373 離別
「なるほど、巨大な蕾の周りは人間が囲んでいるから、入れない・・・と」
「はい、ここから一番近い場所にある蕾です。私たちは、ここ数日血を吸ってないので、魔力切れで魔族に戻りやすいんです。今は、休憩できる場所を探してから戻ろうと思っていました」
マリンが水色の髪をくるっと指に巻き付けながら話す。
「実は、この辺りに現れた巨大な蕾はいくつもあるんです。どれも、建物一つ分くらいある大きさです」
「私たちがハニエル王国からガブリエル王国に来るまでの間に、10はありました。本当はもっとあると思います。どれが魔王ヴィル様の話している蕾かわかりません。人間は一部の蕾だけ人を配置しているようです」
マリンが上を見ながら話す。
終末の花は高い魔力を保ったまま、沈黙している。
白い花と氷で、太陽の日差しは遮られていた。
「臭気は見たことありません。蔦も動いていません」
「ただ、咲いてるだけなんです」
「そうか」
ユニコーンがギルバートとグレイと駆けていくのが見えた。
サタニアに、あまり遠くに行くなと注意されている。
リリスが俺の後ろで、こじんまりと座っていた。
会話に入れないのを気にしているのか、一言も言葉を発さない。
時折、ユニコーンを見つめていた。
「ねぇ、その囲んでいる人間たちの国名はわからないの?」
「ガブリエル王国じゃないことだけは確かです。国の紋章を消しているのでわからないんです」
「国がばれたくない・・・」
「どこかの国のギルドなんじゃない? 軍は関わってないとか」
「はい・・・その可能性もあるかと。こちらの三つの国でギルドの地位は低いので」
ローズがちらちらとこちらを見ながら言う。
「へぇ、珍しいな」
「でもここで、ギルドが活躍すれば、一気に見方が変わってくるかもね」
「で、お前らがなんでいるんだよ・・・」
「そりゃ、なぁ」
クロザキがシロザキの方を見る。
「無事追いつけたし。人数は多い方がいいんでしょ? 俺らはそこそこ強いし」
「そうそう、生き残りの23人のうちの2人だもんね」
「んなこと言ってないだろうが。少数の方が楽だ」
クロザキとシロザキが割り込んできていた。
3人はユニコーンに見惚れて、異世界住人への警戒心もない。
「・・・アイリスがいなければ、軽く全滅してたのにね」
サタニアがぼそっと呟く。
「サタニア、殺気が漏れてるぞ」
「はいはい」
サタニアが殺そうとしたのを、いったん止めていた。
3人は吸血鬼族だが、人間たちとともに行動している。
今、クロザキとシロザキを消滅させるのは得策ではないと思った。
何より、リリスへの警戒心が強いからな。
どちらにしろ、行動を起こすのは、3人から情報を聞いた後だ。
「勇者・・・ですか。2人は勇者になりたいのですか?」
「俺がね」
「そう、クロザキのほうだよ」
クロザキがモニターで装備品を整理しながら頷いた。
「お前らが何をしたいんだか知らないけど、別にここで戦歴を上げたからって勇者になれるわけじゃないぞ」
「え!? そうなの?」
「やっぱり知らなかったんだな。言っておくけど、魔王を倒しても勇者になれないからな」
ギルバートとグレイがこちらに寄ってくる。
ユニコーンも後からついてきた。動くたびに、虹色の角が輝いた。
「フン、お前を倒せないことくらいわかってる。アイリス様がいるしな」
「・・・・・」
リリスが一瞬目をそらしてから、ほほ笑んだ。
説明が面倒だから、クロザキとシロザキにはアイリスが異世界に行って、リリスがこっちに来たことは話していなかった。
「なーんだ。絶対、ここで活躍すれば勇者の称号をもらえると思ったのに」
「兄さん・・・また早とちりを・・・」
「兄さんって呼ぶなよ。ここでは、クロザキだ」
クロザキがシロザキにきつく言う。
「どうしてそんなに勇者に執着してるの?」
サタニアが心底冷めた目で見つめる。
「この世界の勇者は確かに尊敬の対象ではあるけど、あんたたちが思うような者ではない。役目があるの。ほかの異世界住人は今回の戦闘でビビったのかおとなしくしてるみたいじゃない。どうしてあんたたちだけ・・・」
「かっこいいから」
「は?」
サタニアが目を丸くする。
「だって、勇者ってかっこいいだろ? 脅威とされているものから、人々を守り、称賛される。誰もが尊敬するのが勇者だ。この世界の英雄だ」
「あぁ、兄さんにはぴったりだよ」
シロザキが焚火の炎を調節しながら言う。
「勇者になれば、異世界住人だろうが何だろうが、この世界に必要とされるだろ? オーディンがどこに行っても認められていたように・・・。向こうの世界に戻ってたまるかよ」
クロザキが拳を握り締めながら話していた。
「はぁ・・・・勇者・・・ですか」
ローズが首をかしげる。
「何か勘違いしているようだけど、この世界に勇者は一人じゃない。ガブリエル王国やハニエル王国、サリエル王国にもいるはずだ」
「え・・・・・?」
「でも、勇者ってただ名乗ったわけじゃないんだろ? 勇者になるにはどんな条件があるんだよ」
「んなもん、知るかよ」
オーディンはこいつらにも、何一つ話してなかったか。
まぁ、あいつがここまで頑なに口を割らないってことはろくでもないんだろうな。
「はい。ハニエル王国にも勇者はいらっしゃいますよ。皆さんに好かれている勇者です」
「私も勇者が大好き。優しいから」
「魔族が勇者の話をするのも変な話ね」
「あ、私たち、人間のふりをする期間が長く・・・つい・・・」
マリンが口に手を当てた。
ズズズズズ・・・・
終末の花が動くのは、突然だ。
死が、何もないところから急に現れるように・・・。
ざわっ
氷の中の花が蠢く。
背中に悪寒が走った。
パリンッ
ドンッ
「!!」
「なっ・・・・」
簡易シールドを張って、後ろに下がった。
魔王の剣を出して、目の前を通過した蔦を斬る。
硬いな。魔力をまとっているからか?
岩を砕くようだった。
「ギルバート、グレイ、戻れ!!」
シュンッ
ギルバートとグレイが魔法陣の中に戻っていく。
ユニコーンは素早く攻撃をかわしていた。
リリスがドーム型の結界を張って、ユニコーンを守る。
「きゃっ」
サタニアがローズを引っ張る。
「大丈夫?」
「は、はい。魔王ヴィル様が斬ってくださったので、掠りもしませんでした」
ローズが高い声で言う。
でも、反対側にいたクロザキとマリンとラピスは・・・・。
ドーン
地面から突き出ていた、巨大な蔦がクロザキとマリンとラピスに巻き付いていた。
土埃で前が見えないが、生命力を一気に奪っているのか?
「クロザキー!!!」
「マリン! ラピス!?」
「あ・・・・・」
クロザキの体が光の粒になって消えていく。
シロザキに何か言おうとしていたが、言葉を発する前にいなくなっていた。
「嘘だろ。クロザキ・・・データが消えてる」
シロザキが真っ先にモニターを出して青ざめていた。
しゅるしゅるしゅるしゅる
蔦が地面を這うようにして、元の場所に戻っていく。
うねうねと動きながら、標的を探しているように見えた。
どこかで咲いたのか?
マリアの心臓の分が・・・。
「マリン? 起きて、ラピス!?」
マリンとラピスが足に痣を作ったまま、地面に倒れていた。
目を開けたまま、息をしていない。
「いや・・・いや、どうして・・・?」
ローズがその場に座り込む。
「もう、魂はここに無い。死んでる」
「そんな・・・・」
「ヴィル、この場は私に任せて。彼女一人くらいならどうにかなるから。上空から終末の花の様子、見てきた方がいいでしょ?」
「そうだな。頼んだ」
「うん」
「いやああぁぁぁぁっ」
ローズの悲痛な声が響く。
「兄さん・・・嘘だろ・・・」
シロザキはクロザキの消えた場所を呆然と見つめていた。
ザッ
剣を振り下ろして、蔦を切り裂いた。
「止まっていたら死ぬぞ」
シロザキに吐き捨てるように言う。
地面を蹴って、蔦を避けながら、上昇していった。




