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部屋に戻ると、シエルがいた。
「あ! 魔王ヴィル様!!」
「っと・・・・」
ふわっと飛ぶようにして、抱きついてくる。
本当に妖精みたいだな。
「ふぅ、やっと魔王ヴィル様と二人きりになれました。ここからは大好きを解放できる時間なのです」
「シエル、パーティーには参加しないのか?」
「ここでずっと魔王ヴィル様をお待ちしていたのです。私がどこかに行ってる間、魔王ヴィル様が来てしまったら後悔してしまいますから」
にこっとほほ笑む。
「魔王ヴィル様を止めたのは、ゼロでしたが・・・でも、魔王ヴィル様が私を呼んでくれたこと、とてもうれしいのです」
シエルが二つに結んだ髪をいじりながら、窓の方へ歩いて行った。
「シエルを戦場に呼ぶつもりはなかったんだけどな・・・」
「私は魔王ヴィル様のおかげで最強なのですから、呼んでいただけて光栄です。いつでも頼ってください」
「そうだな」
ソファーに座って、窓の外を眺める。
まだ、花火が上がって、人間たちのパーティーは終わっていなかった。
リョクのことも、アイリスのことも、エヴァンのことも・・・。
何かがプラスになれば、何かをマイナスにする。
常に±ゼロだな。
俺たちは何かを犠牲にして、目的を達成させている。
「魔王ヴィル様、お疲れですか?」
シエルが隣に座ってきた。
「まぁな。シエル、魔王城の様子はどうだ?」
「はい。交代制で終末の花を調査していますが、特に異変はありません。消える様子もないのですが・・・・」
「そうか・・・」
「魔王ヴィル様も少し気を抜いて楽しまれたらどうですか? サリーも、パーティーに混ざってるのですよ」
「サリーはこうゆうの好きそうだしな。酒癖悪いから何か起こしてないといいけど」
「あ、よくわかりましたね。サタニア様があらかじめサリー様の部下を呼んでおりまして・・・サリーが人間と喧嘩して城下町を吹っ飛ばそうとしたのを部下が止めましたので大丈夫です」
「・・・・その光景が目に浮かぶな」
「でも楽しかったです。サリーの意外な一面が見れて・・・」
「意外でも何でもないだろ。つか、シエルってなかなか性格悪いよな」
「今さら気づいたのですか?」
シエルが笑いながら手を握り締めてくる。
「前に、魔王ヴィル様に一緒に逃げませんか? って言いましたけど・・・」
「あぁ、そうだな」
「魔王ヴィル様は逃げないのですね。悲しいこと、つらい決断、たくさんあったはずなのに・・・私ならどこかで諦めてしまうと思います」
「はは・・・逃げられるなら、俺だって逃げたいことはあったよ」
「魔王ヴィル様・・・?」
「ただ、絶対に逃げる気はない。魔族の王であるためにな」
「ふふ・・・」
シエルが頬を撫でてくる。
「魔王ヴィル様、やっと私に本心を言ってくださいました」
「ん?」
「大好きですよ。魔王ヴィル様の強いところも、弱いところも全て愛しているのです。魔王ヴィル様に何かあれば、私はいつでも駆けつけますからね。あと・・・・」
白銀の髪が視界を遮る。
「今日はたくさん意地悪しちゃいますから。久しぶりなので、覚悟してください」
「今日も、だろ」
「ふふ、いつも最後には魔王ヴィル様に負けちゃうじゃないですか」
窓から夜風が吹き込む。
祭りの音が次第に聞こえなくなり、月明かりが傾いていった。
素戔嗚の間にはコノハとリリスとりんねるしかいなかった。
コノハとリリスがモニターを出して、りんねるが傍で寝転んでいる。
「起きたらこんな時間になっちゃった。城下町ではまだ騒いでるのよ。祭りは2日間やるものなんだって。ねぇ、ヴィル、私の髪寝ぐせとかついてない?」
「ついてないよ、いつものサタニアだ。お疲れ様」
「ヴィルに借りだからね」
「あぁ、そのうち返すって。なんか考えておいてくれ。無理のない範囲で頼むよ」
「うん!」
サタニアが髪を手櫛でといてほほ笑む。
「あーヴィルと・・・えっと?」
「サタニアよ。2人とも何してるの?」
サタニアがコノハとリリスに近づく。
「りんちゃんにも質問は?」
「ゴロゴロ寝てただけだろうが」
「寝ながらいろいろ考えてたもん」
りんねるがもふもふの尻尾をとかしながら言う。
「今、リリスが『ウルリア』にいるダンジョンの精霊エリアスと連絡取ろうとしてるんだけど・・・」
「全っ然ダメ。私を拒絶してる。もう、何万回もアクセスしてるのに」
「エリアスは元の世界に戻ったのかもね。この世界に興味ないってはっきり言ってたから」
リリスがモニターを二台表示して、片側には長いコードを表示していた。
目まぐるしいスピードで読んでいる。
「私でも解けないロックがかかってるなんて」
「エリアスはAIが大大大嫌いなんだもん。それくらいの意地悪残していくよ」
「これじゃ元に戻る糸口が見つからない。私、戻らないといけないのに」
「焦っても仕方ないって」
りんねるが耳をかきながら言う。
「本当に貴女はアイリス・・・じゃないのよね? アイリスと同じようで違うような・・・変な感覚になるんだけど」
「っ・・・・」
サタニアがリリスの顔を覗き込む。
「んー話し方が少し違うくらい?」
「・・・そりゃそうだよね。私は顔も体も詰め込まれた知識も全て、人工知能IRISをベースに・・・」
「全くの別人だ」
リリスの言葉を遮って、歩いていく。
「え?」
「俺からすると、そこまで似てないな。マキアとセラみたいな姉妹って言われると納得するが」
「確かに、そうね。マキアとセラみたい」
「マキア? セラ?」
リリスが首をかしげる。
屈んでリリスの表示しているモニターを見つめる。
セイレーンが見ていたものとよく似てるな。
「そもそも、アイリスはここまで手際はよくないしな。処理速度・・・だとかよくわからないこと言い出さないし、おそらく、リリスの方が優秀だ」
「ヴィル・・・・・」
リリスが俯いた。
「でも、アイリスは障害なんかじゃない。アイリスはただのアイリスだ」
「・・・・・・・」
「必ず、向こうから連れ戻す方法は見つける。でも、今は終末の花を倒さなきゃいけない。魔族の未来のために、な」
バタンッ
突然、ドアが開く。
「魔王様、大変です。南東の方角に、終末の花の魔力が集まっています。巨大な蕾が現れて、各国精鋭部隊が向かっていますが・・・」
ガブリエル王国のミゲルが息を切らしながら言う。
「サリエル王国、ガブリエル王国、ハニエル王国が集まる位置のちょうど真ん中にあり、人間の多い地域となっています。そちらで咲くと、非戦闘民が・・・・」
「わかった。行こう。サタニア」
「了解。コノハ、今の話を魔族にも伝えておいて。みんな心配しちゃうから」
「うん。しっかり伝えるわ」
「私も!!」
リリスが立ち上がる。
「私も連れて行って」
「は?」
「だって、リリスはこっちに来たばかりで・・・」
「禁忌魔法の10分の1なら、私も覚えてる。アイリスがこっちに転移させる瞬間、私に一部をミラーリングアップロードしたの。いざとなったら使える。他にも・・・」
リリスがモニターを消して、手をかざす。
― ホーリーソード ―
「!?」
アイリスが持っていたものと同じ・・・。
「これも使える。アイリスほどの力はない。でも、足手まといにはならないから」
「リリス・・・・・・・」
「私もアイリスの見た世界を知りたい」
「ヴィル、アイリスが消えたってことはみんなに伏せてあるの。アイリスが異世界住人の導きの聖女をやっていたから・・・・」
サタニアが小声で話す。
「あぁ、じゃあ、行くぞ。何かあったら連絡しろ」
「うん」
ミゲルについて、部屋を出ていく。
廊下に出ると祭りの空気は一気に消え失せ、緊迫感が漂っていた。




