385 運命の歯車
「暇だな」
「本も持ってきてないし、その辺の家にある本でも盗んでくるか」
「本を盗みに行く魔王って・・・・」
「冗談だよ」
エヴァンとアリエル王国城下町を歩いていた。
「綺麗な城下町。私がやったゲームでは”アステリア”に似てるかな?」
リリスがピンクの髪を結びなおす。
「アイリスもメイフェアって行ったことあるの?」
「さぁな。リリス、あまりうろうろするするなよ」
「うん。記憶、記録っと」
リリスがきょろきょろしながら、少し立ち止まったり走ったりしていた。
ここには十戒軍と異世界住人しか残っていない。
「メイフェアか・・・」
「エヴァンは行ったことあるんだろ?」
「もちろん。まぁ・・・あの頃はまだ何の責務もなかったから、適当にうろついてただけだよ。祭りは好きなんだよね」
メイフェアの前日とは思えないくらい静かだった。
ギルドの人間が立ち入っていたバーだけが騒がしい。
アリエル城での戦闘の後、ここに残った他国の者もいるらしいな。
「異世界住人って城にいるのか?」
「さぁね。23人しか残ってないし、魔族と敵対しなくなったし・・・あ、そういや、コノハも魔女じゃないのか? ユイナと同じ、異世界転移の成功した少女だよね」
「そういえばそうだな」
バタンッ
「ま・・・魔王!!」
十戒軍の女魔導士がギルドの建物から出てきた。
リリスが慌てて、フードを深々とかぶって顔を隠す。
「魔王ヴィル、どうか助けてください!」
女魔導士がこちらに駆け寄ってきて、目の前で深々と頭を下げる。
「ギルドにいるアース族の・・・皆さんがおかしいんです。様子が・・・」
「どうしてヴィルに言うの? ヴィルは魔族の王だよ」
エヴァンが間に入る。
「俺は別に暇だからこの辺をうろついてただけだ。アース族について今更興味ない」
「だって。じゃあね」
「待ってください!」
女魔導士が叫ぶように言う。
「ギルドには異世界の本がたくさんあります!」
「・・・・」
「魔王ヴィルが読書好きだって聞いて、姫様が集めたんです。いつでもここに立ち寄れるようにって。お願いします」
足が止まった。
「ヴィル・・・・」
「どうせ暇だろ」
「はぁ・・・・いいけどさ」
エヴァンがため息をついてついてきた。
ギルドの中に入ると、テーブルは端に寄せられていた。
10人くらいの異世界住人が魔法陣の上で目を閉じている。
魔力を流す魔法陣だな。
動かないようだ。
「ん? アバターのエラー?」
「リリスは気づかれないようにしろよ。こいつら、アイリスがいなくなったこと知らないんだからな」
「了解」
リリスが一歩下がる。
コノハがおどおどしながら、モニターをいくつも立ち上げていた。
「どうして・・・みんなのデータが読み込めないなんて・・・。アバターは確かにここにあるのに、まだ死んでないはずなのに」
「姫様、魔王ヴィルがいたので連れてまいりました」
「魔王・・・」
コノハがすがるように近づいてくる。
目に涙を浮かべていた。
「どうしてギルドにいる? お前らアリエル城乗っ取ってるだろ?」
「・・・・あの戦闘の後、城に残る者とギルドに行く者に分かれたんだけど・・・・私、この人たちに用事があって連絡してたんだけど、通信が遮断されててモニターにも映らなくて、ギルドに来てみたから、みんな倒れてて・・・どうして、どうして」
「落ち着けって、君が焦っても仕方ないよ」
混乱しているコノハを横切って、エヴァンが異世界住人に近づいていく。
「私、エラーの原因わかるかもよ。解析する?」
「リリス、言っただろ」
「はーい」
リリスがすぐに下がって、フードを被った。
リリスがアイリスのコピーだと聞いたら、異世界住人はどう利用しようとするかわからない。
「アバターが正常に起動してないんだ・・・こっちの世界の魔力が流れてないのか。ほかの異世界住人は? ユイナもイオリも普通だったけど」
エヴァンが屈んで、眠っている異世界住人の首に触れる。
「城のみんなも何ともなくて、ギルドにいるメンバーだけなの」
「ふうん」
「いつも私を守ってくれた、みんなが・・・」
「・・・・」
エヴァンが異世界住人の腕を上げたりしていた。
されるがまま、何の反応もない。
「人形みたいだ、全然動かないね」
「どうしよう、みんなまでいなくなっちゃったら。私、一人になっちゃったらどうしよう」
「姫様、我々魔導士が魔力を流しているのでご安心ください」
青年が、額に汗をにじませて、コノハに声をかける。
十戒軍と、アリエル王国に残ったガブリエル王国から来たギルドの魔導士が、交代制で魔力を流しているようだ。
止めたらこいつらは消滅するだろうな。
シュンッ
「魔王様、迎えに来たよ。珍しい場所にいるね」
幼少型のアイリスが現れて、周囲を見渡した。
漆黒の羽根が宙を舞っていた。
「早すぎるだろ」
「ワルプルギスの夜の結界へ運んだだけだから。そっか、アース族にも影響があったね」
「貴女は?」
「私はアイリスの分霊。悪魔のほうのアイリス」
ふわっと飛んで、コノハに近づいていく。
「あ・・・悪魔?」
「コノハも魔女だったね。ちょうどよかった、一緒に連れていくよ」
「どうゆうこと? 私は魔女になった覚えなんて・・・」
「ううん、ユイナもコノハも月の女神が選んだ魔女。本来は貴女の力が無くなるはずなんだけどね。この周りにいる者たちは、戦闘の際にコノハを守ってた人でしょ?」
「え・・・えぇ」
コノハが状況を飲み込めないままうなずいていた。
「もし、魔女がワルプルギスの夜を拒んだら・・・・コノハの場合特殊なの。側近の者たちの力を失い、メイフェアが終わるころに消えていく。コノハがたった一人で生きるようになることになってる」
「!!」
「孤独が怖いコノハにぴったりの契約でしょ?」
幼少型のアイリスが無邪気に言う。
「本当に・・・アイリス様・・・なのですか?」
「黒い翼が・・・それに幼い・・・。でも、アイリス様と同じ魔力を感じる」
十戒軍が集まってきた。
「アイリス様、導きの聖女アイリス様は?」
「魔王についていったんじゃないのか?」
「でも、パーティーにもいなかったし・・・アイリス様に聞かないと。悪魔? だなんて」
幼少型のアイリスが短い息を吐く。
「いろいろと、説明が面倒だから、とりあえずコノハを連れてくね」
「私は・・・」
コノハが動かない異世界住人を見て、言葉を失っていた。
「みんな・・・・」
「魔王様、エヴァン、今から行くよ。月の女神の許可が出たから。あと、リリス」
幼少型のアイリスが、リリスに近づく。
「!」
「月の女神が貴女に興味があるって。歯車までごまかすなんて・・・」
「え・・・・」
「許可が下りた。でも、魔女じゃないから魔王様と一緒にいてね」
幼少型のアイリスが黒い羽根を一枚取って、ふっと息を吹きかける。
シュンッ
木々のぶつかるような音が響く。
ガタン ガタン ガタン
眩しい。
天を仰ぐと星が輝き、月が煌々と照らしていた。
「なんだ? これは・・・」
後ろを振り返ると、結界を囲むように、巨大な歯車がいくつも回っていた。
真ん中には祭壇があり、少女たちが集まっている。
ププウルらしき者が、祭壇に火を灯しているのが見えた。
「魔王様とエヴァンはここで待ってて。あの祭壇には、魔女しかたどり着けないの。コノハ、私についてきて」
「あっ・・・・」
コノハが幼少型のアイリスに手を引かれて飛んでいく。
「この歯車は何を意味するのかな? 均等に回ってる、少し欠けてるのに」
リリスが歯車を見つめながらつぶやく。
歯車は金でできたもの、透明なガラスでできたもの、木でできたものなど、それぞれが違う色をしていた。
運命の歯車? なのか?
歯車の上に、使い魔のような何かがいたがよく見えなかった。
ガタン ガタン ガタン
教会の鐘の音にも似た魔力があたりを覆っていた。
イランイランのような香りが漂っている。
どこか、マーリンの匂いに似てる気がした。
「ここがワルプルギスの夜のある場所か・・・で、俺たちと同じ位置いるのが・・・」
「勇者候補なんだろうな」
屈強な男、強いまなざしの少年、ぼろぼろの服を着た剣士・・・。
勇者はある程度、ふるいにかけられているのか。
純粋な強さというよりは、器のようだ。
勇者の加護に、耐えられる器を持つ者か。
歯車がカタカタ回るたびに、緊張感が漂っていた。
オーディンもここにいたのだろうな。
「きゃあぁぁぁぁぁ」
突然、祭壇に悲鳴が上がる。
「助けて!もう無理!」
「わ・・・私も、ここから出して。怖い・・・誰か、誰か助けてください!」
「私も。こんなのいや。いやだいやだ、私は魔女になんてなりたくなかった! 逃がしてください」
祭壇に集められた一部の少女の、泣き叫ぶ声が響き渡った。




