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38 アイリスの休息

『ギルバート、グレイ、戻れ』


 シュッと、双竜が光の中に消えていく。

 次のダンジョンのときには行けるようになっているだろう。

 魔族の回復力は、想像以上だ。


「ギルバート、グレイ、良くなってよかったね」

「あぁ、そうだな」


「・・・・・・・・・」

 アイリスはまだ本調子ではないようだ。


 ソファーに座ったまま、ぼうっとしていた。

 大きな傷があるわけではないから、精神的な部分が大きいんだろう。




「アイリス、ちょっといいか?」

「ん?」

 アイリスを連れて、キッチンのほうへ向かう。


 ドアの前で小さな魔族が皿を起用に運んでいた。


「マキア、アイリスを連れてきた」

「あ、魔王ヴィル様」

 マキアがスープを煮込んでいたが、こちらに気が付くと火を止めて駆け寄ってきた。

 アイリスが咄嗟に、一歩下がる。


「貴女がアイリスですね?」

「は、はい・・・」

 マキアが笑いかけると、アイリスが戸惑ってこちらを見上げた。


「いつも魔王城の食事を担当してくれているマキアだ。アイリスと同い年くらいで話が合うんじゃないかと思ったんだ」

「・・・マキア様・・・・?」

「マキアでいいですよ。今、ちょうど、鶏がらのスープを煮込んでいたんです。アイリスも料理は得意なんですか?」

「えっと・・・普通くらいで・・・・あ・・・」

 アイリスが大きな鍋を覗き込みながら言う。


「ハーブを入れると、苦みを感じなくて美味しくなる。ローレル、タイム、パセリ、オレガノとか・・・あ、魔王城の近くに生えているのを見た。この気候だと育ちやすいんだと思う。今度摘んでくるね」

「そうなの? 知らなかった」

「ハーブの知識は豊富だよ。よく摘んだりしていた、何でも聞いて」

 緊張がほぐれたのか、自信ありげに話していた。


「魔王ヴィル様が、アイリスと話が合うんじゃないかって言ってくださったの」 

「え?」


「本当にそうね、仲良くなれそう。私は弱いから、ここでみなさんの料理を作ることしかできないんだけど・・・アイリスの話し相手になれるといいな。魔王城でわからないことがあったら、私に聞いてくださいね」

「そ・・・そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう。その・・・友達・・・という認識でいい? 友達の定義は・・・曖昧だけど」


「はい! 友達ですね」

「わぁ、ありがとう。友達・・・魔族の友達」

 アイリスの表情がぱっと明るくなった。 

 マキアは素直だし、連れてきて正解だったな。



「魔王ヴィル様、アイリスを回復の湯に連れていったらどうでしょうか? ちょっと、血の匂いが付いてるので、きっと気になっちゃいますよね?」

 マキアがちょっとアイリスの首に顔を近づけて匂いを嗅いでいた。


「あぁ、そうだな」

「あのお湯なら、匂いも消えますよ。アイリス、安心してくださいね」

「ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 マキアが微笑んでから、失礼しますと頭を下げて戻っていった。


「・・・回復の湯? って、魔王ヴィル様が話してた?」

「あぁ、俺も最近知ったんだけどな」

「よかった。臭いってずっと残っちゃうから、気になっちゃって」

 アイリスが自分の手首を見ながら言う。


「魔王ヴィル様、行ってもいい?」

「もちろん。俺も入ったんだけど、魔族はほとんど入らないけど、下位魔族が常に綺麗にしているらしいんだ」

「へぇ・・・」

 キッチンから出ていく。

 下位魔族たちが仕事を止めて、深々と頭を下げてきた。




 岩の扉を開けると、湯気が出ていた。

 一応、周囲を見渡す。他の魔族はいないようだな。


「わぁ、綺麗・・・白いお湯なのね」

「じゃあ、俺はここで他の魔族が来ないか見張ってるよ。さすがに嫌だろう? 魔族と混浴は」

 ドアを入ってすぐの脱衣場の岩に座る。

 突然、カマエルやゴリアテたちが来ないとも限らないしな。


「だ、男女兼用なの・・・?」

「そうらしい。俺が入ってたらマキアが来たからな」


「え!?」

「あ・・・・・・・」

 口が滑った。


「マキアと一緒にお風呂に入ったの?」

「入ったけど、もちろん端と端で全然遠かったし・・・」

 本当は、マキアが近くまで寄ってきたんだけどな。


「ふうん。人間の男女は深い関係じゃなきゃ入らない、認識」

「俺らはそもそも人間じゃない」

「そっか」

 アイリスが簡単に納得していた。


「服脱ぐからそっち向いててね。魔王ヴィル様と会ってから、ラッキースケベイベントが起こりすぎてる気がするから」

「そのラッキースケベイベントってなんだよ」


「とにかく、後ろ後ろ」

「はいはい」

 息をついて後ろを向く。

 他の魔族が来ないとは限らない。



「わぁ・・・いい香り。ヨモギかな?」

「・・・・・・・・」

 壁に寄りかかった。

 魔王なのに、王女の護衛か。何やってるんだろうな。



 ザブーン


「ふぅ・・・・痛っ・・・・・・」

「どうした?」

「背中が・・・・痛い・・・苦しくて・・・」

 苦しそうな声を出していた。


 すぐに浴場に入る。

 アイリスの背中に赤くて大きな切り傷があった。回復の湯に浸かって、浮かび上がったんだろう。

 肉眼では確認できないが、魔力を濁らせるような毒が入ってる。


「?」

 今まで痛みがなかったのは、あのチビの魔法みたいだな。

 細かいが同じ魔力を感じた。


「そのまま後ろ向いてろ」

「あっ・・・」

 屈んで、アイリスの背中に手をあてた。


 ― 肉体回復ヒール― 


 すっと、アイリスの背中から傷が消えていく。


「あ、大丈夫になった・・・」

「・・・・・」

 人間の奴ら・・・アイリスに戦力があったことを見越して弱らせるつもりだったのか。

 アイリスの体なんて、完全に無視だな。


「何があったの? 魔王ヴィル様?」

「かすり傷だ。回復の湯に浸かって染みただけだろう」

「そっか、なるほど。私そうゆうの鈍くて気づけないから」

 アイリスがこちらを振り返って笑みを浮かべる。


 はっとして、背中に当てていた手をどけた。


「!?!?」

 アイリスが風呂の中に沈んでいく。


「い・・今のは仕方なかっただろ」

「うん・・・わかってる。わかってる」

 アイリスがすすすっと浴場の端に寄った。


「ラッキースケベイベント発生後のルート・・・」

「ん?」

「魔王ヴィル様も入って」

「は!? 何言ってるんだよ」

 驚きのあまり、しりもちをついた。


「違うの。変な意味じゃなくて・・・だって、魔王ヴィル様だって私みたいな傷がある可能性だってあるんでしょ? 『ヒール』を使いたいの。私、ここの端に寄ってるから」

「んなこと言っても・・・・」

「だって、マキアとは一緒に入ったんでしょ? 私と入れない理由はある?」


「・・・・・・・・・」

「傷がないか確認するの。魔王ヴィル様は無理しちゃうから」

 むきになって言ってきた。


「はぁ・・・わかったよ」

 それにしても、一緒に入ろうだなんて、何考えてるんだよ。

 こいつは魔族じゃないのに。



 脱衣場に戻って、マントだけ外していく。

 アイリスが後ろを向いていた。

 お湯をすくってちゃぷんと音を立てて、入っているふりをする。


「アイリス目を瞑ったままこっちに来い」

「うん」

 白いお湯の中を泳ぎながら、波の立てたほうへ近づいてくる。


「目を開けろ」

 ゆっくりと目を開けた瞬間、両肩を持って耳元に顔を近づけた。


「えっ?」

「俺は魔王だ。お前の力なんて借りなくても、怪我など自分で治せる」

「あ・・・あの・・・・」

 濡れた髪が、手の甲にかかる。


「俺はお前を殺さないとは言ったが、襲わないとは言ってないからな。勘違いするな」

「それってどうゆう・・・・」

 白いお湯に溶けるような肌だった。


「っ・・・・・・」

 アイリスがびくっとして身を固くしていた。


「フン、冗談だ。俺はお前が入った後に入る」

「・・・そ・・・それがいい。うん、それがいい・・・」

 アイリスが白いお湯に体を沈めていた。

 後ろを向いて、両手で顔を隠している。  


「私も、これから、大人の女性の体になるんだから」

「なれたらいいな」

「魔王ヴィル様、びっくりする。99パーセントの確率で・・・今のは盛り過ぎ? そんなことないけど、なんだか確率を弾きだせなくなっちゃった・・・」

 アイリスがぶつぶつ1人で話していた。


 なんでいちいち確率を出そうとするのかわからんが・・・。

 城での教育方針か?


 とりあえず、いつものアイリスだな。

 ほっと胸を撫でおろす。


 脱衣場に置いたマントを羽織りなおして、岩に座った。

 湯気のせいか、少し人間の匂いが消えた気がした。

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