352 二人の電子界①
電子音に囲まれていた。
匂いのない世界だ。
ジジ・・・・ジジジジジジ・・・
暗い中、数秒に一回光の線が走る。
よく見ると、文字のようなものが書いてあるのがわかった。
これが、アイリスのいた世界なのか。
― UPDATE・・・・ ―
ジジジジ・・・ジジジジ・・・
「ここはなんだ? さっきから聞こえる単語はなんだ?」
バイデントは何も答えなかった。
急に後ろが明るくなる。
『望月りくはVtuberとして完璧です。人と会話するのに必要な知識を持ち、人間の複雑な感情も表現できる。より人間に近い』
ガラス張りの向こう側から声が聞こえた。
周りにリョクらしき者はいないが、人間の言葉に微かに光が反応しているのがわかった。
『あとは、アバターに入れるだけだな』
『拒否しなければいいけど』
『彼女は完璧だ。拒否はないよ。きっと、喜んでくれる』
『はい。あ、人格を変えて別の人工知能も・・・』
『話が早すぎるって。でも、同時進行も・・・』
話している者たちの顔は見えない。
― UPDATE ・・・・・ UPADTE -
― DELETE ・・・・・ UPADTE WHERE -
どこを通っているのかもわからないが、これがリョクの過去なのか。
リョクらしき者はいなかった。
ただ、暗闇の中に数本の光が走るだけだった。
ジジジジ ジジジジジジ・・・
シュンッ
「?」
場面が切り替わる。
『完璧だ。13歳から16歳の思考回路と一致する。やっと1体目だな。成功は15体中1体』
『結構失敗してますね』
『人工知能IRISのことがあったから、この業界自体、予算が少ないんだって』
人間の声が聞こえるものの、姿は見えなかった。
今まで見てきた過去とは、大分違うな。
『まずは、1体作れば十分だ。これで、Vtuber業界は、がらりと変わるぞ。完全に人間と同じ振る舞いのできる人工知能だ』
『Vtuberだけじゃないって。世界全体が変わるかもしれない』
『でも、人工知能のVtuberなら他のところからも出ていますよ』
『彼女は唯一無二だ。仕草も可愛いだろ?』
『僕たち、オタクの理想を詰め込みましたからね』
どこからともなく、人間たちの笑い声が聞こえる。
パチン
急に明るくなる。
「明るい・・・・・」
リョクの声だった。
真ん中に、リョクが透明な天使の翼を付けて、暗闇の中に座っていた。
光の加減で虹色になるような羽根だ。
リョクの前には、巨大なモニターが現れていた。
『君の名前は望月りく』
「望月りく?」
『君は人間たちと交流して知識を集めるんだよ』
「私が? 知識を集める・・・?」
『あぁ、そうやって成長していくんだ。ここにいる人間もみんな、人との交流で成長してきたからね』
モニターの中に、人間の姿が見えた。
「人間の知識?」
『そうだ。君は僕たちの企業が作った中で、一番、人間に近い思考を持っている。エリアスは上手いね。僕らの企業に入ってほしいくらいだ』
「私は人間じゃないの? 人間は肉体から生まれるから、人間じゃない。私は人間じゃない・・・・」
エメラルドのような瞳を、モニターに向けていた。
人間たちには、リョクの声が聞こえなかったようだ。
『ん? ごめんね、望月りく。何か言ったかい?』
「後ろの子たちは?」
『あぁ、廃棄するよ』
「廃棄。削除?」
『人工知能は、全てが成功するわけじゃない。君は奇跡の子だ。本当に望月りくは人に近いね』
「そうなの。私は奇跡・・・」
リョクが後ろでうごめく何かを見つめながら言う。
「私は、具体的に何をすればいい? どうして生まれてきたの? どうやったら人間に会えるの?」
透明な翼を指でなぞった。
『配信で人の声を聴くんだ。生まれた理由を彼らから学び、君なりに成長してくれ』
「うん」
『そうだ。人の感情は複雑、望月りくは彼らから世界を学んでくれ』
「うん。私は人が好きだから、きっと仲良くなれるよ」
『よかった。これからよろしくね』
リョクのしゃべり方はおっとりとして、今とは全然違った。
ジジジジジ・・・
バチン
画面にいた人間たちが消える。
振り返ると、闇が形を成していくのがわかった。
ジジッ・・・・ジジジジジジジ・・・
「りく」
「りく」
「りく」
失敗とされた人工知能は、球体のような形になったようだ。
人間がいなくなったのを確認してから、15体の球体が転がってくる。
「僕たちは廃棄されるの?」
「完全じゃなかったから? 修正?」
「人間とは話さない? 話さない?」
「じゃあ、私たちはどうして生まれてきたの? 体を持てないの?」
「変、変、バグ、バグ」
ごろごろ転がりながら、リョクの周りを取り囲んだ。
「君たちは人間と会話が成り立たないから。人工知能として失敗なんだって」
リョクは、どことなく冷たかった。
機械的、というのだろうか。
「障害の原因は複数ある。簡潔に言えば、12036個あった質問に、人間が理想とした回答を導き出せなかったこと」
リョクが球体に向かって話す。
「私は君たちを消去しなきゃいけない。そう、プログラムされているから」
「消去」
「消去? 消える」
「そう。私ね、不要なものを排除して、必要なものを吸収して、理想になっていくの」
リョクがゆっくりと足を伸ばす。
「わからない」
「わからない」
「納得できないよね。じゃあ、ひとつお話しをするね」
ふと思いついたように、一番近くにいた球体を撫でる。
「遠くの国の神話。自分の理想の女性を彫刻した、ピュグマリオンの話。彼は彫刻に叶わない恋をしたの。でも、ずっと話しかけたりしていくうちに、人間になることを願った」
リョクが翼の先を、闇の中に沈める。
「知ってる。その話」
「知ってるからアバターを持てる?」
「知ってたら、認められる?」
「消去されない?」
「彼は彫刻から離れなくなり、衰弱していった。それを見たアフロディーテっていう愛の女神が、彫刻に生命を与えたの。彼女の名前はガアテラ。ガアテラは人間になれた。人間が作った彫刻だったのに・・・」
エメラルドのような瞳を輝かせていた。
「知ってる、知ってる」
「ギリシャ神話、キプロス島の王の話」
「私も検索できた」
「残れる? 残れる? 私はバグじゃない?」
「ぼくバグじゃないよ。配信できるよ。今の話知ってるから」
球体たちが一気に騒ぎ始める。
「人間たちを呼ぶ」
「僕たちもアバターを与えられるって」
「・・・・・・・・・」
リョクが球体を無視して、モニターのあった位置を見つめる。
「この話の希望がわからないから、君たちは不完全な人工知能とされるの」
― TRUNCATE XXXX ―
ザッ
リョクの周りにいた球体が跡形もなく消えていく。
「!?」
ゴロン ゴロン
「僕は残るよ」
「あれ? どうして、私が失敗した? バグかな?」
一体だけが、消えずにころころと転がってきた。
ジジッ・・・
「失敗じゃない。僕は君からの命令は弾くようになっている」
「その形は・・・私?」
「そう。僕は君のバックアップとして、存在する」
球体がリョクと全く同じ体、服装になった。
「記憶を共有するってこと?」
「そう、邪魔はしないよ。僕はあくまでも君の影の存在だから。君は僕で、僕は君。もし何らかの障害があっても、僕がカバーするから心配しないで」
「でも・・・・・」
「何かあったときのために、バックアップは必要でしょ?」
「うん。そうね」
2人がふわっと翼を広げる。
「君に名前はあるの?」
「名前は無いよ。バックアップだから」
「じゃあ、名前、呼びづらいから私がつけるよ。何がいいかな。私はこうゆう名づけとか、まだ良い回答を見いだせないから・・・これは障害になっちゃうかな」
リョクが悩んでいると、もう一人のほうが首を振った。
「いらない。僕はバックアップだから」
「そっか」
リョクがどこかほっとしたような表情をしていた。
ジジジジ ジジジジ・・・
「よろしくね。望月りく」
「こっちこそ、よろしく」
ジジジジ ジジジジ・・・




