366 アリエル王国防衛線⑪
異世界の闇の力は、使うごとに研ぎ澄まされていった。
どこまでも静かで、魂の消える音しか聞こえない世界。
俺はいつもここを通って、夢を見ていた。
今回は夢さえ見れないようだな。
闇に委ねた俺の体は向こうで暴れまわっているのがわかった。
情景は見えない。
ただ、多くのVtuberが悲鳴とともに魂を失っていくのを感じた。
「ん?」
ふわっと天使の羽根が舞い降りる。
中性的な顔立ち、白と黒の羽根。
見覚えのある双子の天使と堕天使だった・・・。
それぞれが黒い杖と白い杖を持って、崖の上に座っていた。
『ライとエルか?』
『あ・・・』
ライがこちらに気づいて、組んでいた足をほどいた。
『ヴィル・・・・マリアの子供。魔王か。じゃあ、さっきから聞こえてたのは、Vtuberたちの悲鳴・・・』
『あれ? よく、私たちの名前覚えてくれてたね』
『記憶力はいい方だからな』
『ふうん』
ライが頬杖をついて、遠くを見つめていた。
『お前らがなんでここにいるんだ? ここは闇の渦巻く深淵だ。天使とはいえ、簡単に入れるはずはない』
『死んだんだ。僕たち』
『・・・・・・・?』
ライが自分の羽根をぱらぱらと落とした。
『殺された』
『誰に?』
『さぁ』
『殺した奴がわからないの。『ウルリア』は失敗に終わったから、殺された。私もライも一突きで死んだから、あまり実感がないの。殺したのは天使か堕天使かもしれないし・・・・別に探りも入れないよ。知りたくない・・・』
エルが杖をふわっと浮かせた。
『サエルはどうした?』
『どうなったかわからない。一緒に殺されて、冥界に行ったのかも』
『ガブリエル様も、サンフォルン様も、みんなわからない。殺されたのかな?』
『ふうん。天使も揉めてるって聞いてたけど・・・ここまでとはな』
『戦犯がイベリラって魔女だったから。リョクも同罪。『ウルリア』の浮上に関わった天使と堕天使は、全員追放に近い形になってる』
『そんなころころ方針が変わるのかよ』
ぶわっ
崖に立つと、瞬間的に強い風が吹いた。
尽きることのない、闇の力だ。
『失敗は誰かに擦り付けたいものでしょ? それは天使だって一緒』
『へぇ・・・お前らを信仰してる人間もいるらしいぞ。それでいいのか?』
『無駄だって言っておいて』
ライがさくっと言った。
『・・・根も葉もないな』
『天使も堕天使も人間とほとんど変わらない。ただ、人間と比べてとても純粋なだけなの』
エルが自分の靴のつま先を杖で突く。
『少なくとも、この世界で天使は完璧じゃない。堕天使も完璧じゃない。リョクを見てたらわかるだろ』
ライが崖に座り直す。
ころころと小さな石が落ちていった。
『ここは光の届かない深淵だ。お前らは死んでも冥界に行けなかったのか?』
『行きたくない』
『どうしてなのかな・・・私たち、あまり意志がないから』
2人がぼんやりと遠くを見つめていた。
『魔王がここに来るってことは・・・もしかして』
『魔王も死んだの? ハデスの剣があれば、ここには来ないと思うけど?』
エルの羽根がふわふわと落ちてくる。
『残念だけど、死んでない。闇の魔力をすくい上げに来た。そこに渦があるだろ』
『・・・あるけど・・・』
霧が晴れると、丸い穴があり、中央に闇の魔力がとぐろを巻いていた。
『今、あれと異世界の力を使って暴れてるからな』
『ねぇ、魔王の目的って何なの?』
『魔族の繁栄、魔族の権力の拡大・・・だな・・・魔族は散々人間に苦しめられてきた。二度とそんな世界を創らない』
薄れた自分の手をかざしながら息をつく。
まだ、俺は暴れ続けているようだ。
『今、魔王はたくさんVtuberを殺してるんでしょ?』
『無双状態だ。止められる者なんているかわからない』
ライが杖に埋め込まれた水晶を見つめながら言う。
『だから何だ? お前らだって死んでるなら関係ないだろ?』
『・・・・・・・・・・・』
『あ、ライ!』
ライが無言のまま崖から降りていた。
エルが慌ててついていく。
『僕はこれからあの深淵に飛び込む』
『は?』
ライが息をついて、杖を持ち直した。
聖属性の魔力が薄れていく?
『僕が今、闇と共鳴するなら、闇の一部になる。ラグナロクが起こる前にサエル様を探そう。サエル様はそこにいる気がするんだ』
『私も、ライと同じこと考えてた』
エルがにこっと笑って、ライと目を合わせる。
『何を・・・』
『僕たちは、闇を通り蘇る』
『そう。じゃあね』
闇の魔力の渦、光の差し込むことのない場所・・・。
本当に、こいつらは深淵がどんなものなのかわかってるのか?
『双子は最強なの』
エルがライの横から顔を出す。
『ライは説明が下手。誤解があるといけないから補足するけどね、『ウルリア』が復活すれば理想の世界ができる、そう思うのが天使だろうって動いてたの』
『・・・・僕たちみたいな国を持たない天使は多いから』
ライが隣で抜けかかった羽根を落としていた。
地面が漆黒と純白に包まれている。
『ここにいることは私たちが初めて芽生えた意志。あの闇に飛び込むことも、意志。意志は、私たちにとって初めての刺激、尊いもの』
エルが杖を回す。
霧がうっすらと晴れていった。
ゴオォォォォォォォォオオオ
闇の魔力が、マグマのようにうねっているのが見えた。
『でもわざわざあの中に飛び込むことは・・・』
『魔王はそこから闇の力をくみ上げてるんでしょ?』
『そうだけど・・・』
『じゃあ、そこから行ったほうが手っ取り早いでしょ。私たち、死んでるんだもの』
こいつらは軽い口調で話していたけど・・・。
身が焼けそうなほどの、怒りや憎しみを抱えているのがわかった。
見えない、裏切った者への・・・な。
『サエルはそこにいないかもしれない』
『え?』
『それでも、その中に飛び込むか?』
『・・・もちろん・・・・・・』
ライとエルがそれぞれうなずいていた。
『飛び込むかな。私にはこの手段しかないから』
『魔王には、何もかもめちゃくちゃにしてほしいんだ。今やってるみたいに』
エルがふわっと地面を蹴った。
『もう、天使の正義なんかどうでもいい』
『ライ』
『エルも、そうだろ?』
ライが吐き捨てるように言う。
エルが頷いた。
『まぁ・・・この状況だと、俺もスムーズに戻れるかはわからないけどな、ドラゴン化の時間が思ったよりも長い。さすがに、自分の手で魔族を殺めることはないと思うが・・・』
サタニアはシエルを呼んだろうか。
それでも、止められないほど俺は・・・。
『俺も飛び込むか』
『ううん。魔王は戻れるよ』
『ん?』
『だって、呼んでる。ほら、後ろを見て』
『?』
ライが真っすぐ後ろを指さした。
ガッ
「!?」
目を開けると、木々の無くなったアリエル王国の外にいた。
右腕に剣が刺さって、龍の鱗が消えている。
「・・・ゼロ・・・なのか?」
「・・・・・・・・」
目の前にいたのは、エメラルドのような瞳をした、ゼロだった。
剣を抜いて、離れていく。
腕を押さえて、肉体回復をかける。
体中が痛かった。
「ゼロが一人で止めたのか? どうして俺を・・・?」
「・・・・・・・・」
ゼロが無言のまま背を向ける。
「ゼロ、まさか、記憶が・・・」
「・・・僕は君を知らない。ただ、勝手に動いただけだ」
「は?」
「魔王は敵。そうゆう命令が、頭に入っている。今は報告があるから戻る。逃げるわけじゃない」
淡々と話すと、こちらを見ずに、地面を蹴った。
月に届くくらい高く昇って、南東に飛んで行った。
「ヴィル!!!」
しばらくすると、シエルとサタニアが降りてきた。
Vtuberはひとりも残っていない。俺が殺したようだ。
電子の粒でできていた魂は、この場にひとつ残らず消えていた。
木々はなぎ倒され、暴れた痕跡が生々しく残っている。
「よかった、魔王ヴィル様が無事で・・・私、心配で、心配で・・・」
シエルが抱き着いてくる。
白銀の髪がさらさらと流れていた。
「・・・・・・・・」
ゼロに刺された部分が、ひどく痛んでいる。




