388 受け継ぐ力
「聖女のほうのアイリスは異世界に行った。歯車はなぜか、まだ影響していない。さぁ、どちらにオーディンの力を渡すべきか・・・」
ガタン ガタン ガタン ガタン ガタン ガタン
歯車の音がどんどん大きくなっていく。
視界が煙に覆われて、頭がくらくらした。
『これが僕が天使・・・・?』
真っ白な翼を大きく広げていた。
アエルなのか?
『そうだ。アリエル、君は天使族としてここに国を創ることになった。彼らが君を呼んだんだ』
『僕を?』
アリエル王国の王と神官たちが目の前で祈りを捧げている。
国造り・・・の場なのか?
『はは・・・どうして僕が天使なんかになるんだ?』
『君の魂が天使に相応しいと判断されたからだ。人間になりたかったかい?』
『どちらでもいい。でも、すぐ堕天すると思うよ』
『自由だ。人間が好きじゃなかったら、堕天すればいい』
エメラルドのような瞳を向ける。
『じゃあ、やってみようかな』
『何か気がかりなことでもあるのか?』
『・・・僕、弟と話してみたかった。一生残らない傷がある。その分、幸せになってほしい』
『話せるよ。いつかね』
ガタン ガタン ガタン ガタン
「魔王様、魔王様」
「!」
はっとして、幼少型のアイリスのほうを見る。
マントをつまんで引っ張っていた。
「どうしたの? ぼうっとしてたけど」
「あ・・・いや・・・」
頭を押さえる。
ゼロはまっすぐ月の女神から目を離していなかった。
今のは、あの歯車が見せた幻覚か?
真実かはわからないが、こいつ・・・。
「契約は、自分の息子に・・・だからな。ここで悩んでいても仕方ない。エインヘリャル(戦死した勇者)がどちらにつきたいか聞いてみるか。奴らの意志も大事だ」
月の女神が指を動かして何かを操っていた。
しゅううぅぅぅぅぅ
どこからともなく霧が出てくる。
ふっと、俺たちを囲むように通り過ぎ、魔女が起こした焚火の中に吸い込まれていった。
月の女神がゆっくりと目を開ける。
「なるほどな。彼らは魔族の王につきたいそうだ。この世界を、異世界の人工知能になんか渡したくない、と。オーディンだけは悩んでいたけどな」
「・・・奴もいたのか」
「ククク、奴も一応、戦死した勇者だ」
くすぶっている火を見つめる。
「では、決まりですね。オーディンの加護は魔王様に」
「ふむ」
幼少型のアイリスがほっとしたように言う。
「ゼロ、何か意見はあるか?」
「僕はどちらでもいい。僕がなりたいのは勇者だ」
ゼロが堂々と言う。
「異論がないならいい・・・では、契約に基づき、彼に力を・・・」
月の女神が宝玉のようなものを出して、何かを唱える。
ザアアァァァァッ
ドクン
「!」
左腕に、刻印が押されて、消えていく。
右手で撫でると、じりじりとした魔力を感じた。
「魔王様、どう?」
「・・・確かに、何かが入ってきた。冥界・・・ハデスの剣を授かったときと似ている」
声は聞こえないが、頭に呪文のようなものが入ってきた。
この言葉を使え、と。
「うん。これはオーディンの加護。間違いない」
幼少型のアイリスがぐっと左腕をのぞき込んできた。
「これで、エインヘリャル(戦死した勇者)はお前の能力となった。波のように起こるラグナロクを避けるために、力を尽くせ」
「さぁな。俺は勇者じゃないし、せっかく得た力だ。自由に使わせてもらう」
「ふふふ、それでよい。さすが冥界の王ハデスが剣を渡しただけあるな」
月の女神が満足げに言う。
「では、本題に移ろう・・・」
月の女神がゆっくりと顔を上げて、周囲を見渡す。
「魔女の魔力も高まってきた。アリエル王国の勇者を選ばなければいけないな。まずは、お前か。勇者であるにふさわしいものを持っているように見える。光属性か・・・」
「はい! 是非、僕を勇者に・・・・」
ゼロが頭を下げる。
「なぜそこまで勇者に執着する?」
「僕は勇者となり、弱き者を救いたい。潰れそうな村があるのなら、復活するために力を尽くしたい。誰かのために行動する。ただ、それだけだ」
「本当にそれだけか? あの小さき歯車はお前が回したのだろう?」
逆方向に回っている歯車を見つめながら言う。
「何を考えてる? 自覚がないのか?」
「・・・僕は正義を貫く勇者となる。昔、ここにいた魔女の願いだ」
踊っている魔女に視線を向けながら言う。
「ほぉ・・・・魔女か・・・終焉の魔女イベリラだな。奴は確かに優れた魔女だった。世界の均衡を揺るがすほどのな」
月の女神がゼロをじっと見つめる。
胸に付けた黄金の宝玉が輝いていた。
「イベリラの死んだ息子がここに来るとは。これも偶然とは思えない。『ウルリア』のゼロといったな。この者に・・・」
「お待ちください、月の女神様!」
幼少型のアイリスが前に出る。
「月の女神様、他の勇者候補もいます。他の者にもチャンスを・・・」
「悪魔が私に意見をするか?」
「悪魔に怖いものなどありませんから」
幼少型のアイリスが凛とした表情で言う。
「ふふふ、本体がいなくなりお前が出なきゃいけなくなったもんな。苦労は汲んでやるよ。お前の言う通りにしてやろう」
「・・・ありがとうございます」
黒い妖精が、幼少型のアイリスの傍に寄り添う。
月の女神がワルプルギスの結界を解いて、軽く飛んだ。
光の柱はいつの間にか、月の女神を囲む輪になっていた。
「あ・・・私、なぜかわからないけど、楽しくて・・・使い魔のおかげかな?」
「どうゆうこと?」
「あれ? 私、途中から記憶が・・・確か使い魔と話してて」
魔女たちは我に返ったのか、今の状況を飲み込めていないようだった。
使い魔たちが寄り添うようにして、事情を話していた。
『ププ様』
『ウル様、月の女神が勇者を選びます』
ププウルの使い魔は本とコンパスを持った鳥だった。
確かに、ププウルに相応しい使い魔だな。
「勇者候補よ、集え」
シュンッ
「!?」
黄金の輪の上に、勇者候補が一人ひとり並んだ。
「なっ・・・」
「どうして、俺たちがここに」
「さっきまで、魔女たちを見て。こっちの方が歯車の音が・・・」
祭壇を囲むようにして、勇者候補が立っていた。
「・・・・・・・・・」
真ん中にいるのはゼロだ。
「月の女神がここへ呼んだの。アリエル王国の勇者を決める」
幼少型のアイリスが、勇者候補に説明する。
「ヴィル!」
サタニアが俺の手を引いて、勇者候補たちから離した。
「どうしたの? どうしてヴィルがここに」
「オーディンの力を引き継ぐために呼ばれた。戦死した勇者を操る力・・・どうゆう力か見てみないとわからないが、悪い力ではない」
「そ・・・そうなの・・・」
サタニアがふっと固くなった表情を崩して、勇者候補たちを見つめていた。
「彼らからアリエル王国の勇者が・・・」
「よくぞ集まった。勇者となる者たちよ」
月の女神がひとりひとりの目を見つめていく。
「今からお前らに課題を出す。今から自分が悪と思う者を殺して、遺体をここに持ってこい。使うのは、今から渡すこの剣だ」
「っと」
「結構重厚感があるな」
勇者候補たちが、前に出された剣を受け取っていた。
刃元に月の紋章が描かれている。
「よく選べ。一番早く持ってきた者を勇者としよう。ただし、出した条件に当てはまらない遺体を持ってきた場合は、我とともに冥府に来ることとなる」
「冥府って」
「死ぬってことだよ」
幼少型のアイリスがあきれながら言う。
月の女神がほほ笑んでいた。
「じ・・・自分が悪と思う奴なんて」
「そりゃ魔族でしたが、魔族は今や英雄。殺せないし・・・」
「どうしたら・・・でも、とにかく行動に移さなければ勇者にはなれない」
パラパラと輪の中を離れていく。
ゼロがしばらく考えて、剣を持ち直していた。




