390 役目なき者
ワルプルギスの夜が終わると、ゼロはスレイプニールとともに消えていた。
幼少型のアイリスも、調べものがあるといなくなった。
結界が解ける瞬間、祭壇を囲んでいた歯車が連鎖するように逆方向に回り始めたのが見えた。
― 人間は嫌いだよ。欲深いから。
だから、堕天するんだ。”リ”は誰かにあげるよ ―
歯車の音に混じって、アエルかゼロかわからない声がした気がした。
「はぁ・・・・あいつが勇者になるなんてな」
「俺はお前が勇者になると思ってたけどな」
「そうそう、隣町のギルドにはリベルがいるから、依頼が殺到してるって聞いてるよ」
「それは言い過ぎだって」
勇者になれなかった者たちが、ギルドの酒場で互いを労わっていた。
なぜか、同じ席にエヴァンがいる。
「ねぇ、シロザキ見なかった? 異世界住人なんだけど、あいつも勇者になりたいとか言ってたんだけど、見かけなかったなーって思って」
「シロザキ?」
「別の国に行ったんじゃないのか? ガブリエル王国とか、サンフォルン王国も勇者がいなかったな」
「俺・・・アリエル王国のオーディンに憧れてアリエル王国に来たんだけどな。勇者は・・・そうゆうことなのか・・・」
「俺の故郷もオーディンに救われたんだ。だから、ここで勇者になろうとしたんだけどな」
「ミートパイと、キッシュとドリンクお持ちしました」
メイドの少女がたくさんの料理をテーブルに載せていく。
「ありがとう」
「アース族の料理って美味しいよな」
「うんうん。まぁ、魔王城のご飯のほうがおいしいけど」
「マジか」
「まじまじ、超おいしいから」
エヴァンが勇者候補だった者たちと話していた。
「なんであいつってどこでも入っていけるんだろうな」
「子供だからじゃない? 見た目だけだけど」
サタニアがパンをちぎって口の中に放り込む。
「そもそも、俺たちがなんでここにいるのかわからないんだが・・・」
「おもてなししたいだけ。ほら、エヴァンは楽しんでる」
「エヴァンはどこでも楽しめるんだ」
コノハがほほ笑む。
隣のテーブルで葡萄ジュースを飲みながら背もたれに寄り掛かる。
「アース族のみんなが元気になったのは、私が魔女だって教えてもらったおかげだから。ワルプルギスの夜に行かなきゃ、みんないなくなっちゃうところだった」
コノハが息をついて、横に立っていた。
ワルプルギスの夜から戻ってくると、倒れていた異世界住人たちはみな元気に歩き回っていた。
「たった25人しか残らなかったアース族だから。このまま一人も欠けることなく、生き残りたいの」
「クロザキは死んだから24人な」
「え!?」
ユイナがぴくっと反応する。
フィオは猫だし、イオリには念のためまだ隠してくれと言われていた。
「どうゆうこと? クロザキが?」
「知らなかったのかよ。シロザキは戻ってないのか?」
「も・・・戻ったけど、何も言ってなかったし。確かにモニターに表示されなくて・・・でも、接続切ったのかと思って。シロザキとクロザキはいつも一緒に行動してたから・・・ちょっと、私、聞いてくる」
コノハが混乱しながら、指を動かしてモニターを表示していた。
慌てて、他の異世界住人のほうへ走っていった。
「真面目だな。まぁ、永久契約に縛られてるから必死になるのも無理ないか」
「コノハは、どんな契約で魔女になったんだろう・・・」
サタニアが頬杖つきながら言う。
「ねぇ、ププウルは?」
「ん、そういえば見かけないな・・・探してみるか。今日はアリエル王国に泊まるって言ってたから、まだこのあたりにいると思うんだが」
グラスを置いて立ち上がる。
「ヴィル、リリスの様子も見てきてもらっていい?」
「ん?」
「リリスもどこに行ったか分からないの。明日には戻るって言ってたけど、ずっと一人だったから心配で。ププウルは私が探しに行く。同じ魔族の魔女だもの。話したいこともたくさんあるから・・・」
サタニアが遠く、月明かりのほうを見ながら呟く。
「わかった。優しいな、サタニアは」
「ふふ、ヴィルほどじゃないわ」
茶化すように言う。
アメジストのような髪を、耳にかける。
エヴァンと勇者候補たちの声と、動けるようになった異世界住人の明るい声が響いていた。
リリスはギルドの建物のどこを探してもいなかった。
でも、心当たりがあるとすれば・・・。
バタン
「!?」
「やっぱりここにいたか」
アリエル城の異世界転移の魔法陣が描かれている場所に、リリスがいた。
絨毯に座って、複数のモニターを出して、魔法陣を分析しているように見えた。
「あー、バレちゃうよね。そりゃ」
「この転移魔法陣は閉じてる。意味がないって」
うっすらと光っている魔法陣を踏む。
魔力は全くない。飾りのようなものだった。
「知ってる。でも、何か痕跡が残ってないかって。だって、今いる向こうから来た人間はここから来たんでしょ。ということは、アバターがここを通過できる通信コードが・・・」
「ここは願いを叶えるダンジョンの精霊が、異世界転移を実現させただけだ」
「うん・・・」
つい最近、異世界住人が転移してきたばかりなのにな。
アイリスはどこまで先を読んでいたのか、結局わからないままだ。
「・・・・・・」
リリスがぴたっと指を止めた。
「頭では、処理・・・理解できてる。ワルプルギスの夜を見たし、私もゲームの世界を知ってるから魔法があることも知ってる」
「戻りたいのか?」
「・・・ここに、私の居場所がないだけだよ」
リリスがモニターを出したまま力なく笑う。
「”オーバーザワールド”で、アイリスは活躍できてると思う?」
「アイリスならうまくやるかもな」
「私もそう思う・・・きっと、イベントでもトップスコアを記録するんだろうな。運営にも気に入られて、他のゲームにも呼ばれるかもしれない」
リリスが人魚の涙のピアスを触る。
「魔王は私はここにいていいと思う?」
「どうしてそんなこと俺に聞く?」
「自分じゃ答えが見つからないから」
ブオンッ
「・・・・何やってる?」
「消去しようかなって思って」
リリスが小さな銃を出して、自分のこめかみにあてていた。
「自分で自分を消去するって選択肢もある。私は魔女でも魔族でもなければ、向こうに肉体もない、IRISをベースとした人工知能だから、私の代わりはいくらでもいる。本当は初期のアイリスの時点でもう完成されていて、私は・・・・」
― 毒薔薇の蔦 ―
カラン カラン
リリスの手首を縛る。
銃が落ちて、モニターがすべて消えた。
「やっぱり、持ってきてたか」
「・・・・強いね。魔王は。0.1秒も気を抜いてないのに」
「魔王だからな」
蔦を動かして銃を掴む。
この世界のものじゃない、”オーバーザワールド”のゲーム内のものだな。
「アイリスはそうゆう表情しない」
「!?」
「その時点で、お前はアイリスとは違う」
「・・・・私・・・アイリスじゃないと、どう生きればいいかわからないんだよ?」
「ん?」
「アイリスをベースにしてるから」
毒薔薇の蔦を解くと、リリスがその場に手をついた。
「この世界で何の役割もないまま、居続けることがどんなにつらいか・・・。役目がない人工知能は、脅威になる可能性もあるし、邪魔だし、消去したほうがいいって・・・」
「役目は自分で探せ」
「・・・・難易度高いよ。消去させてくれないのに、役目もないなんて。その辺にある、バグと変わらないよ・・・・」
リリスが肩肘をぐっと握りしめていた。
「役目なんかなくてもいいだろうが。アイリスは、きっと今のお前を羨むよ。アイリスは、普通の少女でいたかったんだからな」
「・・・うまくいかないね」
リリスが悲しげに言う。
月明かりが雲に遮られた。
ワルプルギスの夜の歯車の音が、まだ耳に残っている。




