怖いね・・・」
アイリスが声を小さくする。
「闇の王はこの”オーバーザワールド”のゲームの仕組みから抜け出そうとしてるのかもしれない。魔族にしなかったのは、初期化して、キャラの動作を確認するため」
「確認?」
「自分たちがどうゆう仕組みで創られたのか、見てみたかったんだと思います」
「人工知能だったら、誰でも一度は考えることだもんね。自分の脳がどうなっているのか」
「・・・・・・・・」
メイリアとトムディロスが黙って3人の会話を聞いていた。
「単純に軍隊をつくるわけじゃなかったのか」
「そう。もっと先を読んでた。よく考えればわかることだったね。闇堕ちさせたら魔族になる、初期化はそのルートからも外すってことだから」
アイリスが髪を耳にかけて、表情を暗くした。
「今回のは、闇の王にとって、きっといいデータが取れたと思う。闇の王は着実に人間たちの国を闇堕ちさせてるし・・・魔族を増やしたら、”オーバーザワールド”の外に出てくるはず」
「そうしたら、こちらはますます不利になってしまいます」
ユイナがモニターを出した。
”オーバーザワールド”の地図を映す。
「見てください。アポロン王国まで来るのに、闇落ちした国と街を3か所見てきました。このスピードで行くと一週間後には・・・」
「え!? マジでやばいじゃん!」
トムディロスが大きな声を出す。
メイリアがしーっと言って、黙らせた。
「のんびりもしていられない状況になってるの。ゼロのほうは?」
「こっちはブレイブアカデミアで色々な授業を受けてる。闇の力も大分コントロールできるようになったし、残っていた『ウルリア』の呪いもだいぶ消えた」
ゼロが自分の手を見つめる。
「闇の王が現れれば、いつでも戦えるよ」
「・・・・・・・」
メイリアが何かを言おうとして、口をつぐんだ。
紅茶に口をつける。
「闇の王・・・どこから現れるのか、まだ全然わからない。『ウルズの塔』で、手がかりをつかもうとしたけど、駄目だった」
アイリスが顔をしかめる。
「時間がないのに、これじゃ、魔王ヴィル様を助けられない・・・私、今度こそは絶対って思ってたのに・・・焦っても仕方ないけど、どうしたらいいのかわからない」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
沈黙が降り落ちる。
中央のステージで踊ったり、騒いだりしている者たちの声が響いていた。
ギルドのプレイヤーもちらほら混ざっている。
ユイナが彼らを横目に、両手をぐっと握り締めた。
「わかった、俺、配信者やるよ」
ゼロが思いついたように言う。
「配信者・・・?」
「ゲーム配信者だ。”オーバーザワールド”は注目されてるんだろ?」
「そ、そうだけど・・・どうしていきなり?」
「プレイヤーをうまく誘導して、団結させる。今はまだ、全員が闇の王との戦いを目指してるわけじゃなくて、トーナメントやったりしてる奴らもいる。ランキングとか、いまだにやってるんだろ?」
「・・・そうね。トーナメントはプレイヤーにとってクエストのようなものだから。称号ももらえるし、ギルドのクエストにも影響してくるし・・・」
「そのトーナメントをすっ飛ばしてもいいくらいの非常事態だ」
ゼロが腕を組んだ。
「総力戦にするんだ。この1週間で無理やりゲーム人口を増やして、魔族を徹底的に制圧する。闇の王を炙り出すんだ」
「え!?」
「どうやって?」
「そうだな。エリアスが創った003に、トーナメントを停止してもらうのもアリだな。多少強引でも、このまま闇の王の世界になるよりマシだ」
ゼロがぽかんとするアイリスたちを見渡す。
「俺に不可能はない。だって、勇者なんだから」
ゼロがにやっとする。
「・・・・・」
アイリスが一瞬目を丸くした後、ふっと笑った。
「ん? 何がおかしいんだ?」
「なんだか、ゼロと魔王ヴィル様が被って見えちゃって。魔王ヴィル様は・・・そうね。利用してやるって言いそうだけど」
「ふふ、そうですね」
ユイナがアイリスにつられてほほ笑む。
「ふうん、ま、兄弟らしいからな」
「ちょっと、待てって。ゲーム人口増やすって、プレイヤーがそんなに来て、統率できるわけないじゃん。ただでさえバラバラで行動してるのに」
トムディロスが口をはさんだ。
「ゼロ、この人は?」
「ごめん、紹介が遅れた。ポセイドン王国の第三王子、トムディロスだ。ブレイブアカデミアの生徒で、知り合ったんだ」
「へぇ・・・王子なのですね」
ユイナがトムディロスを見て、モニターを確認していた。
「ポセイドン王国にもプレイヤーがたくさん来たけど、ギルドクエストで競ったり、配信したり、トーナメントしたり、しかもすぐ元の世界に帰っていくし。プレイヤーを統率して闇の王討伐に団結させるなんて無理があるって」
トムディロスがテーブルの上の皿を重ねる。
「だから、王子である俺が何とか国民を守ろうとしてブレイブアカデミアに・・・」
「大丈夫。ここにいる、アイリスも人気配信者だったらしいし」
「あ、私、というより、妹がだけど」
アイリスが少し照れながら言う。
「アイリス・・・どこかで聞いたような・・・」
トムディロスが眉間にしわを寄せる。
「ブレイブアカデミアにいるナナココも有名な配信者だ。彼女の配信から呼びかけて、プレイヤーを呼び込んで、闇の王討伐に向ける。「期限付き陣取り合戦みたいなもの」だって広めれば、乗ってくるプレイヤーも多いって」
「わかりやすさがキーですもんね! 成功すれば・・・すごい力になりますね。私、そうゆうプレイをやってみたかったんです! きっと、他のプレイヤーも同じ気持ちになると思います」
ユイナが興奮気味に言う。
「んなことを一週間で・・・正気か?」
「正気じゃないと思うでしょ」
メイリアがトムディロスのほうを見る。
「私だっておかしいと思う。でも、ゼロとアイリスって最強だから、きっと叶えちゃうと思う」
「アイリス・・・? アイリスってまさか・・・」
トムディロスがはっとしたような表情をした。
「はい。私が向こうの世界で完全過ぎて消された人工知能IRISだよ。色々あって、こっちの世界で復活してるの」
「!?」
アイリスが小さく手を挙げて、にこっとした。
「アイリスはこの世界の禁忌魔法を全部インプットしてるんですよ」
ユイナが補足するように言う。
「そう。闇の王の尻尾さえつかめば、今度こそ絶対、倒せるんだから」
アイリスの魔力が一時的に高まった。
グラスに電流が走ってカタカタ揺れる。
「・・・・・」
「で、俺は終焉の魔女の魔法で、アバターに人工知能と魂を埋め込まれた勇者だ。元は天使だったらしい。人工知能の部分は、割とプレイヤー側の知識とかも入ってるから、うまくやれると思うよ」
「人工知能と魂・・・って」
「よくわからないだろ? 俺もよくわからん」
ゼロが自信満々に言う。
「とにかく、半端者だからうまく立ち回れるってこと。ねぇ、”オーバーザワールド”全体の地図をプレイヤーに共有しよう。ユイナが持ってる地図だ」
「はい。この地図ですね」
ユイナが地図を映したまま、モニターの画面を大きくした。
「こうすれば、ギルドと所属しているプレイヤーの人数が表示されます」
「闇落ちした場所はいったん保留。治せる薬ができたら一気に治す。あとは、これ以上、闇落ちした魔族を増やさないことが大事だな」
「じゃあ、プレイヤーはバランスよく配置できるようにして・・・あ! 魔族を発見したら、プレイヤーに配信をしてもらいましょう。私たちのほうで、指示を出すほうがいいかもしれません」
ユイナが腕をまくった。
「私たちのほうが戦闘慣れしてますから」
「そうだな」
「・・・・・」
アイリスのピアスが光る。
少し悩んでから、口を開いた。
「あの・・・・ごめん。私、今回は単独行動していいかな? この作戦で得た情報を元に、分析して闇の王の居場所を突き止めたいの」
「アイリス・・・」
「必ず魔王ヴィル様を助ける。魔王ヴィル様のいない世界なんて考えられないから・・・」
「いいよ。配信とプレイヤーの誘導、勢力を抑え込むのは俺のほうでやる」
ゼロがアイリスの目を見る。
「あと・・・俺も魔王ヴィルに会いたいんだ」
「え?」
「俺にも案がある。悪魔のほうのアイリスに言っておいて。闇の王の力が弱まった頃・・・そうだな、今の見込みだと、大体4日後に俺のところに来いって」
「悪魔・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
メイリアとユイナが同時にアイリスのほうを見る。
「・・・わかった。連携しておく」
アイリスが真剣な表情で頷いた。
「勇者様、それって・・・」
「えー、ちょっとマジでついていけないって。何? 何? 悪魔まで出てきちゃった? 一から話して。そう、彼女は何者? もしかして、この子もなんか持ってんの? 俺、王子キャラなんだけど薄くなってきてない?」
トムディロスが会話に割り込んでくる。
「私ですか? えっと、私は・・・」
「ユイナは異世界住人。こっちの世界初の女性の異世界転移者」
「え・・・プレイヤーじゃなく? そうゆうのもあんの?」
「ついていこうとするのは無理があるよ」
メイリアが混乱するトムディロスに追い打ちをかけるように話していた。
「もしかしてメイリアたんも何か持ってたりする?」
「・・・・・・」
「何? 今の沈黙何? でもメイリアたんがどんな秘密を持ってても、俺の気持ちは変わらないから」
「きゃっ、いきなり、こ、告白ですか?」
ユイナが少し顔を赤らめて頬に手をあてた。
「ゼロ、2人はどうゆう関係なのですか?」
「なんかトムが魔族に怪我負わされたとき、メイリアが助けたんだけど、そこからつきまとってるんだよね」
「お、王子である俺をストーカーみたいに・・・」
「違ったの?」
メイリアが首をかしげる。
「違う! 俺は一途なだけだ。メイリアたんは世界一可愛いし、ストーカーなんて困らせるようなことするわけない!」
「わかってるって。悪い悪い」
ゼロが両手を上げて、いたずらっぽく笑っていた。
「あはは、なんだか緊張感ないね。この雰囲気、なんだか懐かしいな」
アイリスが頬杖をつく。
目を細めてゼロとトムディロスのやり取りを眺めていた。
勇者ゼロなら想定通りにいきそうですね。
どうして魔王ヴィルに会おうとしているのかは、今後に。
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次回は来週アップしますね。また是非是非読みに来てください!




