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37 真逆の言葉

「おかえりなさいませ。魔王ヴィル様」

 魔王城に着くと、カマエルとゴリアテが魔王の椅子の前で待っていた。

 傷を負った魔族たちもちらほら見える。


「アイリスはどうした?」

「ププとウルが魔王ヴィル様の部屋に運びました。目立った外傷はなく、ただ気を失っているのでじきに目を覚ますかと・・・」

「そうか」

 ゴリアテが足を付いて、頭を下げた。


「申し訳ございません。まさかアモンがやられるとは・・・アモンは上位魔族ではないもののかなりの力を持っていまして・・・」

「わかっている。責めたりはしない。今は死んだ魔族を偲べ」


 魔王の椅子に座る。


「力では決してあのような人間には負けないはずの魔族がどうしてこんなことに?」

 ゴリアテが悔しそうに地面を叩く。

 周囲にいた下位魔族が苦しそうな表情をしていた。


「俺が知る限りでは、後ろに変わった人間がいた・・・」

「変わった・・・と言いますと?」

 カマエルがメガネを上げながら聞き返す。


「10代前後くらいの少年だ。異質で、人間でも魔族でもないような力を持っている」

「お、俺も見かけました。そいつを・・・」

 腕を損傷した魔族が声を上げた。


「俺らが気を失いかけていたとき、何組かに分けたグループに指示を出しているのが見えました」

「そうです。大人があまりに従順に聞いていたので、おかしいとは思っていました」

 足を引き摺った魔族が話す。

 斧で切られたような右目の傷が生々しかった。


「そうだ。奴は異分子だ。俺の魔法も効かなかった」


「・・・・魔王ヴィル様の魔法が?」

「そんな人間の子供に・・・?」

 カマエルとゴリアテが信じられないといった表情をしていた。


「あぁ、奴は子供だが、王国騎士団長を名乗っていた。今回の指揮を執ったというのは間違いないだろう」


「なんという・・・・」

「人間のガキが・・・信じられん」

 魔族たちがざわついていた。


「・・・・・・・・・・」

 異世界から来た者の可能性があるということは、魔族には黙っておこうと思った。


 確証は無いからな。

 何か知っていることがあるか、ダンジョンの精霊に確認してからだ。


「そいつを残して、全員殺してきてしまった。今思えば、一人くらい情報を吐けそうな奴を残しておけばよかったと後悔してる」

 魔族が持ってきた水に口を付ける。


「奴は王国の紋章の入ったマントを羽織っている。戦場でガキは目立つからすぐわかるだろう」

「はい」

「見かけたら、俺に伝えるように指示しろ。決して、相手にはするな。奴の力は計り知れない。魔王の目を以てしても、能力がわからなかったからな」

「・・・・かしこまりました・・・・」

「・・・他の魔族にも同じように伝えます」

 足を組みなおす。


 エヴァン・・・か。

 俺が人間だった頃は、一度も聞いたことのない名だ。


「あぁ、頼んだ。こちらの方針は変わらない。淡々と魔族のダンジョンを守り、人間のダンジョンを制圧していく」

「はい」

 カマエルが深々と頷いた。


「ゴリアテ、あのダンジョン付近を管轄する魔族は補充できそうか?」

「もちろんでございます。彼らを弔った後、すぐに手配します」

 大きなごつごつした手を床に押し付けている。


「人間が・・・・・」

「・・・予測できない人間・・・・魔族が壊滅」

「そんな・・・・」

 上位魔族はいいが、下位魔族には動揺が見られるな。

 あの場にいた者だ。得体のしれないものへの恐怖が拭えないのだろう。


「お前らは深く考えるな。たかがガキ一人だ。魔族の王である俺がいるからには、心配には及ばない」

「はい。もちろんでございます」


 カマエルが顎に手をあてる。


「しかし、魔族全体の力を上げることも急務ですね」

「あそこまで無残にやられるとは・・・」

 ゴリアテが地面にこぶしを押し当てる。


「完全に油断していました。管轄の魔族にも人間の襲撃に備えるように徹底します」

「お前のせいじゃない。俺も気が緩んでいた。改めて気を引き締めないとな」

「魔王ヴィル様・・・」

 アイリスは取り返したが、多くの魔族が犠牲になったのは確かだ。

 ドローといったところだろうな。


「・・・・次こそはこのようなことが無いようにします。絶対に」

 ゴリアテが悔しさを滲ませていた。


「今回犠牲は多かったが、人間ども強さとしては、ジャヒーが管轄している場所を襲った人間と変わらなかった。人間そのものが強くなっているわけではないのだ。安心してかかれ」

「かしこまりました・・・・」

 椅子に肘をつく。


 前回と大きく違う点は、あのガキだ。

 それ以外は、すぐに崩れるような脆さだった。




「魔王ヴィル様、ギルバート、グレイ、あと・・・魔王ヴィル様の奴隷が目を覚ましました」

 ププとウルが駆け寄ってきた。


「ありがとう、ププウル。俺は双竜の様子を見に行くとしよう」

「はい、ギルバートとグレイも喜びます」

 立ち上がって、段差を下りていく。


「アイリ・・・奴隷については、俺からきつく言っておく。次はないとな」

 アイリスには、今回ばかりは叱っておかないとな。

 ダンジョンで待っているように言っていたのに・・・。


「ププ、ウル、みんなに、今回、魔族が襲撃を受けた場所と、向かおうとしていたルート、新たに追加されたダンジョン2つの場所をできる限りの詳しく説明してくれ。情報は共有しておきたい」

「かしこまりました、魔王ヴィル様」

 ププとウルがキリッとした目つきで背を向ける。


「今、魔王ヴィル様がおっしゃられた場所について・・・・」

 カマエルとゴリアテと下位魔族のいる絨毯に地図を出していた。

 魔族がわらわらと囲んでいく。




 部屋に戻ると、アイリスがギルバートとグレイに『ヒール』をかけていた。

 弱っているものの、大きな傷は無くなっている。


「魔王ヴィル様・・・・・」

 アイリスがこちらに気が付くと、ゆっくりと手を下した。


 クォーン クォーン


 ギルバートとグレイが顔を起こして吠える。

 首を撫でてやると、安心したように床に頭を降ろした。


「翼は自己修復するって、ププウル様が・・・」

「そうか」

 この体力では、前と同じように飛ぶためには時間が必要だな。 


「アイリス、なんともないのか?」

「うん・・・でも、魔王ヴィル様がくれた、奴隷の首輪、割れちゃった」

 粉々になったネックレスを見せる。


「そんなもの・・・・」

「・・・これで、奴隷の資格なくなっちゃった。契約不履行・・・奴隷じゃない」

「いくらでも錬金してやるって」

「魔王ヴィル様、ごめんね・・・・」

 ソファーに座ると、アイリスが寄ってきた。


「何か覚えてるか?」

「ううん。ダンジョンの扉を開けて・・・顔を出した瞬間から記憶がない。完全に私のミスだった。防げた事象だったのに」


 不安そうな声を出す。

「何か、電流のようなものが頭に走って・・・気を失って、そこからは何もない。何かを思い出しかけて、忘れちゃった」

 ぼうっとしながら言う。


 アリエル王国に戻っても、魔王城に戻っても、アイリスに居場所はないのかもしれない。


「・・・・・・・・」

 アイリスに会ったら、ダンジョンから出ようとしたことを叱ろうと思ってたんだけどな。

 言葉が上手く出てこなかった。


「魔族のみんなはどうなったの? アモン様は?」

 前のめりになって、聞いてくる。


「私、嫌な予感がする。人間・・・王国の人が来たの?」

「アイリスは何も気にしなくていい。また、ダンジョンのクエストを受けてもらわなきゃいけないからな・・・」

「そ・・・そう・・・・?」

 きつい言葉が出てこない。

 出てくるのは真逆の言葉だ。


「いったん、今日のことは忘れろ。魔王城には風呂がある。そこでゆっくり・・・」

「ねぇ、本当に、私まだ、ここにいてもいいの?」

 アイリスが両手で服を握り締めていた。


「私は何者なのかな? 魔王ヴィル様が言わなくてもわかる。服から、魔族の血の成分を感じる。私をさらった人間がいて、人間が魔族を・・・」

「思い出すな」

「・・・・・」

 アイリスが人魚のピアスに触れながら言う。


 俺の殺した人間どもの中に、アイリスのことを思っていた奴はいなかった。


「私、王女だけど王家の血は流れてないの。ほとんど記憶がなくて・・・。王国の者は私の何かを知っているのかもしれない・・・なんとしてでも城に戻そうと・・・」

「お前の居場所はここだ」

 言葉を遮る。


 魔族も人間もたくさん死んだことを、全て伝えるはずだった。

 アイリスが怯えるくらいの、言葉を探していたのに。


「魔王ヴィル様・・・・・・」

「いいか、これは命令だ。今日あった出来事を、これ以上思い出そうとするな」

 今回のことは、アイリスのせいではない。


 俺の認識が甘かった。

 責めるべきなのは、自分自身だ。


 人間がすべて雑魚に見えていた、俺の慢心から起こったことだ。

 二度と繰り返さない。絶対にな。


「ダンジョンを任せっきりで悪かったな」

「ううん、ダンジョンは楽しいから」

「そうか・・・・」

 アイリスが少し緊張しながら、ソファーに凭れる。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 無言の時間が続いていた。

 ギルバートとグレイの呼吸する音だけが響いている。


「アイリス?」

「・・すぅ・・・・・」

 横になって目を閉じていた。


 どんなタイミングで寝るんだよ。

 

 近くにあった毛皮をかけてやる。

 俺はどうしてこいつをうまく扱えないんだろうな。

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