384 サンフォルン王国の女王
「サンフォルン王国の魔女がどうしてここに?」
ププが前に出る。
「ピュイアだったよね?」
「ププ様、ウル様、ご無沙汰しています」
人間と接触したときのような警戒はない。
こんなププウルは初めて見るな。
かなり驚いていた。
ワルプルギスの夜には、種族の線引きがないというのは確かなようだ。
「王女だからといって、サンフォルン王国にいなきゃいけないって決まりはないはずです。それに、私はもともとアリエル王国の王女だったんだから問題ないんです」
「なるほど」
「そっか。魔女は新入りが多いから覚えにくい」
「そうなの?」
「よく死ぬからね」
ププウルとピュイアが軽い感じで会話していた。
サタニアとユイナが話に入っていけず、困惑している。
「ねぇ、ヴィル」
エヴァンが4人を横目に話しかけてくる。
「ヴィルは魔女についてどこまで知ってる?」
「ほぼ知らないな。歴史書にも魔女の存在についてはあるけど、詳細は書いてない。マーリンも何も話していなかったしな。エヴァンは何か知ってるのか?」
「まぁ、一応、クロノスから聞いてるからね」
声を潜める。
「魔女は悪魔と契約を交わすんだ」
「ん?」
「サタニアの痣、あれは堕天使との契約だったって話してただろ? 堕天使は、よく悪魔の真似をするんだ。基本的には願いの対価として、契約する。でも、堕天使と悪魔が決定的に違うのは、悪魔の場合、必要であれば願いが無くても魔女にする」
「ずいぶん身勝手だな」
「それが悪魔だよ。悪魔は月の女神に従って動くから、感情は無い」
サタニアが、ププウルを通してピュイアと話していた。
エヴァンが息をついて、4人を見つめていた。
「・・・魔女になったらどうなるんだ?」
「それぞれ・・・」
スッ
「エヴァン」
「!!」
突然、幼少型のアイリスが現れた。
「あまり部外者がぺらぺら話さないでね。いくら時帝でも、仕える神が違うんだから」
「はいはい。悪魔のアイリス様か・・・」
エヴァンが口をつぐんだ。
「この姿で会ったことはなかったね。でも、君のことはよく知ってる」
「だろうね」
幼少型のアイリスが目を細める。
中指には黄金の指輪がはめられていた。
強い魔力を放っている。
「でも、魔王様を連れてきたお礼に私から話すよ。魔女となったものは、運命を月の女神様に委ねなければならない。魔力も、能力も、月の女神様の手の内にあるの」
「契約を破ったらどうなる?」
「悪魔が軌道修正する・・・」
瞳を暗くする
幼少型のアイリスがすっと杖を出していた。
「聖女じゃない、私に似たこの子は誰? 異世界の匂いが強い。アイリスからはなんの情報もなかったんだけど」
俺の後ろにいた、リリスを睨みつける。
「私はIRISをコピーしてつくられた人工知能。アイリスと入れ替わって、”オーバーザワールド”から転移してきたの」
「ふうん。なるほどね」
杖を見ながら息をついた。
「貴女がいるから、まだ、歯車は錯覚を起こしてる。アイリスと同じ型だから・・・でも、いずれ気づく」
「気づいたらどうなるの?」
「運命の歯車が・・・・」
幼少型のアイリスが何かを言いかけて、後ろを向く。
「悪魔!!!」
「ちょっと、ピュイア!」
いきなりピュイアが急に目を吊り上げて、剣を抜いて走ってくる。
幼少型のアイリスが杖をくるっと回して、ピュイアの剣を弾いた。
シュウウゥゥゥゥゥ
「急にどうしたの?」
口に指を当てて、ほほ笑む。
「アイリスの幼少・・・悪魔が。お前のせいで、私は、私は・・・・」
カン カン カン カンッ
「ふふ、もっと堂々としていないと」
幼少型のアイリスが軽々と避けていく。
ピュイアが剣を何度も振り回していた。
使い慣れていないのか、軌道がめちゃくちゃだ。
「自分から願ったんでしょ。忘れたの?」
「あんなこと私が望むわけない・・・・・」
「何を願ったの?」
エヴァンが軽い感じで聞いていた。
「サンフォルン王国の王族を殺してってね」
「ち、違う!?」
ピュイアが唇を震わせる。
「そんなこと望んでない! 私はただ・・・愛することがわからなくて、どうして結婚するのかもわからなくて・・・恋を知らないまま、生きていたくなくて、ただ、自由になりたかっただけなのに」
「叶ったでしょ? どこにでも出かけることができる」
幼少型のアイリスの聞き方は、無邪気で残酷だった。
「王族でいたらそんなことできない。愛が無くても、跡継ぎを生まなきゃいけないからね」
「っ・・・・・・・・」
「わかってるでしょ? 彼らがピュイアをどうしようとしていたか」
ピュイアが剣を下げて、息を切らしていた。
「え、死んだの? あの王族たち」
「そうよ」
幼少型のアイリスがあっさりと言う。
「サンフォルン王国といえば、十戒軍のイメージしかなかったが・・・」
「あー、確かに。大国だったけど、ずいぶん力も弱くなってたね。アリエル王国に来てないなって思ったら、そんな事情があったんだ」
「死んでほしいなんて思ってないです! そのせいで私は、見えないところで魔女と呼ばれています。権力だけが私に譲渡されたので・・・」
ピュイアが目のふちを赤くした。
「マジか・・・・」
「さすがに人間も馬鹿じゃない。変に思うだろ?」
「他国が攻めてきて、王族が殺されたの。結婚したばかりのピュイアが残った。ピュイアは容姿も美しいし、家族を失ったかわいそうな少女」
「そうゆうふうに、お前がしたのか?」
「そゆこと」
幼少型のアイリスが淡々と言う。
「・・・来月の帝冠式で私は女王となります。サンフォルン王国の王家の血も流れていないのに、たった一人の王族です」
「でも、よかったでしょ。願いが叶ったんだから」
幼少型のアイリスが笑っていた。
「よくもそんなことを・・・貴女はやっぱりアイリスとは違う。アイリスはここまでしない」
「ううん。私はアイリスの分霊だよ。悪魔だけどね」
杖をなぞりながら言う。
「安心して。クーデターを起こそうとしていた奴らは、私の使い魔が飛ばしたから大丈夫」
「女王になるなんて求めてない! 私は周りの人間に、死んでほしくなんてなかった」
「本当に?」
漆黒の杖が赤い光を放つ。
カンッ
ピュイアが持ち直した剣を、幼少型のアイリスの魔法陣が止める。
蜘蛛の巣のような糸が、剣を絡めていた。
「悪魔に勝てるわけない。戦闘したいなら、別の魔女に頼んで」
「っ・・・・」
「どうしてそんなに怒ってるの? ピュイアは何に縛られることもない。あの国は貴女のもの、好きにすればいい。みんな貴女に従うように、整えたでしょ?」
「っ・・・・戻らないの? 戦闘でたくさんの国民が死んでしまった。どうやっても蘇らないの? 今から契約を・・・」
「契約破棄は許されない。一度死んだ者は、蘇らない」
幼少型のアイリスが冷たく、突き放すように言う。
「どうして願いが叶ったのに、喜ばないのかな?」
耳に、人魚の涙のピアスが光る。
アイリスがつけているものと、全く同じだ。
「王は自由でしょ。もし、捕らわれるものがあるとしたら、心があるから。でも、私は心を知らないから、淡々と仕事をこなすだけ」
「・・・・・・・・」
幼少型のアイリスが、ちらっと俺のほうを見てから、地面を蹴った。
、杖で星を描くと、ピュイアの剣を止めていた魔法陣が消えた。
「まだ、早いんだけどね。5人もいるから、いったん行こうかな」
キィン
水晶を落としたような音が響いた。
地面にサタニアたちを囲むように魔法陣が現れる。
「悪魔様?」
「ワルプルギスの夜へ、魔女たちを連れていく。魔王様は、また迎えに来るから。あとエヴァンは・・・・」
「俺は付き添い。別に勇者になりたくて来たんじゃないって」
エヴァンが両手を上げて、首を振った。
「ふうん。よかった。じゃあ、またあとで。魔王様をよろしくね」
「よろしくっつーか、何もすることないけどね」
幼少型のアイリスが背を向ける。
「本体がいないから不安なの。魔王様がどこかへ行ってしまったらどうしようって・・・」
トンッ
黒い靴を鳴らした。
「あっ」
シュンッ
サタニアたちが何か言う前に、消えていった。




