395 サンフォルン
「サンフォルン王国は相変わらず金があるね。客間にシャンデリアまでついてるよ。このなんとかって人の絵画も飾られてるし」
エヴァンが客間のソファーで伸びをしながら言う。
「海産物などの食料、魔道具が主な産業なのか。この数か月でかなりの利益を上げてるな」
「どうしてヴィルがそんなこと知ってるの?」
「本に書いてあるからな。雑誌か」
薄い本を見せる。
最近刷った広告を集めたような情報誌だった。
「またさっきみたいなの、急に現れたらどうしようかって思いますが。でも、ヴィルがいるから何とかなる気がするのです」
レナがバケツに入った食べ物を頬張っていた。
「レナ、それ何?」
「出店で出ていたポテトを揚げたものと、七色チョコレートです。たくさん買ってきました」
「いつの間に買ってきたんだよ」
「レナは行動が素早いのです。エヴァンも食べます?」
「じゃあ、チョコレートちょうだい」
「うっ・・・・チョコレート美味しいからとっておいたけど・・・エヴァンにあげます。エルフ族は誰にでも優しいのです」
「お前ら相変わらずだな」
城下町はまだざわついているように見えた。
無理もない。異世界のゲームの者が急に現れたんだからな。
異変に慣れきってる、こいつらがおかしいだけだ。
「ヴィル様、”レクターク”は私を狙ってきました。どうしてでしょう?」
「たまたまだろ」
「もしかしたら、どこかに私のプレイ記録が残ってるんじゃないかって思って。そうしたら私は戦力になりません、行動パターンを読まれてしまうので」
ユイナが椅子に座ってうつむいていた。
「・・・ヴィル様が行った”オーバーザワールド”はトーナメント戦のあるオンラインゲームだったんですよね?」
「そうだな。世界中の者と繋がり、人工知能や人間関係なく戦う場所だと聞いていた」
「それはレナのなのです!」
「えーいいじゃん。あまり食べると太るよ」
「レナは太らないです」
食べ物のことでぎゃーぎゃー騒いでいるエヴァンとレナを横目に、ユイナの隣に座った。
「私がやっていたころは、トーナメントはなかったんです。人工知能もあまり入っていなくて、オンラインでパーティー組んで、レベル上げをしてボスを倒して・・・そうですね。ボスがいたはずなのですが・・・」
”オーバーザワールド”は大規模な改修が行われて、トーナメントが行われるようになったのだという。
ログインしたアバターと人工知能が同じフィールドで会話、対戦できるとのことで、一気に広まっていったらしい。
「ストーリーは、なぜか覚えていない。私の記憶力が悪いだけかもしれませんが・・・」
「ユイナ、そういや、お前が魔女になった理由を聞いていなかったな」
「・・・・・・」
ユイナが髪を耳にかける。
「記憶にないのか?」
「思い出しました。アバターのシンクロ率が異常に高かったのも、わかりました」
「?」
「でも、ごめんなさい。私は言えないんです。魔女の契約・・・でしょうか」
「じゃあいいよ」
ユイナは魔女と自覚してから、どこか落ち着きがなかった。
ユイナ自身のアバターに、何か異変があるようには見えないけどな。
「別にそこまで興味あるわけじゃないしな」
バタン
「ピュイア様!」
「魔王・・・・・」
ドアがいきなり開いて、ドレスに身を包んだピュイアが現れた。
「ど・・・どうして・・・魔王が? それに、さっきの城下町での出来事はなんだったの? 何が現れたの? まさか、また・・・・」
「まずは落ち着けって」
「あ・・・・」
メイドのほうに視線を向ける。
ピュイアが少し息を整えて、3人のメイドのほうを見た。
「・・・遠いところから、友人が来てくれたの。少し席を外してもらえる?」
「かしこまりました。ピュイア様」
「失礼します」
メイドたちが軽く頭を下げて、部屋を出ていった。
「あの武器屋の真ん前、パレードの中から突然現れたんでしょ?」
ピュイアが窓枠に手を置いて、外を眺めていた。
「そうだな」
「異世界の”オーバーザワールド”ってゲームの敵らしいね。感覚としては命がない、異世界住人との戦闘に近かった。正直、あれ一回きりとは思えないな」
エヴァンが剣を見つめながら言う。
「ほかの場所にも同様のことが起こってるのか、サンフォルン王国だから起こったのかはわからない」
「私が魔女だから・・・現れたの?」
ピュイアがぼうっとしながら言う。
「魔女は関係ないだろ。どう考えても」
「この国は衰退してしまうと思う。私のせいで」
ピュイアが目を伏せた。
「魔女が女王になってしまう・・・そんなこと許されるはずがないのに」
バサァッ
「いやいや、君は関係ないって」
「!?」
いきなり真っ白な翼をもつ天使が現れる。
金色の髪と黄金の瞳を持つ青年だった。
「この国の天使か」
「あーそっか、初めましてだったね。僕、サンフォルン王国の天使、サンフォルンだ。あ、堕天してないから、名前は落としてないよ」
白い羽根が床に落ちる。
「天使・・・・」
「何の用だ?」
「んー、ヴィル、ヴィル・・・あー、ヴィルね。確かにアエルと似てるね。アエルは見かけないけど、どうしてる?」
「知らん」
いきなり近づいてきて、あごに手を当てて納得していた。
なぜかこいつは、アエルがゼロになっていること知らないらしい。
「ごめんごめん。ほら、なんか最近いろいろあるから出てきておこうと思って。顔合わせくらいしておいたほうがいいでしょ。あ、僕は『ウルリア』問題には関わってないよ。サンフォルン王国でのんびり暮らしてたんだ」
ふわっと飛びながら、窓の手すりに座った。
「堕天してない天使って珍しいね」
「無関心だから純粋でいられる。だからきっと、僕はずっと天使のままだと思うよ」
「今、天使は何を企んでる?」
「知らないって。僕、本当、個人主義なんだ」
サンフォルンが両手を振った。
「じゃあ、ここになんで現れたの?」
「魔王ってのを見てみたくて。アリエル王国に来た異世界の者をバーッと倒しちゃったんでしょ」
「そうだね。終末の花も、この世界を滅ぼそうとしたVtuberたちも全部ヴィルが倒した」
「・・・・・」
アイリスがいたからできたことだ。
「へぇ、そりゃ人間も手のひら返して、魔王を崇めるよね」
「ずっとサンフォルン王国にいるの?」
「そりゃ、ここの天使だし。引きこもりに近いかも。あの木の下でゴロゴロしてるよ」
「マジかよ。俺もそれになりたいな」
エヴァンがポテトを一つ持ったままこちらに近づいてくる。
「あれ? 君はアリエル王国騎士団長だったよね?」
「むかーしね」
「魔王にエルフ、元王国騎士団長、異世界住人、女王の戴冠式にふさわしいメンバーが集まってよかったね。ピュイア」
「!!」
ピュイアが壁に張り付くように、サンフォルンから逃げていた。
「どうしたの? 僕が見えることに驚いてる? 魔女は天使が見えるんだよ。見えないのは普通の人間だけ」
「サンフォルン・・・貴方は明日、堕天使になるの?」
「・・・・・・・」
サンフォルンがぴたっと動きを止める。
「なんでそう思うの?」
「使い魔から、今、そう聞いた」
「魔女の使い魔ねぇ。そうか、ワルプルギスの夜の後だったね。じゃあ、そうなのか」
短い息をつく。
「天使なのに随分素直だな。信じるのか?」
「天使は元々素直だよ」
金色の瞳で、外を見つめる。
「十戒軍が動いてたって、人間が魔族を拷問したって、王がいなくなったって僕はなんとも思わなかった。人間がそうしたかったら、すればいいと思う」
サンフォルンが落ちた羽根を一つ拾い上げて、光にかざす。
「僕は、自分に堕天使になるほどの感情がないような気がするんだけどな」
「・・・・・・」
今まで会ってきた天使に比べて感情の揺れがほとんどなかった。
何にも関心を持たず、ぼうっとしているのが、サンフォルン王国の天使だった。