363 人魚の涙⑥
― 閃光 ―
開始の合図と同時に、りんねるがこっちのアイリスに斬りかかった。
アイリスが軽やかに飛んでかわす。
剣をくるっと回して短く詠唱した。
― 聖火弾 ―
ゴオオォォォォォォォォオオ
花の形の炎が、旋回するようにして、りんねるの周囲を取り囲んだ。
聖火弾はおそらく、バフを無効化するものだな。
りんねるがバフを付与した僅かな動きを見逃さなかったようだ。
こっちのアイリスの能力か。
久しぶりに魔王の目で、見てみるか。
2人目のアイリス
職業:0
武力:0
魔力:0
特殊ステータス:0
「?」
モニターを通してるから、うまく見えないのか?
何を見ても、全て”0”と表示されていた。
『よいしょっと・・・』
りんねるが避ける前に、こっちのアイリスが上空から剣を突き刺そうとする。
カキン
『!?』
りんねるが自分の体を硬質化して弾いた。
聖火弾を力で押し切ったのか。
しゅうぅぅぅぅぅ
『私の魔法を打ち破った?』
『そう!』
煙を上げて、消えていく。
りんねるが硬質化を解いて、元の姿に戻る。
観客からは感嘆の声が聞こえた。
『そうこなくっちゃ』
『りんちゃんだって、簡単には負けないから』
『わかってる。りんねるのことはちゃんと情報にあるもの。過去のゲームの記録・・・風の塔参加、他にも戦歴はある。APAバトルトーナメント優勝、サグラディア、相手チームに大差をつけて、ランク一位に・・・』
『読み上げるのは無しだからね!!』
りんねるが少し怒りながら両手を広げた。
― 雷電の雨 ―
ドドドッドドドッドドドドドド
天井から槍のように電流が降り注ぐ。
こっちのアイリスが素早くシールドを展開して、避けていた。
『わっ、今のは危なかったよ。1秒判断遅れてたら、初戦で敗退するところだった』
余裕な笑みを浮かべている。
『でも、久しぶりのバトル楽しい!』
『りんちゃんも楽しい。絶対に負けないから』
りんねるが剣を一回り大きくして、汗を拭っていた。
オオオォォォォォォォォォ
観客が盛り上がっている。
画面右に表示されている文字も滝のように流れていた。
投げ銭というのもかなり投げられているようだな。
すべての文字は読めなかったが、りんねるを応援するような言葉があった。
「どっちが勝つのかな? りんねるってこんなに強いんだ」
「私はアイリスだと思うけど・・・りんねるには頑張ってほしい。フォルダでずっと眠ってたときに、りんねるに出してもらったことあるんだよね」
「俺はアイリスだな。りんねるは好きだけど、ここはアイリスに勝ってほしいよ」
「そうだよね。完全完璧なAIのアイリスなんだもん」
ガン ガン キィンッ
こっちのアイリスとりんねるが激しく剣をぶつけ合っていた。
剣の軌道は、やっぱりアイリスに似ているか。
2人が動くたびに、地鳴りのような歓声が沸き起こる。
ため息をついた。退屈だ。
命のかかっていない戦闘だ。正直、別にどっちが勝ってもどうでもいい。
ジジ・・・ ジジジジジジジジ
「ん?」
シュンッ
アイリスの剣に電流が走り、大きく振り下ろす。
りんねるの大きな耳をふっとかすめた。
ほんの数センチの白い毛が消えて、電子の粒になっていくのが見えた。
「!?」
人魚の涙のピアスが熱い。
思わず立ち上がって、周囲を見渡す。
『スピードがどんどん速くなってる。これがアイリス・・・・』
『属性、炎から氷に変更。雷属性には追い付けないようなアバター。メンテはしばらく入っていない。最新の装備品は使用不可・・・数世代前の装備品のほうが効果あり・・・』
アイリスがぶつぶつ言いながら、装備を切り替えていた。
りんねるが驚いたような表情をしている。
『え? どうしちゃったの? アイリス・・・』
『確実な停止まで追い込む』
『え!?』
ガンッ
『っ・・・・・・』
こっちのアイリスが、飛び上がってりんねるに斬りかかる。
りんねるの刃が焼けて、電子の粒になっていくのがわかった。
じゅうぅぅぅぅぅぅ
炎もまとわせていない。魔法ではない。
ただ、消去しようとしているだけだ。りんねるのすべてを・・・。
『もう少し、もう少し、もう少し』
『あ、アイリス!? ちょっと待って。これは・・・この攻撃じゃりんちゃんは・・・』
『確実な停止。想定外のAIは排除しなきゃ』
笑いながらりんねるを押していた。
『想定外? ねぇ・・・りんちゃん、このままじゃ・・・』
『ふふふ・・・・私のカチ・・・・・カチはショウリ、ショウリがジュウヨウ』
『っ・・・・・』
こっちのアイリスが狂っていくのを感じた。
”名無し”を見たときに似ているかもしれない。
りんねるはゲームで死ぬことはないと話していたが、今の感覚だと負けたらりんねるは消滅する。
この状況は、リョクが消えていったときと似ていた。
りんねるを殺そうとしているのか?
「武器が溶けるなんて魔法、”オーバーザワールド”にあったか?」
「見たことない魔法を使うのが人工知能IRISでしょ。きっと、隠しコマンドとかで探し当てたとか」
「そうそう。だから、アイリスの戦闘は面白いんだよ」
「・・・・・・・」
周囲は2人の異変に気付いていないらしい。
コメント欄にも書かれていなかった。
全ての人間が、興奮状態なのもあるのかもそれない。
手に溜めていた冥界の魔力が、自然とりんねるに集まるのを感じる。
『接戦です! このままアイリスが一方的に勝ってしまうのか?』
階段を下りていくと、魔導士の恰好をした男に止められた。
「え、君、この魔法陣は発動しないよ。今、バトル中だから、観客席に戻って・・・・」
「関係ない」
「あ、ちょっ!!!!」
トンッ
バイデントを出して、転移魔法陣を無理やり発動させる。
背中に男の焦る声が聞こえた。
ジジジジジ ジジジジジジジジ・・・
「うっ・・・・りんちゃんこれじゃ死んじゃう。アイリス、どうして?」
「シカタナイ。ダッテアナタハ・・・」
ザッ
剣が溶けきる前に、こっちのアイリスの手首を掴んだ。
「魔王!」
「なっ・・・・」
「悪いが、りんねるを消されたら困る」
りんねるの猫耳は、ほとんど消えかかっていた。息が浅い。
剣は解けて無くなっている。
この状況に誰も気づかないとは・・・。
「君はりんねるといたAI。邪魔・・・・」
こっちのアイリスが聞こえないような声で呟きながら下がった。
「・・・・・・・・」
俺に対して非難の声が巻き起こる。
「ま、魔王・・・」
「りんねるは下がってろ」
りんねるの弱り方は、ゲームだからじゃない。
気を抜けば、消えてしまいそうだった。バイデントがうずいている。
『あいつをどけろ!!』
『今、いいところだったのに!!』
『違反だ! 違反者だ!』
俺に対して、罵声が上がる。
異様な空気だ。
どうして誰もこのバトルを変に思わない?
このゲームの中は、このアイリスを正として動いているようだ。
『勝手な乱入はルール違反です。ルール違反を起こしたのは、ギルド海王星のヴィル・・・』
メイド服の少女が近づいてきた。
『貴方は、失格です。このゲームから出て行ってもらいます』
「ま・・・」
『貴女も彼とともに失格とします。”オーバーザワールド”へは永久追放となります。速やかに、この場を立ち去っ・・・』
「待って」
こっちのアイリスが剣を杖に変えながら近づいてくる。
「障害は消去しなきゃ。運営にはあとで許可を取る。彼らは私と同じAIなんだからいいよね?」
『IRIS? そこまですることは・・・』
メイドがビクッとしていた。
「彼らをこれ以上好きにさせるのは危険。電子空間に共存する以上、他のゲームだけじゃなく、インフラ機関にまで介入する可能性もある。危険と判断する」
こっちのアイリスが杖を動かして、ダビデの星を描く。
ズンッ・・・・
「設定により、障害排除モード発動。死の神を召喚」
「あわわわ・・・・大変なことに」
「・・・・・!」
俺とりんねるを囲むように、漆黒の鎌を持った者が3体現れる。
死霊の軍団のような姿をしていた。
「アイリス・・・」
「今の私は人工知能IRISだから。障害は確実に潰す」




