19 Lunatic②
「あの時、殺さなかった魔女か」
「覚えててくれて光栄ね」
― 魔女の剣―
サタニアが剣を出して、ゼロと向き合う。
紫色の髪を後ろに流した。
「サタニア、まだ、魔力は戻ってないよ。今、魔力を溜めてるんだから」
「わかったから、ルナシアは黙ってて」
「もう、仕方ないなぁ」
ルナシアが空中に浮かせていたガラス玉を手に取った。
「残りの分は後で補強するとして・・・今はいいかな?」
ルナシアがほっとしたように、本の表紙に宝玉を埋め込んでいた。
「これでよしと。やっと本が開ける」
「魔女は消去しなきゃいけない」
カンッ
ゼロが剣を出して、サタニアに振り下ろす。
「どうして魔女だからって殺されなきゃいけないのよ!」
「異端だからだ」
サタニアが剣の刃を紫に変えて、ゼロの攻撃を止めた。
「っ・・・・・」
「見る感じだと、その力は何度も使えないみたいだね」
「うるさい!」
サタニアが素早く離れて、地面を蹴った。
もう一度、ゼロに斬りかかっていく。
サタニアの首には魔法陣のような模様が浮き上がっていた。
キィン カン カン カン
「んー君は魔王代理だろ? 魔王ヴィルよりも全然弱いね」
「ヴィルは強さだけを見る魔王じゃないのよ」
「へぇ・・・」
サタニアが苦しそうに、魔力を整えた。
「ねぇ、君はさ、なんでサタニアと戦ってるの?」
ルナシアが頬杖をつきながらゼロに声をかける。
サタニアが息を切らしながら、ゼロの攻撃を避けていた。
「”ワルプルギスの夜”でも、魔女をたくさん殺したらしいね。どうして?」
「魔女は異端だから殺さなきゃいけないんだ」
「異端? 君の言う異端って何?」
「仕える神が違うと歪みをもたらすだろ?」
カンッ
「きゃっ」
ゼロが軽くサタニアの剣を弾いた。
サタニアがくるっと回って、祭壇の傍に降りる。
首を抑えて、呼吸を整えていた。
「危険因子は潰さなきゃ。信仰するべきなのはエリアスだけだ」
「エリアスって、『ウルリア』にいるダンジョンの精霊の一人?」
「そうだよ。僕の神だ」
「へぇ・・・この世界は神が多いから、まぁいいのか」
リボンのついた靴をぷらぷらさせる。
「あの、呪われた大陸から蘇った少年が、歪みとかねぇ。エリアスはどんな知識を埋め込んだのかな?」
ルナシアが黒い髪を耳にかける。
「ん?」
ゼロが剣を下して、ルナシアのほうを向いた。
「呪われた大陸?」
「そう。だって、あの大陸は息子を蘇らせるため、『終焉の魔女』イベリラが禁忌魔法で寿命を吸い取っていた大陸だもの」
「・・・・・・・」
「悪魔より悪魔らしい魔女ね」
ルナシアが黒い爪を見つめた。
「『ウルリア』の民の寿命を吸い取って魔力を溜めて、すべてを代償に自分の子供の魂を呼び寄せた。でも、いれる体がなかったから、エリアスに頼んでアバターを作ってもらった」
「・・・だからなんだ?」
「どうしてエリアスを神とする必要があるのかなって? 私から見れば、終焉の魔女がたまたま頼んだのがエリアスだったってだけに見えるから。ピュグマリオンに頼めばピュグマリオンが神だったのかな?」
ルナシアが無邪気に笑う。
「そうゆうふうにアップデートされただけでしょ?」
「それが僕だ」
「でも、今、君は迷ってる」
「な・・・・」
ルナシアが祭壇から降りて、ゼロに近づく。
「・・・迷い?」
ゼロが一歩引いた。
「人と出会い、感情が芽生えてきているんでしょ。魂が反応しているの。本来の勇者ゼロはどんな人物?」
「・・・・・・・・」
「ルナシア、そいつに何言っても無駄よ」
サタニアがルナシアとゼロの間に入った。
「それに、私は早くヴィルのところへ帰りたい。宝玉は渡したでしょ? 約束の・・・」
「でも、勇者ゼロが邪魔で儀式ができないから」
「っ・・・本当に面倒なんだから」
サタニアがゼロを睨みつけた。
「アエル、そこをどいて。どうゆうふうにアップデートをされたのかは知らないけど、貴方はアエル。鬱陶しく魔王城に出入りする堕天使アエルだったでしょ?」
ゼロのほうへ歩いていく。
「・・知らない・・・誰の話だ」
「あれだけ異世界住人を嫌ってたのに、その異世界から来たエリアスの言いなりになるの!?」
アメジストのような瞳を輝かせる。
「散々、堕天使の羽根をばらまいて。アエルの帰った後は、抜け落ちた羽根だらけ。本当に、迷惑してたんだから。ヴィルだって・・・」
「僕は・・・」
ゼロがこめかみを軽く抑えて、段差を下りた。
「アエルじゃないよ。『ウルリア』から来たゼロだ」
「そこまで持っていかれたのね・・・アエルはそうゆうのを一番嫌うのに」
「サタニア、何を言ってもダメ。仕方ない、イベリラが復活させられたのは魂だけ、あとはエリアスに頼んでしまったんだから」
月が隠れて、柔らかい潮風が吹く。
夜の香りが祭壇を包んだ。
「呪いの子、勇者ゼロ」
ルナシアが瞼を重くして、ゼロに顔を近づける。
「貴方に悪魔の祝福を・・・」
「!?」
人差し指を、ゼロの額につける。
「ルナシア!!」
「な・・・僕に何をした・・・・?」
「悪魔の祝福って言ったでしょ?」
ルナシアが唇を抑える。
カラン カラン
ゼロの剣が落ちていった。
「っ・・・体に・・力が・・・・」
ゼロが気を失ったところに、サタニアが魔法をかけた。
ゆっくりと、草むらのほうへ寝かせる。
干したての布団のような温もりだった。
「優しいのね、サタニア」
「少しだけ助けてもらったことがあったからね。貸し借りは嫌いなのよ」
サタニアとルナシアが会話する声がどんどん遠くなっていった。
『どこだ? ここは・・・夢か? 僕は夢とか見ないほうなんだけどな。確か、悪魔と魔女と話していた後、悪魔に何かされて・・・ん、自分でも自分がよくわからない状態だな』
ゼロが周りを見渡すと、草原のような場所にいた。
木々の隙間から、洞窟のような場所が見える。
『ここはミハイル王国? 気のせいか栄えているような気がする。過去を見る魔法なのか?』
『アリエル』
『ミハイル? じゃなくて、堕天使?』
堕天使ミイルが剣を本を持って、こちらへ降りてくる。
ゼロがはっと後ろを振り返ると、堕天する前の天使アリエルが立っていた。
『やぁ、君が新入りの天使アリエルですか。アリエル王国はどうです?』
『もう今にも、堕天しそうだよ。ほら・・・』
『あはは、本当だ。翼が黒くなりかけてますね。堕天使になれば文字を落とすんですよ。僕の場合”ハ”を落としてしまったのでミイルです』
『前に聞いたよ。僕が堕天したらどうなるんだろうな。アリエルだから”エ”あたりを落とすのかな?』
『・・・・・・』
ゼロが少し離れた場所から2人を眺めていた。
『そうでしたね。アリエルは自分の国にいなくていいのですか?』
『退屈なんだ。今は、色んな国を飛んで天使の研究中ってところだよ。いきなり天使だって言われても何していいかわからなくて放浪中だ』
アリエルが自分の翼を見ながら言う。
『ずいぶん勉強熱心ですね』
『天使を受け入れられないだけだよ。僕は元々ただの赤子だった。生きる力は弟に託しただけだ。で、なぜか天使として召喚されてたんだから、よくわからない。国にいる人間たちが好きなわけでもないし』
『ははは、そりゃそうですよね』
ミイルが剣をしまう。
『僕も古い天使ですから、天使になった理由なんて覚えてません。もう遠い昔に、この地を任されましてね。気づいたらいたといったほうが近いですね』
『なんで堕天使になったの?』
『あぁ・・・・それは、結構長い話になりますね。まぁ、こんなところにいるよりも僕の国に来てくださいよ。人間を見ながら話すのも悪くありませんよ』
『わかった』
アリエルがミイルの後に続いて飛んでいった。
『あれが、僕なのか・・・?』
ゼロが地面を蹴って、2人の後ろについていった。