35 先手
「魔王ヴィル様、おはようございます」
マキアが床にぺたんと座って、お盆を持っていた。
本を読んでいて、ソファーでそのまま寝てしまったのか。
「部屋にいらっしゃらなかったので、ププウル様に、ここにいるとお聞きしまして・・・」
「ありがとう。これは?」
「牛の肉を焼いてパンに詰めたものになります」
微笑みながら、説明をする。
「美味いな」
食べてみると、肉汁が口の中でふわっと広がった。
でも、やっぱり野菜が欲しいところだな。
「あっ・・・申し訳ございません。手が汚れて」
肉汁が手にしたたり落ちていく。
「あぁ、これくらい気にしな・・・」
「はむ・・・むむ・・」
「え?」
マキアが指をくわえて、舐めてきた。
「っ・・・・・・マキア?」
「ん? 魔王ヴィル様? いかがされましたか?」
マキアが両手で人差し指を掴む。
クリッとした目を瞬きさせていた。
「い・・・いや、何でもない」
手を離して、さする。
指の感触が・・・吸いつくように柔らかかった。
吸血鬼だからか。
ププとウルが部屋に入ってくる。
「マキア、ジャヒーがお前のこと探してたぞ。破けてしまった服を縫ってほしいそうだ」
「はい、ただいま参ります」
マキアがはっとして立ち上がった。
スカートを直して頭を下げると、慌てて部屋から出ていく。
「お前らが、こんな早くに起きてるなんて珍しいな」
「魔王ヴィル様に、ダンジョンの状況をお伝えしようと思いまして」
「2つのダンジョンが魔族のものになったようです」
「本当か?」
「はい、このように・・・・・」
ププが地図を広げてみせる。
シンバシとユウラクチョウの求める宝を、アイリスが持ってきたのか。
怖いくらい順調にこなしているな。
アイリスはどうゆうわけか、異世界と相性がいい。
「魔王ヴィル様、奴隷にしたあの女の素質をここまで見抜いていたんですね」
「さすがでございます」
ププがぴったりとくっついてくる。
「魔王ヴィル様、いい匂いがします」
首あたりの匂いを嗅いでいた。
髪の毛があたってくすぐったい。
「また、ププ、魔王ヴィル様にくっつこうとする」
「だって、魔王ヴィル様の傍が一番落ち着くんだもん」
「どけてってば。私だって魔王ヴィル様といたいのに。ププは昨日魔王ヴィル様とくっついてたでしょ」
「ウルが邪魔したもん」
ウルがどけようとして、言い争いをしていた。
「・・・・・・・」
魔族のダンジョンになった地図を眺める。
俺が魔王になってから、人間に攻略されたダンジョンはない。
地道な作業になるけど、今後は一つずつダンジョンを取り返していくしかないな。
「魔王ヴィル様!」
「悪いが、俺はこれからアイリスを連れて・・・・」
突然、腕にびりっとした感覚があった。
「!?」
悪寒が走る。
「どうかされましたか?」
「ギルバートとグレイが戻った。どうゆうことだ?」
「なんと!?」
ププとウルがいきなり離れて、目つきを鋭くする。
頭を下げて、床に跪いた。
「魔族の召喚獣は0.1%の体力しかなくなった場合、強制的にその場を離れるようになっています」
「つまり、ギルバートとグレイは瀕死の状態ということです」
「まさか・・・・」
本をどけて、廊下に出ていく。
絨毯に向かって手をかざした。
『来い、ギルバート、グレイ』
紫色の光から、崩れ落ちるようにして、双竜が現れる。
ォォォォ・・・ォォ・・・・
「ギルバート! グレイ!」
重たい目をこじ開けている。
背中に深い傷を負い、息も絶え絶えになっていた。
爪を立てて、一瞬だけ立ったが、すぐに倒れてしまう。
翼はボロボロに焼かれて、擦り切れていた。
「話せ、何があった?」
・・・ーン・・・ォーン
ギルバートがかすれた声で鳴く。グレイは顔を上げることさえできなかった。
― 肉体回復―
手をかざして、傷を回復していく。
かなり深くやられたな。おそらく応急処置程度にしかならない。
「人間に襲撃されたと言っています」
ププがギルバートに触れながら、尖った耳を寄せて通訳する。
ウルはグレイの瞳孔を確認していた。
・・・ン・・・ォ・・・
「アイリス・・・魔王ヴィル様の奴隷が生きたままさらわれたと言っています。魔法で気を失ったまま・・・と」
「っ・・・・・・!?」
なぜだ? ダンジョンは魔族のものになったはず。
人間がダンジョンの中に入ったのか?
なぜだ?
どす黒い力が満ちていく。
人間に対する怒りで、血が沸騰しそうだった。
「・・・ギルバートとグレイの応急処置はした。あとは頼む」
「え・・・」
「行ってくる」
低い声で呟く。
バァン
窓を蹴り飛ばした。ガラスが飛び散る。
「わ・・・私も行きます」
ププが翼を広げてついてきた。
「ウルはギルバートとグレイをお願い。あと、あそこの管轄はゴリアテだから・・・。ゴリアテに今の状況を」
「わかった」
ププが空中で指示していた。
背中から、ギルバートとグレイの苦しそうな鳴き声が聞こえていた。
「!?」
ダンジョンの傍に行くと、魔族がバタバタと倒れていた。
木々もなぎ倒されている。
焦げ臭い・・・人間の匂い・・・人間の使った魔法の匂いがする・・・。
「あぁ、なんという・・・」
「・・・・・・・」
ププが目を覆っていた。
ダンジョンの前に10体以上の魔族が折り重なるようにして倒れていた。
入口にもたれかかるようにしている、アモンの姿が目に留まる。
ざっと、草の上に降り立った。
地面には血だまりができていた。
「アモン、アモン聞こえるか?」
「・・・・・・・・」
揺さぶったが、反応はなかった。
腕や背中に光属性魔法の、金色で焼かれたような切り傷がある。
呼吸はない。脈も・・・止まっていた。
魂がここにない。死んでいる。
「ぁ・・・お・・・ヴぃ・・・ま」
青くて大きな魔族が血を流しながら声を出す。
「ググ、どうした? 何かあるか?」
ププがすぐに近づいた。
「・・・・・ぉぉ・・・ぉ・・・・・・」
小さな唸り声をあげて、ププに何かを伝える。
「・・・・ありがとう」
ププが言うと、息絶えていた。
「襲撃してきた人間は50人ほど、魔王ヴィル様の奴隷をさらったのは、男三人組・・・あと、後ろに少年がいたそうです。彼が指示していたとのこと。すみません、これだけ話して、ググは・・・」
「わかった」
ププがググの目を閉じていた。
『ダンジョンの外で戦闘があったのか?』
ユウラクチョウがダンジョンの扉からふわっと出てくる。
『相変わらず、忌々しいな。今度は魔族がやられたか』
「ユウラクチョウ、何があったかわかるか? ダンジョンに人間が入ってきたのか?」
『そんなことは絶対にない。アイリスはダンジョンのクエストを早く攻略できたからと、双竜に伝えてすぐ戻ってくると言っていたんだが・・・・どうしたのだ? アイリスはどこにいる?』
ユウラクチョウが周囲を見渡しながら言う。
「さらわれた」
『なんと・・・・・・!?』
あたり一面、魔族の血の匂いが充満していた。
人間の匂いが分からなくなるほどに。
「・・・・・・・・・」
「人間どもめ。魔族を愚弄しおって・・・」
ププが怒りのあまり髪を逆立てていた。
ゴリアテがドラゴンに乗って飛んでくる。
ダアアアアアン
ドラゴンが付く前に、ゴリアテが落下してきた。
地面が振動する。
「ウルから事情は聞いてます。クソ・・・こんな・・・・・」
魔族の死体を見て、殺気立っていた。
目が血走り、肩で呼吸をしている。
「魔王ヴィル様、人間どもを殺してきます。あいつらに魔族の恐ろしさを。まだそんなに遠くへは行っていないはず・・・私のサーチ能力で・・・・」
ププが地図を広げた。
「同感だ。これで人間どもの居場所を・・・」
指に光を灯して、道筋のようなものを描いていた。
「先に行く」
地面についていたマントを、大きく翻す。
アイリスの匂いが微かにわかった。
「魔王ヴィル様、やつらの居場所は?」
「安心しろ。人間ども・・・50人だろうが100人だろうが、俺がこの手で息の根を止めてやる」
こぶしを握り締めると、全身に魔力が滾っていくのを感じた。
自分の魔力で、地面がびりびりと震えているのがわかる。
「・・・ま・・・・・」
ププとゴリアテが後ずさりする。
「・・・・・・・・」
草を蹴って、空中を駆けるように上った。
腕を組んで、アリエル王国までの道を睨みつける。