379 黒煙
「ザハイル、ちゃんと上手く引き継いできたんだろうな? 魔王がお前を殺したとか言ったら、面倒な話になる」
「わかってるって。俺はこれから単独でアリエル王国に行くことになってるよ。部下には仕事を押し付けて、追いかけられないようにしてある」
「部下に嫌われるぞ」
「今更だろうが」
柔らかな風が、草木を撫でる。
木々の傍には、小さなリュウグウノハナが咲いていた。
「な、なんですか!?」
ザハイルが近づいてくると、ローズが怯えていた。
「ごめんな、お嬢ちゃん」
「ふ・・・二人に近づかないで。人間が・・・」
「ローズ、こいつは問題ない」
「魔王ヴィル様・・・でも・・・・」
「リリス」
「え?」
リリスがはっとして、髪を耳にかけた。
「禁忌魔法の一つ、代償蘇生はわかるか? アイリスが覚えていた魔法だ」
「禁忌魔法・・・ある。あるみたい。魂の交換・・・頭に魔法陣が入ってくる。アイリスが残していった魔法・・・?」
「そうか。よかった」
ザハイルがほっとしたような表情を浮かべた。
「代償蘇生で、俺の魂をこの2人の魔族に与えてもらえるか?」
「代償蘇生・・・魂の交換・・・」
「そんなことっ・・・」
「マリアは俺の娘でな、優しい子だ。本当に誰も殺したくなかったんだ。人間も魔族も関係ない。痛い思いをさせて・・・守ってやれなくてごめんな」
ローズが戸惑いながら、こちらを見上げる。
「ねぇ、ヴィル、そんなことできるの? だって魂の交換って、1人で2人分なんて」
「さぁな」
「さぁって・・・」
リリスが戸惑っていた。
「あ・・・・死神との交渉次第・・・って入ってくる。心臓があれば、代償蘇生の魔法陣を展開できる。問題ない」
ぼうっとしながら口を挟んだ。
「へぇ、アリエル王国のアイリス様によく似てるな。そっくりだ」
「うん。だって、私はアイリスをベースに作られたから」
「ベースにって・・・うーん、よくわからねぇな。異世界から来た奴のことは。ヴィルからは妹って聞いてたんだが、なんか複雑そうだな」
ザハイルが頭を掻く。
「わからないよね。私だって、自分のこと、よくわからないから・・・」
リリスが自虐的に笑っていた。
「リリス、やれるか?」
「うん。大丈夫そう」
「待って。ちょっと待って」
サタニアが割って入ってくる。
「あんた、ウリエル王国騎士団長なんでしょ? 死んでいいの?」
「ん? はははは、魔王代理ともあろう者がそんなこと気にするか」
「わ・・・私は、その代償蘇生で一度蘇ってるの。本当にいいのか、考えなさいって言ってる。残された者は、悲しみに暮れる。突然、国のトップとして軍を率いてた者がいなくなるのよ。一時の感情に流されたら、後悔するわ」
サタニアが語気を強めて言う。
「私は魔族だから、もちろんこの2人に蘇ってほしい。でも、ハナって子の魂を貰ったから、衝動的に動いてほしくなくて言ってるだけ。死神召喚って、重いことなのよ。この子たちも、一度魂は冥界に行ってるんだからね」
「優しいんだな。ヴィルの周りにいる魔族は・・・」
「まぁな。羨ましいか?」
「ははは、嬉しいよ」
ザハイルが目を細める。
「いいんだ。俺のことは」
ザハイルの気持ちはよくわかっていた。
マリアは消える寸前、少しだけ寂しそうな表情を浮かべてたからな。
いつも自分の想いを押し殺して、無理をしようとする。
やっぱり、マリアはマリアのままだな。
「確かに、これは俺の身勝手な行動だ・・・部下に見つかったら一生許してもらえないだろう。でも、最期くらい身勝手にさせてほしい。マリアのところへ行ける、またとないチャンスだ」
「・・・・・」
「もしかしたら、俺の悪行も免除になって天国に行けるかもしれないしな」
サタニアが俺とザハイルを交互に見つめる。
「だって・・・死神との交渉次第って、確実じゃないんでしょ? ただ、死ぬだけかもしれない」
「サタニア、こいつがいなくなって、人間たちが迷惑するのはわかってる。魔族としてはどうでもいいことだけどな」
しゃがんで、ラピスとマリンの亡骸に手を当てた。
冷たくなっていた。
サタニアが死んだときと同じように・・・な。
「マリアを人殺しにはしたくない。俺も、こいつと同じ思いだ」
「そうゆうことだ。納得してくれたか?」
「・・・わかった。2人に迷いがないならいいわ」
サタニアが一歩下がって、髪を後ろにやる。
「リリス、やってくれ」
「うん。痛くないから、力を抜いてて」
「・・・あぁ。こうか・・・・」
リリスがザハイルに近づいていく。
そっと、胸に手を当てて光を放ちながら脈打つ心臓を取り出した。
ドクン ドクン ドクン
「!?」
ローズがびくっとして、腰を抜かしていた。
サタニアがローズを後ろにやる。
空中に魔法陣が浮かび上がり、中から黒猫が出てきた。
「この子が死神?」
サタニアが小さく呟く。
『ん? アイリス様・・・とは少し違うか。お前は誰だ?』
黒猫がリリスを見上げながら言う。
「私はリリス、アイリスから一部記憶は正常に移行されてる。だから、この魔法は完璧に使いこなせる」
『なるほどな。そうゆうことか。だから、悪魔のほうが・・・』
「そんな話はいい。早く仕事してくれ」
『ふむ・・・・』
「あ、あぁ、ヴィル、悪いな」
倒れかけたザハイルをゆっくり座らせた。
「こいつの魂を代償に2人の魔族を蘇らせたい」
『1つの魂を、か。人間には無理だと思うが、一応確認する』
黒猫がふわっと飛んで、リリスの掲げていた心臓を舐めた。
『!!』
「どうだ?」
『・・・・こいつは徳が多いな。寿命もまだまだあったはず。このような状況で死を選ぶとは、珍しいな』
「だろう? 俺はどうあったって死ななかった男だ」
『確かに上質な魂だ』
黒猫がしっぽを緩やかに振っていた。
『交渉に応じよう』
「あっ・・・・」
「大丈夫。離れてて」
サタニアがローズの手首をぎゅっと握りしめていた。
黒猫がマリンとラピスの頬を舐める。
2人の指先が、ぴくっと動いた。
『取引は完了した』
黒猫が地面に魔法陣を展開する。
『魔王、お前のところに上位の悪魔が来るぞ』
「それなら、もう来てる。会ってるよ」
『そうか。知ってるならいい』
ズンッ・・・
ザハイルを横に寝かせる。
「ザハイル。どこまでも運のいいやつだな。向こうでマリアに会ったら、よろしく伝えてくれ」
「はは・・・会えるかわからねぇけどな。ヴィル、じゃあな・・・」
黄金に輝く魔法陣の中で、ザハイルが静かに息を引き取った。
「お前なら会えるよ。マリアが呼んでるからな」
瞼を閉じてやる。
「あれ?」
「私たち・・・」
「ラピス!!! マリン!!!」
「うわっと・・・・」
ローズが二人を抱きしめる。
「2人とも、私を置いていかないでよ」
ローズが泣きながら、2人に今まであったことを説明していた。
「今のがアイリスが私に渡した魔法? あれ? 怖いの? 悲しい・・・私が?」
リリスが自分の両手を見つめながら、呆然としていた。
― 魔王の剣 ―
ドンッ
剣をザハイルの横に突き立てる。
「ヴィル?」
「サタニア、ちょっと離れててくれ」
― 地獄の業火 ―
「っ・・・・」
ザハイルに炎を放った。
遺体が黒煙に変わっていく。
「こいつが望んだんだ。骨まで残さず焼き切ってくれってな」
「どうして?」
「アリエル王国に行く途中で、不慮の事故で亡くなったってことにしておいてほしいらしい。死体は骨も残らず焼いてくれってな。最期まで迷惑かける奴だ」
近くにあったリュウグウノハナを摘む。
「でも、マリアをアリエル王国に連れてきてくれたこと、礼を言うよ。ありがとな」
ゴオオォォォォォォォォォォ
リュウグウノハナを炎の中に投げ入れた。
顔を上げる。黒煙が天高く昇っていくのが見えた。




