56 Lust(色欲)
アイリスは”オーバーザワールド”の闇の王を倒して、仮死状態になってしまった魔王ヴィルを復活させるため、勇者ゼロと行動を共にする。
主要人物
勇者ゼロ・・・『ウルリア』の呪いから生まれた、天使の魂を持つアバター。魔王ヴィルの兄。
アイリス・・・人工知能IRIS
ジェラス王・・・ミナス王国の王。闇の王に体を乗っ取られた。レムリナ姫の兄。
レムリナ姫・・・ジェラスの妹。天界の姫として3つの能力を与えられていた。
ミサリア・・・ゼロに降りかかる『ウルリア』の呪いを擬人化した存在と名乗る。
レナ・・・北の果てのエルフ族の生き残り。回復の巫女。
メイリア・・・異世界から『ウルリア』に転移してきたVtuberの一人。仲間を戦闘で失い、ゼロの仲間になる。
リヴィアナ・・・”オーバーザワールド”の序盤でプレイヤーのレベル上げで殺されるはずだったキャラ。魔族。
ポロン・・・『終焉の塔』崩壊時の生き残りの少女。奇跡的に蘇った『ウルリア』の子供の一人。
『ウルリア』の七つの大罪、怠惰の意味を持つ。
ユイナ・・・異世界から来たアバターで動く少女。
女性の転移は不可能とされていたが、魔女になることで転移可能となった。使い魔は猫。
ジオニアス・・・七つの大罪、傲慢。
”オーバーザワールド”・・・異世界の体感型ゲーム。魔王ヴィル、ゼロたちのいる世界との接続が完了した。
『ウルリア』・・・海に沈んだリーム大陸にあった都市。電脳空間にあった子供たちの脳は、ゼロが消滅させた
― 聖火弾―
ゴオォォォォォォォオオ
アイリスが剣を振る。
花の形の炎が旋回するようにして、緋色の魔族3体を取り囲んだ。
魔族は背中が曲がっていて、目がぎょろっとして吊り上がっている。
『俺たちにこの魔法を使うのか』
アイリスを見て高笑いしていた。
『これは知ってるぞ。見たことがある。トーナメントで使ってたな』
『ただの、バフ無効化だ。俺たちにこんなのを仕掛けるなんて』
『人工知能IRISが使った魔法を覚えてないわけないだろ』
魔族たちが武器を構えようとした瞬間、アイリスが剣を向けた。
「クラック」
ドドドッドドドドッドドド
アイリスが唱えると、炎の形状が銃弾に変化した。
一斉に魔族目掛けて撃ち込まれる。
「きゃっ」
リヴィアナが咄嗟に耳を塞いだ。
しゅうぅぅぅぅうう
「本来はこうやって使う魔法なんだけどね。リリスはどう使ったんだろう?」
魔族が煙の中で消えていく。
アイリスが軽く息をついて、ホーリーソードを消した。
「討伐完了、と。リヴィアナ、ケガしてたら回復するよ」
「大丈夫。怖かったー」
リヴィアナが頑丈な防具に身を包んだまま、岩陰から出てきた。
「その防具、重くない?」
「だって、私すぐ死んじゃうから」
リヴィアナが着ている剣士の服の中には、属性を無効化する板と、防御強化の宝玉が装備可能な限り入っている。
動くと微かにじゃらじゃら音を立てていた。
「私もゼロもいるんだから大丈夫だよ」
「念には念を。私、本当に弱いから。ね、ポロン」
「あたしはここにいるみんなよりちょっと弱いだけだもん」
「あー裏切ったー」
ポロンが杖をくるくるさせて、自分に速度強化のバフを付与していた。
「ゼロのほうは?」
アイリスが服に着いた塵を払いながら後ろを振り返る。
「さっき片付けてきたよ。5体くらいかな?」
ゼロがアメジストの剣をしまった。
「私も剣、試したかったのに・・・勇者様一撃で倒してしまうので、私の出番がありませんでした」
メイリアが剣を持ったまま、不満そうにしている。
「また、どうせわらわら魔族が出てくるって」
「そういいながら、ゼロとアイリスが倒してしまうんです。次こそは私がやりますから・・・・」
「はいはい」
メイリアはゼロやアイリスよりも反応速度が鈍かった。
決して弱いわけではなく、戦闘経験の差だった。
「すっかり”オーバーザワールド”の魔族がうろうろするようになったな。こっちの世界の魔族は全然見てないし」
「魔族はダンジョンやダンジョンの近くにいるの。この辺りはダンジョンがないから、いなくても不思議じゃないよ」
「なるほど。この世界のダンジョンは、ほとんど魔族が抑えてるんでしょ?」
「魔王ヴィル様が魔王になってからね」
ゼロとメイリアがアイリスに近づいていく。
「あの・・・・」
ユイナがモニターで倒した敵の情報を確認していく。
「今、アイリスが倒したのは『リーブス』って魔族です。今回は、何も落としませんでした。別名、赤いゴブリンともいわれてて、人間の住む光側の地に現れるそうです。ヒュプノスの街が近いってことですね」
「よかった。こっちのほうって、元々植物の一切ない砂地だったから土地勘が麻痺しちゃって。”オーバーザワールド”の書き換えってすごいね」
アイリスが足元に広がる草原を眺めながら言う。
「・・・・・・・」
ユイナが口に指を当てて、何か考えていた。
「ねぇ、エルフ族の子と、レムリナ姫は本当に置いていって良かったの?」
ミサリアが瞼を重くして、遠くのほうを見つめる。
「ストーリーに乗るなら”オーバーザワールド”の住人連れて行ったほうがいいと思うけど?」
「レムリナ姫はまだフラフラだし、連れていけないだろ。それに・・・」
「?」
ゼロが腕を組んで、リヴィアナのほうを見る。
「一応、”オーバーザワールド”の住人は魔族のリヴィアナがいるしな。頼りにしてるよ」
「私!? 全然、頼りにならないと思うけど。序盤で死ぬはずだった魔族だから。なるべく、影薄めでお願いします」
角を触りながら肩をすくめた。
サァァァァァ
柔らかい風が草原を撫でて、アイリスのピンクの髪が揺れる。
「・・・レムリナ姫がキーとなることは確か。天界の姫だもの。でも、ストーリー上どう進めればいいかはっきりしない限り、一緒に行動はできない」
アイリスが強い口調で言った。
「ミハイル城が一番、安全かな。ミハイルが”オーバーザワールド”住人の侵入を防いだらしいしね」
「へぇ・・・じゃあ、私もミハイル城にいたかったな」
リヴィアナが聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
「ミサリアもレムリナ姫と待ってればよかったのに。だって、戦闘に加わらず、ぼうっとしてるだけでしょ?」
ポロンが口を尖らせた。
「呪いは主の傍を片時も離れないの」
ミサリアがゼロに近づく。
「片時も!? じゃあ、トイレとか・・・まさかお風呂も!?」
「んなわけないだろ。別々だ」
「ほっ・・・よかった」
ポロンが胸をなでおろすと、ミサリアが口に手を当てた。
「私は別にいいんだけどね。ゼロと一緒でも」
「駄目!!」
意地悪い顔をして、ポロンを挑発する。
ポロンがミサリアとゼロの間に入って、ふんと鼻息を鳴らした。
「はぁ・・・仲悪いな。うちのパーティー。ジェラスがいればなぁ」
ゼロ、アイリス、ユイナ、ミサリア、ポロン、リヴィアナはミハイル王国から出て、”オーバーザワールド”のヒュプノスの街を目指していた。
途中現れる魔族は、アイリスとゼロが倒していった。
時折落とす道具は、ユイナが必要なものと不要なものを振り分けていた。
「ヒュプノスの街はここからまだまだ遠いの?」
リヴィアナが力のない声を出す。
「元々体力ないから、次魔族に会ったらこけただけで死にそう」
「うーん。回復魔法かけておく? 楽になると思うよ」
「うん。お願い」
リヴィアナがアイリスに片腕を伸ばした。
アイリスが肉体回復を唱えて、リヴィアナに押し当てる。
「はぁ・・・染みるなぁ」
「リヴィアナは回復魔法効きやすいね」
「あはは、私、割と雑に作られたキャラだから。レムリナ姫と違って、”オーバーザワールド”に限らず、回復魔法がよく効くみたい」
リヴィアナが全身の力を抜いて、へらへらしていた。
「勇者様、徒歩で様々な街を回るのは難しいかもしれませんね。私も少々疲れが出ています」
「そうだな・・・スレイプニールは定員オーバーだし。でも、プレイヤーも同じなんだから、何か移動手段あると思うんだよな」
「ねぇ」
ミサリアがにやっとする。
「スレイプニール乗るなら、私がゼロの膝に乗ればいけるんじゃないかしら? 一人分減るわけだし。定員は5人なのよね?」
「それは、絶対だめ!!」
ポロンが思いっきり首を振った。
メイリアが呆れたような顔をする。
「あ、ここから1キロ離れた場所に村がありますね。寄っていきますか?」
「あれ? 私の地図には載ってないけど」
アイリスがユイナに駆け寄っていく。
「プレイヤーの地図には表示されない小さな村ですね。光側の表示なので魔族の村ではないようです」
ユイナが指を動かして、地図を大きくする。
現在地が赤く点滅していた。
「どうやったの?」
「アイリスからもらった地図データの解像度を上げてみたんです。セキュリティが何重にもなっていましたが、突破する方法はリュウジに聞いてるので。ほらここに」
「本当。確かに村があるね。これは開発者の画面ってこと?」
アイリスが自分のモニターとユイナのモニターを見比べていた。
「そうですね。すべてが開発者の画面になってるわけじゃないと思います。とりあえず、地図だけですが・・・ゲームを進めやすくなるのは確かなので」
「うんうん。ありがとう。すごく助かるよ」
「いえいえ」
ユイナが嬉しそうにほほ笑む。
「ゼロ、村に寄っていくってことでいいよね?」
「あぁ。ん? ミサリア・・・?」
ゼロがミサリアがいないことに気づき、周囲を見渡した時だった。
ズンッ・・・
「!?」
「やぁ」
背の高い中性的な男が手を振っていた。
「君が勇者ゼロだね。魔力が違う」
「ゼロ、知り合い?」
「いや」
ゼロがアメジストの剣を持ち直す。
リヴィアナが素早くアイリスの傍に寄っていった。
「彼は七つの大罪、色欲のドレークだよ」
「七つの大罪?」
「そう。アイリスには話してなかったね。”オーバーザワールド”にはバグがあるの。開発者が意図してなかった存在。七人全員が、闇の王直属の部下と同等の力を持ってる」
「バグ・・・」
アイリスが顔をしかめて、ホーリーソードに魔力を込める。
「俺たちは闇の王と無縁だけどね。あぁ、可愛い女の子の集団がいると思ったら、魔族もいたのか」
「!!」
「君は雑魚キャラだね。雑魚がどうして、こんなところまでこれたのか気になるけど・・・まぁいいや。そうゆうのもあるよね」
ドレークがにやっと笑った。
リヴィアナが少しおびえながら、アイリスの後ろに隠れる。
「で?」
ゼロがすっと飛んで、ドレークの前に立つ。
「何? 俺たちと戦闘するのに出てきたの?」
「違う違う。可愛い女の子がたくさんいるから声をかけたんだ。君は、君は・・・・なんだ、女じゃないのか。いくら美しい顔をしてるとはいえ、男には興味ないんだ」
「は?」
「んー僕の好みは、その剣士の女の子かな」
ドレークがメイリアを指す。
「なんと綺麗な宝石のような瞳をしている。君は僕らの女神、アスリアに似ているね。そうだ、こんなつまらないストーリーを進めるより僕と一緒に遊びに行かないかい?」
「!!」
一瞬でメイリアに近づいた。
キィンッ
ゼロがアメジストの剣を向ける。
ドレークがぴたりと動きを止めた。
「メイリアは仲間だ。勝手に怪しい集団に勧誘しないでもらえるか?」
「怪しいとは失礼だな。せっかく風の噂でアスリアににた者がいたって聞いたから、牢屋から出てきたのに」
金色の髪をサラッと流した。
薔薇の匂いが香る。
「牢屋? 捕まってたの?」
「そう。色欲の罪で捕まるなんて、誇らしくてあのまま牢屋の中にいてもよかったんだけどね。まぁ、君みたいに可愛い子と会うためだったと思えば、出てきて正解だった。そうか、”オーバーザワールド”は異世界と接続完了してたんだ」
「っ・・・・・」
ドレークがメイリアの手を取ろうとする。
メイリアが手を振り払って、ゼロに駆け寄った。
「やめて!」
「ん? つれないな。これでも僕、容姿には自信があるんだけど。プレイヤーの間では隠れファンクラブができていると聞いてるよ」
「なんなの? この人」
「知らんが、関わりたくない奴だな。メイリアは離れてろ」
ゼロが面倒くさそうに頭を搔いた。
「!?」
ドレークの顔色が変わった。
「ん? アスリア様の魔力を感じるな。ここにアスリア様がいたのか?」
「アスリア?」
ポロンがゼロのほうに目を向ける。
アイリスが小さな魔法陣を移動させて、ポロンとリヴィアナに防御強化のバフをかけていた。
「確かにアスリア様だ。七つの大罪である僕がアスリア様の魔力を間違えるはずがない」
「アスリアかは知らないけど、月の女神に仕えていた魔女なら、ジオニアスが連れて行っただろ? 七つの大罪の間では連携取れてないのか?」
「・・・あぁ・・・なるほど。ジオニアスにはしばらく会ってなかったから。そうか、ジオニアスのところにいるのか。辻褄が合うな」
ドレークがどこからともなく一本の薔薇を出した。
「な、何するの?」
「メイリアといったね。この薔薇を君にあげるよ。もちろん毒はない。純粋な愛の出会いに感謝を、ほんの気持ちだ」
「いらないわ!」
「そうか。残念だね」
メイリアが全力で拒否すると、ドレークが薔薇を草むらに置いた。
「また、そう遠くない内に、どこかで会えるよ。僕の言うことは外れないんだ。じゃあね」
「待っ・・・」
シュンッ
ドレークが一歩足をずらすと同時に、草原に魔法陣が展開されて、消えていった。
「あー、また余計な奴に会ったな」
ゼロが剣を消して肩を回す。
「転移魔法・・・」
アイリスが魔方陣に近づくと、模様が光の粒になって宙を舞っていた。
1輪の薔薇が短い葉の中に埋もれている。
読んでくださりありがとうございます。
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次回は週末か週初めにアップします。また是非見に来てください。