357 アリエル王国防衛戦⑨
空中を蹴って、サタニアとサリーの傍に寄る。
死霊の軍団がアリエル王国を覆うように増えていた。
アイリスの言う通り、1分ごとに2*Nの割合で増加しているようだな。
「魔王ヴィル様!」
「ヴィル、何かいい方法はあった? 次の波動は私が避けるから、先にサリーに今後を」
サタニアの首に痣が浮き上がってきていた。
「いや、サタニア、サリー離れててくれ。できれば、地上戦のほうにいてほしい。ここにいたら巻き込む可能性があるから」
「巻き込むって、何をするの?」
バイデントを回す。
魔力の色が微妙に変化していた。
「どうゆうこと? バイデントが黄金に・・・・」
「ここに電子界を展開する」
「え・・・それって・・・?」
「電子界・・・とは・・・?」
サリーが首をかしげていた。
深く息を吐く。
アイリスは俺が希望を伝えると、たった数秒で魔法陣を作った。
こいつらは1体1体に魂が存在しているわけではないから、冥界にも送れない。
”ヴァルハルの舞”が効かないのも理解できた。
何度攻撃しようが、空を切るようなものだ。
存在しているようで、存在していないのだから。
ただ、暴走していても、何らかの意志はあるはずだ。
何者にもなれなかった半端なものたちに、死神のような形をしたアバターが与えられたのだろう。
彼らの葬るべき場所は異世界にある電子界だ。
バイデントも、俺の意見に同意みたいだな。
「説明は戻ってきたらする。とにかく、2人は地上戦を頼む」
「わかったわ。サリー、ヴィルの言う通りに」
「は、はい」
サタニアとサリーが地上の方へ降りていく。
ジジジジ・・・ジジジジ・・・
『魔王ヴィル様、魔王ヴィル様、大丈夫?』
イヤホンからアイリスの声が聞こえた。
「あぁ、心配するな。魔力は有り余ってるからな。指示してくれ」
『・・・うん。今の位置から南西に15度の方向が入りやすい。私の合図で、さっきの魔法陣を展開して。ダンジョンで、遊んでた時に描いた魔法陣の・・・』
「覚えてるって。まさか、あの時の落書きがこんなところで役に立つとはな」
『魔王ヴィル様って記憶力いいのね』
「アイリスほどじゃない」
アイリスがふっと笑う。
アイリスが作った魔法は、ダンジョンで描いた落書きのような魔法陣に、ダビデの星を重ねるものだった。
冥界の扉を開けたときと同じように、電子界の扉を開くのだという。
当然、俺も行くことになるけどな。
『本当は私が行ったほうが安全なの。だって魔王ヴィル様はこっちの世界の者だから。冥界への誘いみたいに戻ってこれる保証はない。私なら・・・』
「俺が電子界に居座ると思ってるのか?」
『そんなことないけど・・・電子界からこっちの世界に帰ることは不可・・・』
「戻ってくるって、言っただろ。絶対にな」
『・・・うん! 信じてる。魔王ヴィル様、10秒前・・・・』
アイリスが不安そうにしていた。
死霊の軍団が俺に気づいて、一斉に襲い掛かろうとしている。
8,7,6,5・・・・。
ドンッ
魔法陣を展開し、真ん中にバイデントを突き刺す。
― カグツチ ―
ゴオオオォォォォォォォォォォォォォ
空中が一直線に避けていく。
サタニアの氷の地獄の冷気が一気になくなり、炎に変わった。
電子界が開く。
ザアァァァァ
死霊の軍団が渦に巻き込まれるように集まってきた。
こいつらには、声も無いか。
「来い、死霊の軍団。付き合ってやる」
ゴオオォォォォォォォォォォォオオオオオオオ
避けた空に、カグツチの炎が広がっていく。
自分を中心に死霊の軍団を引き込んでいった。
一瞬、異世界住人とVtuberたちの戦闘が止まっているのが見えた。
こちらを見上げて、騒然としていた。
ジジジジ ジジジジジ・・・
電子音が鳴り響く。
目を開けると、電子空間にいた。
リョクを冥界に送ったときに見た光景と同じだ。
暑くも、寒くもない、流れ星の多い夜のような世界だ。
時折、様々な色の光が走っていく。
バイデントが熱を帯びている。
死霊の軍団は・・・・。
『魔王?』
「!?」
思わずバイデントを構える。
声のするほうを見上げると、大量のガラクタの山があった。
人の手のようなものもあれば、口だけの何か、蛇のような縄の切れ端、武器の破片のようなものもある。
全て完成されていないものばかりだった。
なぜか見覚えのある形だ。
ジジ・・・・
「誰だ?」
『今降りる、よいしょっと。よいしょっと。あ、ごめん。踏んじゃった』
ふさふさの尻尾が見える。
獣のような人間のような・・・。
「・・・りんねるか?」
『あ、よく覚えてたね。こっちで信号が見えたから、来てみた。野良Vtuberりんねるだよ。なんかすごいことになってる』
「いつもこの辺にいるのか?」
『りんちゃんたちは、ゲートさえ空いてれば移動に時間かからないから。ここはバグの溜まり場所だから、セキュリティも無いし。でも、ここは電子界なのにどうして? えっと、誰かに状況説明してもらおうかな?』
黒曜石のような瞳で周囲を見渡していた。
モニター越しで見ていた時より、色艶がはっきりしてる。
黄色い光が遠くのほうに流れていった。
ゴロン ジジジジ・・・ ジジジジ・・・
「!?」
目だけの何かが飛び出てきて、りんねるの足元で止まった。
りんねるが拾い上げて、撫でていた。
『そっか。望月りくが・・・でも、どうしてここに?』
「俺が、向こうの世界に電子界を展開したんだ」
『え!? だから、この子たち戻ってきたの。うん・・・うん、そっか。すごいね、そんなことがあったんだ・・・』
「?」
目だけの何かと会話しているようだった。
『たくさん集めたよね。りくがいなくなって、どんどん増えていったんだ。みんなが、どんどん、呼んだって言ってる』
りんねるが積み上げられたものを見つめる。
形を成してないのに、不気味に動いていた。
やっぱり、何らかの意志はあったんだな。
「こいつらが、リョクが連れてきた、死霊の軍団か?」
俺に対して、明確な敵意は感じなかった。
ただ、じっとこちらを気にしているのが伝わってきた。
『そうだよ』
トンッ
りんねるが目だけの何かを持って、ガラクタの山を駆け上がっていく。
『望月りく、雛菊アオイ、ナナミカ・・・その他、Vtuber・・・だけじゃなくて、他のお仕事をしている人工知能のみんなは・・・』
「・・・・・・・・」
『この子たちの、屍の上に成り立ってる。みんな、忘れちゃうんだけどね。りんちゃんは忘れたことはないよ』
りんねるが尻尾を揺らしながらこちらを見下ろした。
「屍? どうゆう意味だ?」
『そのままの意味だよ。ここは人間の失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗失敗・・・・みんな失敗』
真っ白な毛に包まれた手で、周囲のガラクタを宙に浮かせる。
『でも、こうやってたくさんの失敗が重なってやっと成功ができる。成功が人工知能として機能してるりんちゃんたちだよ』
「・・・・・・・」
『・・・人間が肉の親から生まれるなら、りんちゃんたちは人間が生み出すバグから生まれるの』
りんねるがふさふさの手で自分の毛を掻きながら言う。
『死霊の軍団をここに送り込んだのは正解。エリアスがアバターを与えたみたいだけど、りくの言うことしか聞かないように設定されていたから。この子たちは、主を失い、あのまま暴走するしかなかった』
「だろうな」
『よく、全員連れてきたね。さすが魔王・・・・だね』
ほっとしていた。
とりあえず、死霊の軍団は向こうの世界から一掃されたようだな。
バッ
りんねるが両手を広げる。
『ようこそ、電子界へ。異世界の魔族の王』
「?」
『でも、ここに来たらもう向こうには帰れないよ』
ジジジジジ ジジジジジジ
「・・・・・・・・・」
バイデントの横を、青い光が通り過ぎていく。




