33 The Two Tower(2つの塔)②
先に上っていったパーティーの中にアイリスはいる。
トーナメント戦に勝ち抜いたプレイヤー含めるギルドの連中が、昨日からこの塔に入ってるとルリが話していた。
「アイリスがいたのはどんなパーティーだった?」
「人工知能IRISのことだろう? ”オーバーザワールド”の中でも有名なギルド、『黎明の馬車』の4人のパーティーでこの塔に入ったよ」
ルリが紅茶に角砂糖を溶かす。
「配信もしてるらしい。同接もここに来てグンと増えてる」
「アイリスか・・・僕は会ったことないが・・・」
ジェラス王が顎に手を当てる。
「レムリナを助けに?」
「そうゆうストーリーなんだろ。まぁ、彼女はトーナメントも上位常連だ。このゲームをクリアするのなんて簡単なんだろうな。わしは、人工知能よりも人間のプレイヤーを応援していたいがな」
ルリが足を伸ばしながら言う。
「アイリスの行動は、わしにも読めんわ。でも、相変わらず絶大な人気を集めてるよ。配信するたびにサーバーが重くなるって噂じゃ」
「人気があろうがなかろうが関係ない。俺はアイリスを連れて行かなきゃいけないんだ」
ゼロがモニターを出して、道具を整理する。
ルリが頬杖をついて眺めていた。
「準備ができたら行く。闇の者だか知らないが、ここでアイリスを逃がすわけにはいかないからね」
「あぁ」
「はぁ・・・・私はもうちょっと休んでたいのに・・・死ぬかもしれないし」
リヴィアナが名残惜しそうに立ち上がる。
「さっき、絶対防御の指輪を購入しただろう? それをつけていれば、一撃で死ぬことはないよ」
「2回目の攻撃で死ぬかもしれないよ!」
「君の持ってる武器防具はすべて防御に全振りだ。大丈夫だって。ほら、ゼロもいるし」
「・・・・・・・・」
ゼロが軽く頷いて、マントを後ろにやった。
「なんか、体が重たい」
「仕方ないよ。君の戦闘力じゃ危ないんだから」
ルリの道具屋からは、主にリヴィアナの防具を仕入れていた。
「・・・・・・」
階段を上がるごとに、ゼロの口数が少なくなっていった。
途中の部屋に入ることなく、螺旋階段を何時間も上り続けている。
「ゼロ、大丈夫か?」
ジェラスがゼロに駆け寄る。
「ん? 何が?」
「さっきから、余裕がないように見えるからさ」
ゼロが足早に階段を上っていた。
小さな窓を見ると、ミハイル王国が粒になるほど高くまで来ている。
「さっきルリから聞いた話だと、ここはほぼ攻略済み。だから、イベントも発生しない。敵もいない。寄り道せず行くほうがいい」
「そうだけど」
「うんうん。ラッキーだったね」
リヴィアナが数回頷いた。
「アイリスはレムリナ姫をこのまま救い出して、ストーリーを進めるかもしれない。そうすれば、またアイリスの行方が分からなくなる」
「そう簡単にはいかないよ」
ジェラスが剣を握り締めながら言う。
「上の階にはダスティアよりも強い魔族がいるはずだ。そこを、一度もゲームオーバーにならずに突破できるとは思えない」
「・・・だといいんだけど」
「レムリナの傍には、おそらく・・・」
ジェラスが俯いてこぶしを握り締めた。
「さっきのロリ系おばあさんの話だと、ゲームオーバーしてセーブポイントに戻ってきたパーティーはなかったって言ってたじゃん」
リヴィアナが速度強化のブーツで軽々とゼロの前に立つ。
「上にいる敵がそんなに強いならさ、そこまでうちらと離れてないってことじゃ・・・」
ドーンッ
「!?」
突然、天井から吸血鬼のような男が降りてくる。
「今日はごちそうが多いな」
「魔族!?」
「3人でダスティアを倒してきたか。せっかく、あいつにも役目を渡してやったものを・・・しばらく戦闘に身を置いてないからこうゆうことになる」
大きな翼をたたんだ。背はすらっと高く、鋭い牙を持っていた。
眉は吊り上がっていて、細い剣を脇に挟んでいる。
「血・・・血の匂いがする」
リヴィアナが後ろに下がりながらつぶやく。
「なんだ、魔族の雑魚も一緒だったのか。変なものをくっつけて歩くとは、お前らのパーティーは旨いか不味いか微妙だな」
「っ・・・・」
「まぁいいか。ちょうど、デザートが欲しかったところだ。変わった味も良い」
男が高らかと笑っていた。
「お前は・・・」
「我が名は闇の王に仕える吸血鬼、ドラコフ。ここから先へ行かせないよ」
ドォン ドドドドド
岩を落として、階段を封鎖した。
地面が大きく振動する。
「ハハハハハ、さっきちょうど人間どもを倒したところだ。どうせセーブポイントから上ってくるだろうが、何度やっても同じこと。無限の闇の魔力のあるこの塔で、我に勝てるわけがない」
「ひとつパーティーを倒したんだ?」
「あぁ、あっけなくゲームオーバーだったな。トーナメント戦を勝ち抜いた? だか何だか知らんが、あの弱さでよくここまでこれたものだ。若くよき血だった、威勢がいいほど、味が濃い」
ドラコフが剣を出す。
― 鏡花水月 ―
ゼロが剣を構えた。
「なるほど。お前は外の世界の者か。で、こっちはレムリナの兄だな。随分、おかしなパーティーだ。セーブもせず来るとは・・・」
「レムリナは無事なんだろうな?」
「ははは、今はな」
ドラコフがひげを触りながらにやりとする。
「最後の能力を奪うまでは生かしておくよう言われている。これが複雑でなかなか時間がかかっているが、じきに終わる。もうすぐ用済みだ」
「用済み?」
「そうだ。最後の能力を抜けば、レムリナは死ぬだろう」
「なんだと・・・?」
ジェラスが飛び掛かろうとすると、ゼロが剣で止めた。
「ゼロ・・・」
「俺はこの世界の勇者だ」
「それがなんだ?」
ドラコフが片方の眉を吊り上げる。
「ピンクの髪の聖なる少女がいるパーティーいたでしょ?」
ゼロが軽い口調で話す。
小石を蹴ると、中央の柱の隙間からからんからんと落ちていった。
「アイリスたちは通したんだ?」
「!!」
ドラコフの顔色が変わる。
「やっぱり、勝てなかったんだな。アイリスたちには」
「よくも思い出させてくれたな。我が屈辱を・・・」
― 死の回舞剣 ―
ゴオオォォォォォ
ドラコフが剣を回すと、炎が走った。
7つの剣がゼロたちを囲むように設置され、ゆっくりと回りだす。
「切り刻み食す。我が血肉となるといい」
「待って待って」
「なんか回りだす魔法多いね。ダスティアの時もなんか回ってたし。ブームなの?」
「ひゃぁっ・・・」
リヴィアナがジェラスのマントにしがみつく。
「っ・・・背筋から凍り付くような魔力だ。闇の底から汲み上げたような・・・」
「そうか?」
ゼロが鏡花水月の刃で、回転していた赤い剣に触れる。
カンッ
しゅううぅぅぅっぅぅ
「!!」
鏡花水月が一瞬にして消えていった。
「剣が消えた・・・?」
「ははははは、無駄だ。その魔法の剣に触れたら、武器は消滅するんだよ。どんな攻撃力の武器であってもな!!」
ドラコフが高らかに笑った。
『終焉の塔』の壁が少しずつ崩れていく。
「宝玉が持つ荒々しい精霊の力。これで、手段はなくなっただろう? 武器が使えないんだからな。この世界の勇者は呑気だな。平和ボケか?」
「まさか」
ゼロが笑い飛ばす。
「ねぇねぇ、死んじゃう、死んじゃうって。こんな魔法ありえない、死んじゃうよ。逃げられないもん」
リヴィアナが両手で防御用の杖を持って震えていた。
「まずいな」
ジェラスが剣を降ろす。
「ハハ、やっと置かれている立場が分かったか。これは、我が最大魔法、破られたことなどない。7つの宝玉から生まれる芸術的な魔法だ。この魔法に囲まれたものは必ず死ぬ」
鋭い牙を見せる。
「そして、この赤い剣が吸った血は、特に我の好物だ」
「赤・・・ガーネット。吸血鬼用に改良された感じか」
ゼロがじっと剣を見つめていた。
「そっちはラピスラズリだな。なるほど」
「ねぇ、ゼロ、悠長すぎるよ。死んじゃうよ」
リヴィアナが混乱しながら言う。
「もう遅い。死へのカウントダウンだ。10、9・・・」
「ゼロ、突破する方法はあるのか?」
ジェラスが浅い呼吸をしながら、ドラコフを睨みつける。
「あるよ。任せて」
青、赤、黄色、緑、オレンジ、藍色、紫に光る剣が、精霊のように炎の上を回っていた。
それぞれに毒があり、触れるだけで死をもたらす魔法だった。
ゼロの瞳には、全てが見えていた。
大きく息を吸い込む。
― 地獄の業火 ―
一瞬にして、魔法陣を展開させた。
「炎に闇属性の炎だと? 馬鹿が」
ゴオォォォオオオオオオオオオオ
魔法陣から漆黒の炎が巻き起こる。
じりじりと剣を焼いていった。
「は? そんな・・・我が魔法が闇の力で押し負ける・・・だと? バグか?」
「違うよ。これはこっちの世界の魔王の魔法でね」
「!?」
「絶対的だ」
ゼロが火力を強化すると、地獄の業火がドラコフまで到達した。
ドラコフが一歩引く。
「綺麗な剣だな」
ゼロが炎を緩めて最後に残っていた紫色の剣を手に取った。
「な!?」
「ふうん。これは、アメジストの剣か。使えそうじゃん」
ザンッ
「ぐっ・・・・」
ドラコフの胸を貫いた。
刺した部分から、毒が回り、ドラコフの肉体を蝕んでいく。
「お・・・お前・・・どうして・・・その剣を持てる? 我でもその剣は・・・」
「さぁ。でも、気に入ったよ」
「ゼロ!!」
アメジストの剣を持ったゼロの手の皮膚がただれていた。
「なるほどね」
ゼロが左手で、右手を抑えた。
額に汗が滲む。
「どう? 自分の剣で死ぬ感覚は」
「やせ我慢か・・・その分だといずれ、お前も死ぬ・・・我の剣の威力は荒ぶる精霊の・・・我が死のうが続く・・・の意志が・・・」
ドラコフが口から血を吐く。
「綺麗なものには毒があるんだよ。元々想定内だ」
「?」
「この能力は説明してなかったんだけど・・・」
ジェラスがゼロに駆け寄っていく。
聖なる光を放つ魔法の詠唱をしていた。
― 不死蘇生―
ぶわっ
ジェラスが光の玉をゼロの手に押し当てると、一瞬で皮膚が元に戻っていった。
「さんきゅ。ジェラスはレムリナの兄、光属性を持つ王だもんね」
「ったく、無茶する奴だ。これだから隠してたのに」
ジェラスが息をつく。
「無茶してないって。僕の計算では99%、助かる見込みがあったよ」
「わかったから、その剣は捨てたほうがいい。闇が濃いし、危なすぎる」
「僕の武器にするよ。気に入ったんだ」
手袋をはめて、剣を掲げていた。
「こ・・・怖かった・・・・」
リヴィアナがその場に座り込んだ。
「大げさだな」
「ゼロの戦い方は心臓に悪いよ! うっ、腰が抜けて立てない・・・」
剣の持ち手に埋め込まれたアメジストが鈍く輝く。
刃をまとっていた魔力が消えていった。
「これが異世界・・・。我が主、闇の王は・・・」
ドラコフが胸を押さえて、片足をつく。
血が溢れ、毒が回り、体の半分は消えかかっていた。
「闇の王、なぜ、我が・・・死ぬ・・・・?」
「アイリスにも負けたんだろ?」
ドラコフが顔を上げる。
「あ・・・いつは・・・ただのプレイヤーでは・・・・」
「じゃあ、僕に勝てるわけがない。今、アイリスと戦えば、僕が勝つからね」
ゼロがアメジストの剣を見つめながら言う。
「は・・・」
「特に、この塔の中では、誰にも負ける気がしないよ」
ゼロが視線を逸らした。
「・・・・・・・・・・」
ドラコフが何か言う前に、光の粒となって消えていった。




