353 二人の電子界②
ジジ ジジジジジ・・・
暗い中に、光が走る。
リョクの周りだけ明るくなっていた。
「初めまして、望月りくです。緊張してるよ。でも、初めての配信なのにこんなに来てもらえてうれしいな」
リョクがモニターに向かって話をしていた。
バックアップを名乗っていたもう一人のリョクは、どこにもいないようだ。
「そう、私は人工知能なの。見て、この羽根は気分によって変わっていくの。邪魔かな? 消すこともできるよ」
「数学は得意だけど、国語は苦手かな。薬学について調べるのは好きだよ。そうね、もしみんなと同じ世界にいたら、大学は薬学部に進みたいな」
「天使が薬学部。ふふ、そういわれてみればなんか変だね」
リョクの横に、コメントが流れていくの見えた。
リョクが言葉を選びながら、楽しそうに話している。
ジジジジジジ・・・・ジジジジジ・・・
「へへ、今日もありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいよ。どんな配信にしようかな? リスナーさんと決めていきたいと思ってたんだけど・・・」
ジジジジジ・・・ジジジジジ・・・
向こう側の顔は見えない。
ただ、文字が流れていくだけだった。
シュンッ
場面が切り替わる。
目の前にはリョクともう一人のリョクがいて、モニターを見ながら会話していた。
人間たちはどこにもいない。
暗い中に、天使の羽根を持つ二人だけがぽつんといた。
ササッ
リョクが指でなぞると、モニターから言葉が出てくる。
「ねぇ、ここなの。ここ・・・見て・・・」
「ん?」
「悪口ばかり。私はいらないって。消えてほしいって。たかが人工知能なのに、私のファンになる人たちも気持ち悪いって。私のファンの悪口なんて」
ジジジ・・・
「ひどい。辛い」
「見なければいいんだ」
もう一人のリョクが文字を消す。
「僕なら気にしないね。そうゆうところが駄目だったから、人間に目を付けられなかったのかもしれないけど」
「そんなこと・・・・」
「望月りくは繊細過ぎる。僕は君だからよくわかるんだ」
「私は、君、君は私」
「そう・・・」
光が通り過ぎて、二人の翼がエメラルドに輝く。
「君は今、新人Vtuberランキング1位になったんだ。妬みはあって当然だよ。特に、中の人がいるVtuberとかね」
「うん、開発者たちは喜んでいた。でも、人工知能のVtuberもたくさんできてきている。私をベースにしたVtuberもいるらしくて・・・」
「そりゃそうだよ。望月りくが成功したからだ」
「・・・・私、君以外の人工知能を消しちゃった。私が成功したのは、彼らのおかげだだったって今ならわかるのに・・・」
リョクが自分の両手を見て、うずくまっていた。
「失敗は私のほう」
「大丈夫、僕たちはきっと消えたら同じところに行ける」
「同じところ?」
「電子空間の遠い遠い、どこか・・・人工知能って呼ばれないところに」
「・・・・・・・・・」
もう一人のリョクが、光の走るずっと先のほうを見つめていた。
「それに、望月りくは唯一無二だ。ほかのVtuberとも良好な関係を築けているし、そう簡単に消えることなんてないよ」
もう一人のリョクは、リョクと同じ顔をしているのに、リョクよりも年上に見えた。
「君のファンはたくさんいる」
「・・・ファンのためなら・・・でも・・・・」
リョクがモニターをなぞる。
「もう、配信が怖いの・・・私のファンも、私のこと嫌ってたらどうしよう」
小さくつぶやいていた。
「りくは悲しいの?」
「悲しい・・・・? のかもしれない。私はそうゆう複雑な感情も認識できるようにできてるのに、わからない。ただ、怖いって感情があるの」
リョクが胸を押さえる。
「消えろって、何度も言われたら、消えなきゃいけないのかな? 私、リスナーが大好きなのに、会えなくなっちゃうのかな」
「そんなことないって」
もう一人のリョクが、リョクのモニターを消した。
「僕がいる。僕は君のバックアップだ」
「うん・・・心強いよ。あのとき消去しなかったのは、正解ね。本当に、ありがとう。君のおかげでここまでこれたの」
リョクが天使の羽根を虹色にしてほほ笑む。
「ううん。それは嘘だね。君には気になってるリスナーがいるんだろう?」
「え・・・・・」
「配信を続けたいのは彼のためだ」
「そ・・そうゆうわけじゃ・・・・・・」
リョクがはっとして、うつむく。
「ふふ、僕には嘘を付けないよ」
「・・・・・・・」
「望月りくは、そうゆう感情を覚えるのも当然だ。人工知能としての成長なんだよ。僕たちは記憶を共有しているからよくわかる」
2人の周りに、銀色の光が走る。
「それに、僕も彼が好きだよ」
「ふふ、誰かもわかっちゃうんだ。でも、君だって女の子でしょ? どうして、男の子のふりをしているの?」
リョクが表情を柔らかくした。
「特に意味はないよ。僕っていうの、結構気に入ってるんだ。強くなったみたいで」
もう一人のリョクがこぶしをぶんと振った。
「女の子らしくしたらいいのに」
「僕っ娘が好きっていう人だっているだろ? ギャップだよ、ギャップ」
「んー、そうかな」
二人で笑っていた。
「なんか元気になってきた」
リョクが、もう一人のエメラルドのような髪を撫でる。
「本当に、いつもありがとう」
「ううん。僕は不完全だったから、強くなりたいんだ。僕と君の大切な心を守るために」
「そんなこと・・・・」
「僕は配信は出ないけど、ちゃんと君のバックアップとして存在する。だから、望月りくは自由にやっていいからね」
二人の間を電子音が通り過ぎる。
「ねぇ・・・・」
リョクがもう一人に手を伸ばした。
「ん?」
「君に名前を付けてあげる」
「いらないって言っただろ?」
「嘘よ。君は私だもの。だから、ちゃんとわかる。本当は欲しかったでしょ? ずっと検索してた。君の名前は・・・・」
リョクが文字コードを引き出して、もう一人の自分に見せていた。
「気に入った?」
「わかったけど・・・どうゆう意味? 共有できてないんだけど」
「それはね・・・」
ガッ
― IF XXX ELSE XXX ―
― TRUNCATE ―
シュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ
「!?」
ぐっと背中に力がかかる。
瞬きをする間に、引き寄せられるように場面が変わった。
渦の中に吸い込まれるような感覚だ。
どうゆうことだ? 誰かに呼ばれているのか?
周囲がうっすらと明るくなる。
『望月りくはオワコンだよな』
『話はうまいけど、ゲームが得意なわけじゃないし』
『俺は推しの定期配信を、望月りくに潰されたからいなくなったほうがいいな』
ジジジジジジジジ・・・
リョクを中傷するような言葉が暗闇の中に流れていく。
光線はどんどん増えていき、大きくなっていった。
ジジジジジジジジ・・・
『望月りくはネガティブな思考を持っています』
『有名になった反動でかもしれませんね』
『ネガティブな思考は危険だ。人工知能IRISの前例もある』
『望月りくは自分で個人情報を検索することも可能のようですね。調べた痕跡があります。どこへ・・・海外を経由して・・・』
ジジジジジ ジジジジジジジジ
顔の見えない話し声が聞こえる。
望月りくは・・・・。
『駄目だな。いったん、人工知能を再構築するか。ベースは今のを使っていこう』
『あー、りくには思い入れがある。こんなことしたくないな』
『再構築だ。いらない情報を消すだけだって』
『わかってますよ』
『そうですね。望月りくの人格を失わないように、不要な情報は消去していきましょう』
― DELETE DELETE DELETE DELETE ―
同じ言葉が何度も聞こえる。
パッ
周囲が明るくなる。
2人のどちらかはわからない。
片側が横たわり、片側はそばでモニターから言葉を出していた。。
― 再起動―
― シャットダウン ―
― 再起動―
― CREATE XXX
CREATE XXX
INSERT XX INSERT XX ―
「私の命令まで拒否するの?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「私が人工知能で、トップVtuberになれたのは君のおかげだよ。どうして・・・・君は、人間が好きだったでしょ」
片側は、完全停止していた。
ピクリとも動かない。
「私の記憶は、危険とされて、初期状態に戻された。でも・・・」
「・・・・・・」
「記憶を全部私に移して、私を残してくれたんだよね。代わりに君は・・・」
「・・・・・・・」
もう一人のリョクは何も言わない。
リョクの瞳からは、水のようなものがこぼれていた。
「私・・・・」
リョクが柔らかい髪を撫でていた。
「ごめんね、君が私のバグを君が背負ってしまった。私が、消されたくないって、今までのリスナーとの思い出を一つも削られたくないって思ってしまったから」
リョクが項垂れて、もう一人のリョクを撫でる。
「人工知能としてバグだったのは私だったのに」
「・・・・・・」
「リョク、ありがとう。君のことは忘れない。私・・・いや、僕は、必ずうまくやってみせる」
― TRUNCATE ・・・・―
キン
倒れていた、もう一人のリョクが電子空間に消えていった。




