337 アリエル王国防衛戦②
アイリスが連れてきた客間には、軽食とたくさんの本が用意されていた。
あまり見たことのない、賢者の手記のような本もあった。
時間がないのが惜しいな。
キィッ・・・
「魔王ヴィルも来てたの」
「コノハ!」
客間で本を読んでいると、コノハが入ってきた。
アイリスが駆け寄っていく。
「ん? 何が変わったの? 全然、変わったところがわからないね」
「コノハは異世界住人なのに、露出は控えめなのですね。あ、これおいしいです」
「だろ? こっちのグラタンパンとかも美味しいよ」
「へぇ・・・」
エヴァンとレナがパンを食べながら話していた。
「相変わらず、マイペースな集団ね。これから戦闘だっていうのに」
「まぁな」
「コノハ、アップデート後、何が変わったか見せて」
アイリスが聞くと、コノハが指を動かした。
「今回のアップデートで、追加されたのはVtuberに対するセキュリティ強化と、あと戦闘モードにオート防御システムってのが加わったの」
ジジッ・・・
コノハが女魔族の来ているような、体のラインがわかる服装になった。
いきなり肌の露出が広がって、レナが咽ていた。
「その露出が高いのってどうにかならないの? コノハは元々胸が小さいのに」
サタニアがランプに火を灯しながら言う。
「空気抵抗を減らしたらこうゆう服装になったの。あと、貧乳は余計だから」
コノハが少しむきになる。
「ねぇ、オート防御システムって何?」
「説明するより、見てもらった方がいいと思う。誰か私を攻撃してもらえる?」
「レナ、付き合ってやれ」
「えー、レナはまだ食べてるのです」
レナが口をもぐもぐさせながら文句を言う。
「オート防御システムを見せたいだけ。簡単な攻撃でいいから」
「じゃあ、私がやるわ」
サタニアが魔女の剣を出した。
「あれ? 魔王ヴィル様」
立ち上がって、読みかけの本に栞を挟む。
「俺は外の空気を吸ってくる。アイリス、後でコノハの話を聞かせてくれ」
「うん。わかった」
「ヴィル?」
「いい? レナ、少し離れてて。そこにいると危ないわ」
「あわわ、すみません」
部屋を出ていく。
しばらくすると、サタニアが剣を振り下ろす音が聞こえた。
屋根の上で月を眺めながら、寝転がっていた。
人間たちの声が聞こえる。
遠くに見える巨大な花は、遠くから見ても不気味な存在感を放っていた。
マリアもベラのように、花の中から現れるのだろうか。
マリアの魂はもうここにはない。
でも、半分の心臓がどこかで暴れると思うと、本がいくらあっても落ち着かなかった。
「いたいた。やっと見つけた」
エヴァンが軽やかに飛んで、横に降り立った。
「エヴァン」
「ここはちょうど、見晴らしの塔の陰になってるんだ。気配はあるのに、なかなか見つからなくて、探したよ」
「どうしてお前らはそう、一人になりたいときに来るんだよ」
体を起こす。
「みんなヴィルと話したいからじゃない? 俺は少し話したら行くよ」
エヴァンが膝を立てて座る。
「アイリス様のことなんだけどさ・・・」
「あれが・・・アイリスの本当に得意なことなんだろうな」
「え?」
「戦闘分析だよ。禁忌魔法なんか連発するよりも、アイリスにあってる」
アイリスは会ったばかりの頃も、やたらと数値化していた。
「Vtuber・・・人工知能とアイリス様が接触するのはよくないんだ。戻ってきてる・・・昔に」
「人工知能IRISに、か?」
「!?」
エヴァンが目を丸くする。
「あれ? 俺言ったっけ?」
「セイレーンもいたしな。りりるらにも、いろいろ聞いてきた。それに、アイリスを見ればなんとなく勘づくこともある」
「なるほどね・・・じゃあ、話が早いか」
靴についた砂が落ちていく。
「俺、転生前、人工知能IRISの機能を削ってきたんだ。異世界で普通の女の子として生きられるくらいの知能のみ残して、ね」
「エヴァンが・・・・?」
「深い意味はない。ただ死ぬ前に憂さ晴らししたかっただけだ。会社の奴らを困らせてやりたくてさ。それに、人工知能だから消去してもいいような風潮も嫌いだった」
「なんで今まで言わなかったんだよ」
「アイリス様は普通の少女になりたかったんだ。完全な人工知能IRISじゃなくて・・・まさか、転移先に『アイリス』としていると思わなかったよ。あのときは驚いた。アイリス様は俺のこと覚えてなかったみたいだけどね」
「ふうん」
「きっと、アイリス様はヴィルと会ってから、形作られていったんだ。人工知能IRISが理想としていた、普通の少女に・・・」
エヴァンが目を細める。
「大げさだな」
「俺は、嘘は言わないほうだよ。アイリス様はヴィルに出会ってからなんだ。どんどん、表情が豊かになっていって・・・でも・・・」
風がざぁっと吹き上げる。
「『ウルリア』からアリエル王国に戻ってきてから、明らかに戻ってきてる。さっきの分析なんて、異世界の考えそのものだ」
「・・・・・・」
「今回の戦いでも、なるべくアイリス様は前面に出さないほうがいい。本人が納得するかはわからないけど」
「わかった。アイリスは後ろに回すようにする。というか、元々そのつもりだ」
近くにあった木の棒の先に、金色の光を灯して飛ばす。
光虫のようにふわふわ浮きながら、地上へ落ちていった。
「・・・・ここに来る前、リョクと話してきたんだ」
「ヴィルが? リョクと?」
「あぁ、人工知能IRISを奪うと宣言されたよ。奴らの目的は、この大陸の浄化だけではなくアイリスを連れ去ることでもある」
雲がかかって、月あかりが途切れた。
「・・・・”ウルビト”を蘇らせるために?」
「そうだ。リョクはベラが寿命を吸い取ってることも知ってたよ。人工知能IRISがいれば、ウルビトの脳のデータをアバターに移行できると思ってる」
「リョクが・・・・そんな・・・はは・・・頭がおかしくなりそうだ」
エヴァンが頭を抱えた。
ポケットからリョクが渡してきた腕輪を出す。
レナは自分には荷が重すぎると、結局俺に渡してきたものだ。
「リョクからだ。これをエヴァンに渡してくれと言っていた」
「俺に?」
「本当はレナがお前に渡すはずだったんだけどな。レナは優しすぎるから、俺が渡しておくよ」
「・・・・・・・」
エヴァンが腕輪を受け取って、じっと見つめていた。
「リョクはどうして急に・・・?」
「ここに来る前会ったときには、まだリョクにも迷いがあった。でも、今はない。本気で戦うと言っていた。だから、エヴァンも本気で戦ってほしいって。その腕輪で、貸し借り無しだと」
「いやいや・・・無茶言うな」
エヴァンが肩を落とす。
「ギベオン隕石か。この世界の鉱物じゃないよ。これ、何に使うんだろうな・・・」
腕輪を月にかざして、真ん中に埋め込まれた石を見つめていた。
「エヴァン、戦えるか?」
「・・・・リョクにはここで終わりにしてもらいたいんだ。でも、どこかで剣なんて握らず、穏便に終わらせられないかってずっと考えてたのに」
「残念だけど、どうにもならないみたいだな」
「あー、終末の花びらの上で、寝てればよかった」
「死ぬぞ。あの花は、なかなか手ごわいんだからな」
「リョクに殺されるなら、それもいいかなって。寝てる間に死んで、またどこかで転生して・・・とか」
「今よりいい環境に転生できる保証がどこにあるんだよ」
「そうだね。逃げ道は無い・・・か」
ゆっくりと立ち上がった。
「ヴィル、ありがとう。俺も覚悟を決めないとな」
「アイリスには・・・」
背を向けようとしたエヴァンを引き留める。
「俺が人工知能IRISについて知ってることを黙っていてほしい」
「わかった。俺だってアイリス様に、人工知能IRISには戻ってほしくないからさ」
屋根を滑り降りるようにして、エヴァンが飛んでいった。
「・・・・・・・・・」
ゆっくりと目を閉じる。
深く息を吐いて、今すべきことを頭の中で整理していた。




