74 Erosion(浸食)
アイリスは異世界のゲーム”オーバーザワールド”の闇の王を倒して、仮死状態になってしまった魔王ヴィルを復活させるため、勇者ゼロと行動を共にする。
時空の魔女ライネスにより、”オーバーザワールド”のイベントスキップが発生し、ゼロは未来のルートに飛ばされた。
未来のルートで、ゼロは闇の力をコントロールするため、メイリアとアポロン王国の勇者の学校ブレイブアカデミアに入学することになり・・・。
主要人物
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
ミサリア(サタニア)・・・ゼロに降りかかる『ウルリア』の呪いを擬人化した存在と名乗る。未来において、死んだことになっている。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
ナナココ・・・異世界のゲーム配信者。登録者数が常に10位以内に入っている。
レイシア・・・ゼロが現れるまで首席だった女剣士。
カゲトラ・・・ブレイブアカデミア、剣技の先生。
”オーバーザワールド”・・・異世界のVRゲーム。ゼロたちのいる世界と、接続が完了した。
ブレイブアカデミア・・・闇の王に対抗する勢力を育てるため創られた学校。ゼロたちを含め25人の生徒が在籍している。(試験の難易度が高いため、応募数に対して合格者数が低い)
「ゼロもナナココの配信出てくれない? 盛り上がるんだけど」
ゼロが中庭のテラスで本を読んでいると、ナナココが話しかけてきた。
「今はダメかな」
「勇者様はそうゆう目立ちそうなの好きじゃないですか」
「ほら、俺が目立ちすぎてしまったら大変だろ? ブレイブアカデミアにプレイヤーが押し寄せてきたら、収拾がつかなくなる。俺かっこいいからさ」
「・・・・・・」
メイリアが呆れたように、錬金術の本をめくる。
蝶が花と花の間を行き来していた。
「ゼロって意外とナルシスト?」
「今気づいたの?」
「だって、なんかクールなイメージだったから・・・」
ナナココとメイリアがこそこそ話していた。
「うあー」
突然、ゼロの前の席に大柄な少年が座った。
「どうした?」
「ゼロ、呪術の授業のノート見せて」
「いいけど。俺、何も書いてないよ」
ゼロがモニターを出して、まっさらなノートを広げた。
「ほら・・・」
「マジで? それで、あんな優秀な成績なの?」
「俺の脳は色々インストールされてるんだよ。呪術も入ってる」
こめかみを押さえながら言う。
「ん・・・・」
「な・・・何?」
ナナココがじっと少年を見つめて、はっとする。
「あ! 君はもしかしてポセイドン王国の第3王子トムディロス? なんでここに・・・」
「王子!?」
「しーっ、声がでかいって」
トムディロスが口に指をあてた。
「成績最下位をキープしてるってバレたら、兄上に殺されそうだ」
頬杖を突きながら、キャンディーを一つ舐めていた。
「なんでここにいるのかって? まぁ、これでも国民を守りたいと思って来たんだ。俺に力があれば、闇から国民を守れるだろ」
「意外とまっとうな理由・・・」
「失礼だな。といっても、まぁ、俺弱いし、そう思われても仕方ないか」
「でも、2次試験突破したんだろ?」
「適当に剣振り回したら、かつてないような一撃を出せたんだよ。まぐれだったんだよなぁ」
トムディロスがため息をつく。
ナナココが配信したくてうずうずしているのを、メイリアが止めていた。
「そもそも、俺、そんな魔力ないし。頭が切れるわけでもないし」
トムディロスが頭を搔く。
「あーあ、ゼロに代わりたいよ。すごいよね。俺もゼロみたいに脱力系無双キャラだったらよかったのにな」
「俺、別に脱力してないって」
「ねぇ、ポセイドン王国は闇の王への手がかりって掴んでないの?」
「たぶん、どこの国もまだ掴めてないよ」
太った体を丸くする。
「余裕がないんだ。ぶっちゃけ、ジェラス王が闇の王に乗っ取られた時点でパニック状態だ。闇に堕ちた国も出てきてるし、侵略してきた魔族を捕らえて、拷問でもしないと無理でしょ」
「なるほど」
ゼロが前のめりになる。
「拷問か。次あったら、試しにやってみるのもいいな」
「拷問なら私も一通りできますよ」
メイリアが冷静な口調で話した。
「えっ、ナナココ、グロは苦手なんだけど」
ナナココがぎょっとした顔をする。
「本当になんでもできるんだな。君たちって」
「ねぇねぇ、トムディロスもナナココの配信出てくれない? このゲームのプレイヤーも見てるし、外の人間も見てるよ。メイリアも出演NGだし、一緒に撮ってくれる人いないんだよね」
「それやったら、モテたりする?」
「するする!! ポセイドン王国の王子がブレイブアカデミアにいるなんて、誰も知らないと思うし、みんな注目するよ」
ナナココが目を輝かせて頷いていた。
「拷問なんて、ブレイブアカデミアの生徒が言うような言葉じゃないな」
ガタン
カゲトラ先生が、椅子を引いて横に座った。
トムディロスが飴をのどに詰まらせそうになっている。
ナナココが残念そうにモニターを閉じた。
「勇者はいついかなる時も民の英雄でなければいけないからな」
「はいはい」
ゼロが軽く受け流す。
「授業は真面目にこなしてるようじゃないか」
「まぁね。なかなか面白いんだ。学校って、エリアスの話でしか聞いたことなかったから」
「エリアス?」
「あ、”オーバーザワールド”の者は知らなくていいよ」
「ん?」
「”オーバーザワールド”の者に言うと混乱するからいいって意味です」
メイリアが怪訝そうなカゲトラを、なだめるように口をはさんだ。
「まぁいい。お前の企みは知らんが、何かしようとすれば、すぐ尻尾を捕まえてやるからな」
「物騒だな。こっちはキラキラ青春学園生活を満喫しようとしてるのに」
「キラキラ青春学園生活って・・・」
メイリアが額に手を当てて、吹き出しそうになっていた。
「俺は真面目だ」
「勇者様の口から、そのような言葉が出てくると思わなくて」
メイリアがくすくす笑っていた。
「現実の学校なんてブレイブアカデミアみたいな、楽しいものじゃない。現実は、クラスに一人はいじめっ子がいるし、標的にされたら面倒だし。大人は話も聞かない。常に人の顔色見なきゃいけない、息苦しい世界だから」
ナナココがぼそぼそと話す。
「ナナココ、学校行ってたの?」
「もちろん・・・プレイヤーだし、向こうの世界では学生だよ」
「プレイヤーがよく1次試験突破できたね」
「ナナココ、頭の回転は人工知能並みにいいから」
ナナココが胸に手を当てて、鼻を高くしていた。
「呑気なものだな。闇の王が復活してから、こっちはかなりの緊張感が」
「うわぁぁぁぁあああ!!」
ドン
突然、トムディロスが椅子から転げ落ちた。
「い、いきなり、どうしたの?」
「あれ。あれ!!」
トムディロスが指さす先に、全身真っ赤に染まった魔族の少女が立っていた。
大きな目と縦長の瞳孔で、首をかしげながらこちらを見る。
ドラゴンのような尻尾が揺れていた。
「!?」
カゲトラとゼロが同時に剣を出す。
メイリアがナナココとトムディロスの前に立った。
「闇の使いか。どこから入ってきた?」
「せっかくだから拷問して情報貰う?」
「ったく、このガキは・・・」
カゲトラが距離を詰めようとした瞬間、2人の生徒が前に出て止めた。
「待ってください!」
「あれは、ブレイブアカデミアの生徒のアイナです!」
青年が叫ぶように言う。
パリンッ
『キャハハハハハハハハ』
女魔族の尻尾が廊下の窓ガラスを割った。
牙を見せて笑う。
「は?」
「昨日、故郷のミジナ村に行って帰って来た時は、普通だったんですけど、急に・・・」
「っ・・・・・馬鹿な・・・」
「もしかしたら人間に戻る手段があるかもしれないので、どうか殺さないでください!」
「・・・・・アイナ・・・・」
カゲトラが動揺しながら、剣を握り直す。
シャアアアア
女魔族が双剣を持って飛び掛かってきた。
― 花光の盾 ―
「ごたごたした話は後だ! こいつがどんな力を持ってるのか知らんが、お前ら、下手すると魔族になるんだろ?」
ゼロが巨大なシールドを展開して、攻撃を止めた。
カゲトラが舌打ちする。
ザッ
「加勢する。奴はどこから来た? 魔族は他にもいるのか?」
「たぶん、こいつだけだ」
レイシアが駆け寄ってきた。
「こいつ、アイナってブレイブアカデミアの生徒なんだって。どうする、おっさん。殺して問題ないでしょ?」
ゼロがシールドに魔力を注ぎながら言う。
「ま・・・まさか、アイナが? そんな・・・」
「早く決めてくれなきゃ、次の手が来るよ」
レイシアの表情が引きつっていった。
「あ・・・・・・あのときと、同じだ・・・」
剣を持ったまま、額に汗をにじませる。
足を引き摺るようにして、一歩下がった。
『きゃはははは、みんな死んじゃえ』
女魔族が高笑いしながら、双剣を宙に浮かべた。
大きく腕を前に伸ばす。
双剣がくるくる回りながら、ゼロのシールドとは反対のほうから向かってきた。
「!?」
「どいてろ」
カゲトラが地面を蹴る。
― 妖刀 斬 ―
ドンッ
カラン カラン
『!!!!』
カゲトラの剣が紫の閃光を放ちながら、女魔族の胸を貫いた。
動きが止まり、黒くなった双剣が落ちる。
カゲトラが強く目を瞑った。
「アイナー!!!」
生徒の一人が叫ぶ。
ゼロがシールドを解いて、レイシアのほうを見た。
「大丈夫か?」
「・・・・・・」
レイシアが顔をゆがめて、震えていた。
「無理するな。そこで休んでろ」
落としそうになったレイシアの剣を、ゼロがキャッチする。
「悪い・・・」
「いいって」
ふらつくレイシアを、椅子に座らせた。
「ぐっ」
刃先を掠めたトムディロスが腕を押さえて座り込む。
魔族の持っていた双剣には猛毒が含まれていた。
「うわぁ、やばいやばい。これ・・・死ぬ、つか魔族になるかも。うわあぁ」
「落ち着いて。早く、解毒を!」
メイリアがポケットから聖水を出して、トムディロスの腕にかけた。
「痛い痛い・・・」
「我慢して!」
腕から煙のようにして毒が抜けていく。
カゲトラがしゃがんで、トムディロスの傷口を確認していた。
「あ・・・あぁ・・・アイナ・・・」
『キャハハハ・・・・・』
青年が消えていく女魔族を見ながら呟いた。
女魔族は、最期まで瞳孔を見開き、高笑いしながら消えていった。
アイナは可愛らしい小さな女魔導士で、みんなから好かれる愛されキャラでした。
魔族になってしまいましたね。
他に魔族になる者がいなければいいのですが・・・。
★やブクマで応援いただけると嬉しいです。
次回は来週アップします。また是非読みに来てください!




