31 ヴィルの傍に
「魔王ヴィル様、ここのダンジョンの精霊様はどんな方なのかな?」
「さぁな」
アイリスがペタペタと小走りで付いてくる。
階段を下りるごとに、現れる部屋が綺麗になっていった。
装飾はほとんどないが、平らに磨かれている。
ダンジョンの精霊がやっているのだろうか。
「入り口みたいに、狭いところはない。両手を広げて通れる」
「あぁ、広くて助かったよ。入り口はおそらく、魔族が入れないように人間が無理やり作ったものだな」
「そっか。あれじゃ、魔王城にいる魔族なら、翼が引っかかっちゃいそうだったもんね。ほら、ここだと全然大丈夫。ん、数センチ程度触れる可能性がある、柔らかい石、削れそうだから問題ないか。あ、ここにあるの珍しい鉱物だね」
アイリスが手を広げて、翼の距離を予測していた。
「・・・・・・・・・」
アイリスは分析能力が異常に高く感じることがある。
アリエル王国の教育方針か何かなのか?
「このダンジョンが魔族のものになったときは、入り口だけどうにかしてもらえば、よさそうだな」
「うん、ダンジョンの精霊様に聞いてみよ。ねぇ、魔王ヴィル様。見て、あれって何?」
アイリスが壁を指さしていた。
「この部屋はどうして地面も天井も穴が開いてるの?」
「罠だろうな。矢とか針とかそういった類のものだ」
「罠!?」
びくっとしていた。
「動かないって」
「どうしてわかるの?」
「ダンジョンに魔力が無いからだよ。宝を人間に持ってかれて攻略されてるんだから」
「なるほど」
「前も同じこと話した気がするんだけど」
「いいのいいの。忘れちゃったから」
アイリスが楽しそうにダンジョンを見て回っていた。
それにしても、罠の多いダンジョンだな。
ここを攻略したギルドのパーティーは、それなりの力はあったのだろう。
らせん状の階段を降りていく。
「今度の異世界クエストはどんなのかな? また、七海に会えるのかな?」
「さぁな」
「魔王ヴィル様も一緒に行くんでしょう?」
「俺はできれば行きたくない」
「そうなの・・・・?」
「・・・・・・」
明らかに不満な感じが伝わってくる。
「魔王としての仕事があるからな。ダンジョンの精霊にアイリスだけ行かせてもいいか頼んでみる」
「私は魔王ヴィル様と一緒に行きたいのに」
「俺と行くことに何のメリットがある? アイリスは自分でクエストをこなせるだろ?」
「き・・・気持ちの問題」
アイリスが口をもごもごさせた。
「どうしてそんなに俺と一緒にいたがるんだ?」
「えっ・・・・・・」
言いかけた言葉を飲み込んで、返答を考えてるようだった。
友達がほしいのだろうか。
調理場にいたマキアに、早めに会わせておくべきだったか。
魔族で唯一仲良くなれそうなのは、彼女くらいだ。
「それは・・・・えっと・・・魔王ヴィル様を案内したいの。異世界に・・・」
「っ・・・・・・・!?」
周りを見渡す。
このダンジョンに入った瞬間から、何か不協和音のようなものがあった。
指に明かりを灯す。
ダンジョンが、魔法を一切封じていないことを確認していた。
柱に真新しい傷がある。
最下層へ続く階段をよく見ると、人が歩いたような痕跡があった。
「魔・・・・」
「静かに」
アイリスの口を塞ぐ。
このダンジョンに、人間がいるな・・・・。
「・・・・・・・・・」
俺一人ならすぐに殺せるが、アイリスをどうするか。
ここに置いていくか。
動きを止めて考えていると、最下層手前の大きな部屋に明かりが灯り、一つの人影が揺らいでいた。
こちらに向かってこようとしているのか。
「んん・・んんん」
「アイリス、お前は一切しゃべるな。いいな。わかったら俺に掴まれ」
「んん」
こくんこくんと頷いていた。
人影のある部屋に向かって、手をかざす。
― 王者の波動―
効果を排除する。アイリスを抱えて、一気に階段を飛び降りた。
空中で浮遊魔法をかける。
「そこにいるのは誰だ?」
「・・・・・・・・」
「あ・・・・・・」
人の声がするほうに、降りていった。
アイリスを降ろして、ゆっくりと顔を上げる。
「へ・・・へぇ、驚いたな・・・まさか本当に魔族が来るとは・・・」
大剣を持った中年の男が、身構えていた。
「人間・・・どうして・・・・?」
アイリスが近寄ろうとしたので、手を引いて後ろにやる。
「まさか、そこにいるのはアリエル王国の王女アイリス様?」
「・・・・・・・違うわ。私は」
「お前が気にするべきなのは俺だ」
指で空中に線を引く。
― 魔王の剣―
「魔王ヴィル様!」
漆黒の剣を手に取り、紫の炎を纏わせた。
「答えろ、なぜこんなところにいる?」
「そんなこと俺に勝ってから・・・・」
大剣を振り回そうとしていた。
瞬時に片足で踏み切って、男を柱に押し付ける。
天井から小石がぱらぱらと落ちてきた。
「うっ・・・・」
持ち上げると、ゴトンと大剣を落としていた。
「魔王ヴィルさ・・・」
「黙れっ」
腹から叫ぶ。
「・・・・・・・・」
アイリスが、後ずさりしていた。
王女は戦闘など見たことないか。
キィン
剣を首に突き付ける。
「洗いざらい吐け、そうすれば楽に殺してやる」
「い・・・言えるか・・・ここは俺が初めて攻略したSS級クエストのダンジョンだ。魔王なんかに・・・・」
「そうか」
― 蛇の毒牙―
柱がどす黒く染まり、蛇が現れて、男の腕と首を縛った。
あ・・・ああ・・・あああああ・・・
「お前の感覚を徐々に奪いながら、脳をコントロールする蛇の毒だ。効いてきたか?」
「あ・・・・あぁ・・い・・・りす・」
ぎょろっと目をアイリスのほうに向けた。
剣を柱に突き刺す。
「俺の質問に答えろ。なぜダンジョン内にいた? 国の命令か? ギルドの命令か? 誰から言われてここに来た?」
「だ・・・・だ・・誰の命令でもない。人間の攻略したダンジョンが、魔族のものになっていると聞いて、自分が攻略したダンジョンを守るために名乗り出た」
「他にも仲間はいるのか?」
「このダンジョンの賞金は少なかった。だから、俺しか名乗り出なかった」
虚ろな声で、白目を向きながら話す。
口からよだれが垂れていた。
「一人で守れると思ったのか?」
「もちろんだ。魔族は弱い。魔族の王だって、あのヴィルって聞いてたからな」
「フン・・・・・」
SS級の剣士にしては反応が鈍い。全盛期はとうに過ぎたはずだ。
過去の栄光がいつまでも通用すると思っていたのだろう。
「もう一つ質問に・・」
「魔王ヴィル様・・・・・・・・?」
背中からアイリスの声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・」
男の心臓を一突きする。
鼓動はなくなり、魂の抜かれた肉体がドサっと落ちた。
毒によって感覚が麻痺し、よだれを垂らしたまま上を向いていた。
蛇の毒牙と魔王の剣を解く。
「っ・・・」
アイリスが言葉を失っていた。
「・・・・俺がしていることはこうゆうことだ」
「・・・・・・・・」
死体を見ながら、アイリスに話しかける。
「これでも、一緒にいたいと思うか?」
「・・・・・・・・・」
「今なら、お前の命を奪わない。ギルバートとグレイに言え。城の傍まで送っても構わない」
顔を上げる。
アイリスがこちらを見つめて、首を傾げた。
「どうして?」
「お前がこいつに死者蘇生をかけて蘇らせようとするなら、迷いなく殺す」
「・・・・魔王ヴィル様、私は・・・」
小さな声でつぶやく。
こいつを連れてきたこと自体、間違いだったな。
アリエル王国の城がどうなっているかは知らないが、王女であることには変わりない。
民を愛するよう教育されていたのだろう。
「今来た道を戻・・・・」
「戻らないよ」
駆け寄ってくる。
「・・・・・・なんだ?」
「誰かが死ぬのは・・・なんだろう。怖いって感覚なのかもしれない・・・」
「そうか・・・」
マントを後ろにやって、背を向ける。
「ここからは俺一人で行く。早く今すぐ帰・・・・」
「でも、魔王ヴィル様といるほうが幸せなの。今、毎日がとっても楽しいの」
「・・・・・・・・・・」
「アリエル城には絶対に戻らない!」
両手をぐっと握りしめていた。
「私に帰っていいだなんて言わないで。せっかく、ここまで来れたのに。魔王ヴィル様とここまで・・・・」
「・・・・・・・・・」
「この感情・・・なんだろう・・・・・悲しい、苦しい」
アイリスの目から涙があふれる。
「・・・わかったよ。泣くなって」
「だって・・・魔王ヴィル様が帰れって・・・言ってきて、悲しい? これが・・・悲しい・・・」
「・・・・・・・」
頭を掻く。
泣くポイントがよくわからないな。
別に俺なんかといなくたって、こいつには王国と民が・・・。
「泣いてたら、ダンジョンの精霊にまたなんか言われるだろう」
「・・・・・」
「待っててやるから・・・」
しばらく経っても、涙が収まらなかった。
部屋の端の椅子のような場所に腰を下ろして、アイリスの涙が止まるのを待っていた。
「アイリス?」
「ふぅ・・・オーバーフローかも・・・少し、休むね」
突然、こてっと倒れて寝息を立てた。
「オーバーフロー?」
泣いたり、眠ったり・・・アイリスの行動が全く読めない。
「お前は本当に何者なんだよ。アイリス・・・」
目の前には死体が転がっているのに・・・こいつは何を考えているんだろうな。




