375 正しい選択
― 業炎の瞬弾 ―
ボボボボボボボボボ
襲い掛かる蔦を焼き切っていく。
「!!」
「キリがないな」
ザハイルがマントを翻す。
「このまま、適度に避けながら行くしかない。死んだら、無視していくからな」
「俺が死ぬわけないだろうが」
蔦は上昇しても、上昇しても、追いかけてきた。
あまり上に行って、マリアの気が完全に逸れてしまっても面倒だ。
地上では人間たちが怯えているのが伝わっていた。
ウリエル王国の軍の魔導士が、氷魔法で終末の花の成長を抑えている。
ザハイルが先回りしていなければ、ここの人間たちは4分の1は死んでいただろう。
アリエル王国に力のある者たちが集結してるからな。
ババッ
突然、目の前の花が花開く。
臭気のような煙を吐いていた。
シュウウゥゥゥゥゥゥゥ
― 闇夜の盾 ―
煙を吸収していく。
まだ、毒はない。でも、おそらく時間の問題だ。
「ヴィルがここまで強くなるとはな。もう落ちこぼれのヴィルじゃないのか」
「フン、お前が衰えたんだろうが」
ドドドドドドドドド
ザハイルが大きな剣で竜巻を起こし、道を開けていた。
マリアはこちらに気づいているようだ。
マリアが大きく舞うたびに、俺たちの周りの花が攻撃してきていた。
「俺たちにずいぶん恨みがあるようだ。ま、俺か」
「マリアが誰かを恨むわけないだろ?」
「?」
「きっと、この世界にマリアは馴染めなかったんだ。心が綺麗すぎて」
軽い笑いが漏れた。
「マリアはずっと冒険に行きたがってたんだ。孤児院のシスターをやっていたけど、本当はアリエル王国から出ていきたかった。弱気になると、よく、冒険への夢を語ってたよ。本にしか載ってないような、理想の冒険をな」
バイデントを回しながら、ザハイルのほうを見る。
「どうして、会いに来なかった?」
「・・・オーディンから様子は聞いていた。マーリンの薬が効いていると。でも、一時的なもので、マリアは大人になれず死ぬだろうと」
「フン・・・死ぬ姿を見たくなかった・・・とは言わないよな?」
蔦を蹴って飛び上がる。
「俺はウリエル王国騎士団長になったんだ。見てみろ、部下も多く抱えてる。あいつらの命も抱えながら、常に第一線で戦わなければいけなかった」
ザハイルが空中浮遊の魔法をかけ直しながら言う。
「ウリエル王国は大国だ。敵は魔族だけじゃない。表向きでは仲良くしているが、裏では駆け引きが行われている。互いの国の権力・・・有益な貿易への交渉のためにな」
「・・・・・・・・」
「マリアに会ったら、もう、俺は王国騎士団長でいられなくなる気がした。俺がいなくなれば、一時的に国民は危険にさらされる。マリアの幸せを願って、神に祈り続けながら戦ってた。気づいたら、それくらいの地位に、俺はいたんだ」
キィィィィィィィィ
声にならない声を上げながら、マリアが舞う。
近づいていくと、女神のように見えた。
「マリアより大切なものがあったってことか」
「はは、意地悪いこと言うな。信頼を置かれているなら、私情を捨てなきゃいけないことだってあるだろう? 正しいかは別だけどな」
ザハイルが蔦を斬る。
「・・・なるほどな」
「ヴィルもわかるようになったか」
「まぁ、だからと言って、マリアに会いに来なかったお前を許すわけじゃない」
「わかるよ・・・マリアだってそうだ」
俺は、本当はザハイルを責める立場にはいない。
魔族を守ることに集中して、アイリスを異世界に送ってしまったんだからな。
アイリスを危険な目に合わせないと、決めた矢先に・・・。
「俺はきっと正しくなかったよ。だから、こうやってずっとマリアに会いたかった」
ザハイルが腕から血を流しながら、マリアを見つめていた。
バイデントを持ち直す。
「今からマリアを冥界に送る。悪いが、お前の命の保証はない。俺についてくればそのまま、冥界にとどまることになるかもな」
「ヴィル、俺はザハイルだ。伝説の一つや二つ、聞いたことがないか?」
「興味ない」
白い花びらがどんどん大きく広がっていく。
マリアが動きを止めて、じっとこちらを見つめた。
花の中心部から上半身のみ出ていて、体長は3メートル以上あった。
花びらには毒が含まれている。
おそらく、俺が夢で見た臭気に似ている。呪いの類だな。
「はははは。俺はマーリンに2度蘇生を成功されてる、不死身の男だ。魂が2つあるんじゃないかって言われたくらいだからな。冥界に行ったくらいで死ぬかよ」
「自慢することかって。その生命力、マリアに分けてやれればよかったのに」
「・・・その通りだな」
ザハイルが体勢を直して、剣をしまった。
キィイイイアアアアアアアアアア
「お前が持ってるバイデントで冥界への扉を開くのか?」
「そうだ。冥界への誘いは走馬灯なんだ、生きている者が死ぬときの・・・。これから行くのは、マリアの過去だ」
蔦が一斉に俺たちの前にとびかかってくる。
マリアを守ろうとしていた。
― 氷の地獄―
蔦を固めて、バイデントで切り込んでいく。
徐々にマリアに近づいていった。
キィイイイアアアアァァァァァァア
「マリア、悪い。もう会うつもりなかったんだけどな」
シュンッ
咄嗟にバイデントの軌道を反らす。
マリアのすぐ横の花びらに突き刺した。
もう、失敗しても、マリアの体に傷をつけたくなかった。
― 冥界への誘い ―
ズン・・・・
項垂れながら、冥界への誘いを展開する。
花がドーム状の闇に包まれる。
「っと・・・これが・・・」
「冥界だ。あまり動くなよ」
「はいはい」
ハデスは笑うだろうがな。
ハデスにとって、この世界も冥界も変わらないのだという。
薄い鏡の表と裏を見ているだけだと、バイデントは伝えてきた。
冥界を管理する者にとってみれば、一喜一憂する俺たちのほうが不思議なのだと。
ぼんやりと、浮かんできたマリアの過去・・・。
リュウグウノハナの花びらが舞っていた。
『きゃはははははは。おひめさまみたい』
俺よりもずっとずっと小さなマリアが、花の冠を頭に載せていた。
3歳くらいだろうか。
軽く咳をしながら、リュウグウノハナの香りを嗅いでいた。
見たことのない場所だな。
すぐ近くには、小さな遺跡のようなものがあり、真ん中は扉になっていた。
「ダンジョンの近くか・・・。確か、魔族のいないサリエル王国とアリエル王国の間にあるダンジョン・・・だ」
「知ってるのか?」
「もちろんだ。この遺跡は・・・子供がよく遊ぶ公園みたいなものだな。ここは魔族もいない。アリエル王国に行く前に、遊ばせてやってたんだ。ほら・・・」
ザハイルが指さす先に、若い男が立っていた。
マリアに気づかれないように結界を張っているのか。
「若かりし俺だな。かっこいいだろ?」
「老けてるな」
「やかましいな」
「ここは魔族が把握してないダンジョンだな」
「そりゃ、そんなのの一つや二つあるさ。元々、そこのダンジョンも小さくて魔族が住むような場所じゃない。子供の隠れ家って感じだからな」
やわらかい風が草木を揺らす。
時折、遠くの方で子供の遊ぶ声が聞こえていた。
そりゃ、マリアにも幼少期があったよな。
俺は年上のマリアしか見たことなかったが・・・。
「ん?」
マリアが遊んでいるところに、一人の少女が現れる。
ピンク色の髪、真っ白な肌を持つ5~6歳の少女・・・。
「アイリス・・・・?」
「ん? どうした?」
ザハイルが近づいてくる。
「どうしてここに・・・・」
『何してるの?』
『え・・・?』
マリアがスカートの草を払って立ち上がる。
瞳の大きな少女は、幼少期のアイリスにしか見えなかった。
少女がマリアを見てにこっとほほ笑むと、ゆっくりと近づいていった。




